19、救出
いかにも仕方がない、とでもいうようにバーンマクが踵を返す。私は慌ててその後ろ姿を追った。
獣たちの通り道のような細い木々の間を抜けていると、古代林たちが上からクスクスと笑っているのが聞こえてきた。
今は昼なのに、高くそびえる古木が頭上を厚く覆い、陽の光は細い筋となって苔むす地面に落ちている。幹には蔦が絡みつき、ところどころには古いキノコが木の根元に群生している。
風ですら通らない静寂がシンと辺りを包むかと思えば、古代林たちの葉のさざめきや動物たちの鳴き声が聞こえてきて急に賑わうこともあった。
精霊や生き物の息遣いがそこここに感じられる深い森。
私は声をひそめ、バーンマクに置いて行かれない程度の歩調で静かに進んだ。
しばらく獣道を歩いていると、どこからか男の子の声が聞こえた。さらに歩を進めるとひときわ大きい一本の大木が見えてきた。
その根元には、座り込む男の子の姿。両手を顔の前に持ってきて、必死に泣きじゃくっている。
見た目的にも年齢的にも、雑貨屋の店主から聞いたショーンという男の子に違いなかった。
私は急いで駆け寄って声をかけた。
「ショーン君ね」
男の子が私に気付いて顔を上げる。
「……!お姉さん、誰?」
「私はフリッカ。あなたのおじいさんから頼まれて、あなたを探しに来たのよ」
「おじいちゃんが?」
手を差し出すと、ショーンは力強く私の手を取ったので心からホッとした。精神的に参っているようだが、怪我はなさそうだった。
ショーンは助かったことを心の底から喜んでいるようで、表情には安堵の笑みが浮かんでいた。
「フリッカお姉ちゃん、ありがとう。昨日、友達と『本当に勇気があるなら森の中へ入れるはずだ』って話になったから自分一人でここまで来たんだけど、迷子になっちゃったんだ……。
でもどうしてお姉ちゃんにはここが分かったの?」
「精霊に連れてきてもらったのよ」
「精霊に?」
振り返ると、バーンマクは姿を消していた。お礼を言おうと思ったのに、相変わらず姿を消すのが早い。
だが、おそらくバーンマクがここにいたとしてもショーンにはその姿が見えなかっただろう。
精霊はドルイドのような能力を持つ者以外に対しては、姿を見せる者を選ぶ傾向がある。
「お姉ちゃんってドルイドなの?」
「厳密に言うと見習いね。さあ、早くフィルランドに戻りましょう。みんなあなたのことを心配しているわ」
「うん!」
ショーンを連れて帰った後は、町中が大騒ぎだった。ショーンの家族は泣いて喜び、森への捜索を検討していた自警団は解散となった。
私は町中の人に囲まれ、サーシャおばさんが私の肩を叩きながら「お兄さんの世話をしている偉い女の子なんだ!ずっと見込みがあると思っていたよ」と自分の手柄のように喜んでくれた。
おかげで私の名前はフィルランドの町の人たちの間で少しだけ知られるようになった。
サーシャおばさんたちに解放された後、私はショーンの祖父である雑貨屋の店に招かれ、大量の瓶詰をプレゼントされた。
これだけあれば当分の食事には困らない。ゲオルグも喜ぶだろう。
雑貨屋の主がこれまでの態度を謝罪しながら、何度も頭を下げる。
「本当にありがとう。今回のことは何とお礼を言ったらいいか……」
「気にしないでください。たまたま家の近くにショーン君がいただけです。私は何もしていません」
「でもお姉ちゃん、精霊に道案内してもらったんでしょ?」
祖父にくっつきながら、ショーンが言う。私は苦笑いしながら、口元に人差し指を当てた。
「まだ見習いだって言ってるでしょう。そのことはショーンと私だけの秘密にしてくれる?」
「精霊と会話ができるなんてすごいや」
ショーンが目を輝かせる。
彼の前ではうっかり口を滑らせてしまったが、できれば自分がドルイドであることはあまり対外的に公表はしたくなかった。
ブレス軍がこの町に来た時に気付かれてしまう恐れがある。
「……あんたたち、兄弟でダナンランドから来たと言っていたな」
ショーンの祖父、もとい雑貨屋の店主が口を開く。