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21、二人でお出かけ

 ゲオルグは朝が弱い。


 その理由は単に彼が低血圧だからなのだと思っていた。実際に彼も「朝早く起きるのが苦手なのは子供の頃からだ」と言っていた。


 けれど、ここ数日は特に朝に弱くなったように感じる。朝市が終わる時間まで寝ていることも多い。


 もともと目元の彫りが深い彼だが、最近はくまのようなものもできている。


 そこでようやく、私はゲオルグの異変に気付いたのだ。


「もしかしてゲオルグ、最近寝ていないんじゃない?」


「寝てはいるさ。……少し勉強に時間を費やしているだけだ」


 居間で遅い朝食を取っていると、か細い抵抗が返ってきた。


 ゲオルグの部屋を覗いてみると、最近依頼されて港町の行商から購入した本が山のように積まれていた。


 タイトルを見れば『諸島国家ダナンの水軍戦』『戦略と戦術』『いかにして国家を再建するか』『帝国の弱点と富国強兵策』―――……。


 全てが全て、王宮に戻った後のことを考えたものばかりだ。


 焦っているのは、私だけではないらしい。


「今戻っても殺されるだけだと制してくれたのはゲオルグじゃない。そのあなたがこの体たらくじゃ、いざブレスを討つそのときになっても何もできないわ」


 そう言うと、ゲオルグは椅子に腰掛けながら項垂れた。片手で頭を抱えて、深くため息をつく。


「分かっている」


 彼の声は静かに苛立っていた。


「君がフィルランドの人々や精霊から情報を得てくれているおかげで、ようやくブレスたちの動きも分かってきた。だからこそ自分の力不足に嫌気が差すんだ。

 まがりなりにも国王に選ばれたというのに、この国を守ることもできやしない」


 ゲオルグはブレス軍に姿を見られないために、王宮を抜け出してから裏庭で槍の鍛錬をするとき以外はずっとこの隠れ家にこもりきりだ。

 

 気が滅入るのも仕方がない。


 もともとは穏やかな性格のゲオルグも、新王軍が南部の軍港やゲオルグの故郷を制圧した話を聞いたときは顔色を変えていた。


 ブレスたちは大陸の力を借りて、予想以上のペースでこの島を圧倒している。


 ショーンを助けてから、フィルランドの人々は私たちに積極的に情報をくれるようになった。それによれば、まだフィルランド地方にまではブレス軍の手は及んでいない。


 今はまだゲオルグもここにいれば安心なのだ。


 ただし、それとゲオルグの心情とは異なる問題だ。

 王様が不調では、いざ新王軍――反乱軍を討とうにも、指揮する人間が不在になってしまう。


 私はしばしの間考えた。閃いたことがひとつあるので、人差し指を立てて提案してみる。


「ねえ、ゲオルグも港町に下りてみない?」


「俺が?」


「そうよ。きっと気分転換になるわ。ショーンの一件以来、フィルランドの人たちもだいぶ友好的になってくれたから、たとえブレス軍の手の者が来たとしてもうまく匿ってくれると思う」


「軽率だぞフリッカ。何かあったらどうする」


「ゲオルグ。守るべき国民たちを見ずして国王であろうとするのは難しいわ。多少のリスクは払うべきよ」


 しょげてる王様に言われても説得力がない。私は腰に手を当てて言い返してやった。


 何度も言うが、反乱軍を討つ頭領がこれでは元も子もない。何のために再起を図っているのか分からないではないか。


 気分転換をするには隠れ家を出る以外に選択肢はないように思われた。


「しかし」


「今のあなたは国王でなくて私のお兄さんっていう設定でしょ。それにフードを深く被れば大丈夫。多少の時間なら問題ないわ。さあ、いきましょう」


「お、おい」


 ゲオルグの制止も聞かず、私はその腕を取った。ドアを開け、外の世界へと彼を誘う。


 爽やかな風が2人を取り巻くが、ゲオルグのくせの強い茶色い髪はフードの中にすっぽりと隠れていた。


 丘の上から見える港町では、石造りの煙突から細い煙が立ち上って各家庭の暮らしの気配を伝えてくる。


 居住地に隣接する港にはいくつもの帆船が並び、帆をたたんだもの、積荷を下ろすもの、出航の準備をするものとさまざまな船が並んでいた。


 私はゲオルグの腕を引っ張りながら、丘の上から見える景色を説明する。


「今の時間ならもう朝市はやっていないけど、いつもは朝霧の晴れた海がキラキラ輝いてすごく綺麗なのよ。この丘の上からその景色を見るのが私は好きなの」


「そうか」


「あっ、ほら、帆船が係留しているわ。今日はいつもより数が少ないから遠くまで漁に出ているのかもしれない。沖合まで船が行った日には銀魚が大量に朝市に出回るのよ」


「銀魚はフィルランドの特産だったな。君が買ってきてくれる銀魚は確かに美味い」


 私とゲオルグは丘を下り出す。その間も、私の声は知らず弾んでいた。


 普段は一人で下りる坂を、二人で歩くのがこんなに楽しいだなんて思わなかった。


 美しいフィルランドの海を見て満足していたと思っていたが、誰かと景色を共有できるのはもっと素敵なことなのだ。


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