22、レストランで外食を
「まったく。君が向こう見ずな性格なのは薄々察してはいたが、こんなに強引だったとはな」
ゲオルグが仕方なさそうに言葉を吐き出す。その声に多少なりとも愉快そうな色が感じられるのは私だけだろうか。
「あら、悪かったわね。でも危険を承知で森に入らなければバーンマクにも会えなかったし、ショーンだって助けられなかったわ。多少の勇気は必要よ」
「それは勇気ではなく無鉄砲と言うんだ。……とはいえここまで来たら帰るのも忍びない。フィルランドの様子も気になっていたところだ。せっかくだから町を見に行くとするか」
私はほっと胸を撫でおろした。気落ちしていたゲオルグがその気になってくれたのは嬉しい。
それに、自分たちが住む町を全く知らずに過ごすのも寂しい話だと思っていたのだ。
ゲオルグにはフィルランドがどんな場所なのか知ってほしかった。
フィルランドに到着すると、潮の香りが私たちを包み込んだ。細い石畳の道を、石組みと木組みが混じる街並みを眺めながら私とゲオルグは歩いていく。
私は一通り回ってゲオルグに町の説明をした。
普段買い物をしている場所、最初に仲良くなったサーシャおばさんと出会った朝市の広場、助けたショーンの祖父が営んでいる雑貨屋……。
私が説明をして回る間、ゲオルグは頷きながら穏やかに受け答えをする。そして、2人で最後に向かったのは港だ。
港では漁師たちが帆船の手入れをしていた。海面は穏やかに揺れ動き、陽光に照らされている。
大きな波が立ったと思えば、跳ねた魚がその鱗を垣間見せる。波とともに立ち上った潮の風が私たちの頬をかすめた。
私は船のいない埠頭の先に立った。後ろからゲオルグもついてくる。
その後、先の海面をじっと見つめていたが、風に遊ばれる髪を掻き分けながらゲオルグを振り返った。
「素敵な港よね」
「ああ。小さいながらも風情がある。漁師たちの活気も伝わってくるな」
「よかった。無理だとは思っていたけれど、ずっとあなたを連れてきたかったの」
「俺を?」
「だって、私たちの住んでいる町よ。それに、いつもお魚だって食べさせてもらっている。せっかく縁のあった町なのに、何も知らないでお別れするなんてさみしいじゃない」
「……君は面白い表現をするな」
ゲオルグは風で脱げそうになるフードを、片手で抑え込んだ。
「しかし、その通りかもしれん」
そして何か考え込んだ様子で、彼は呟いた。
「……町に一軒だけ、レストランがあっただろう」
「ああ、そういえばあるわね。まだ一回も入ったことないけど」
先ほど二人で町を巡っているときにも紹介した。確か、夫婦で営んでいる昔ながらの料理屋だ。
気にはなっていたが利用したことはない。家に戻ってゲオルグと食事を共にする毎日だったから、一人で入るわけにはいかなかった。
なぜ今、レストランの話題が出てくるのだろう。
「今日はそこで食事をしよう」
「え?」
耳を疑った。外で食事だなんて、彼が嫌がるとばかり思っていたのに。
「いいの?」
「ここまで来たら外で食べるのも家に戻って食べるのも変わらん。それに、気分転換が必要だと言ったのはフリッカだろう」
「そうだけど」
「ほら、そうと決まったら行くぞ。俺は腹が減った」
「ちょっと待って、ゲオルグ」
歩幅の大きいゲオルグに慌ててついて行く。
立ち寄ったレストランは港から離れた町中にある、10人ほどが入ったら満席になってしまうこじんまりとした店だった。
緑の屋根も白い壁もところどころ剥げており、長い年月の重みをその外観に刻んでいる。
出入口の横に小さく飲食店の看板が出ているだけで、見逃してしまえば普通の家と大差ない。
店の中には、先客が3人ほどいた。
そのうちの一人はショーンの祖父である雑貨屋の店主だ。
一緒の席に座っている二人組は見かけからして漁師のようだった。3人で酒を酌み交わして盛り上がっている。
店に入った私たちは、さっそく店員である老年の婦人に声をかけられた。厨房のほうには男性の姿が見える。あれが旦那さんだろう。
勧めに従って、私たちは窓側の席に腰掛けた。




