13、ゲオルグの料理
ドキリとする。ゲオルグに名前を呼ばれて我に返った。
「俺たちはまだこの町に来たばかりのよそ者だ。そんな立場でここまで情報を得られたこと自体大したものだ。感謝する」
「そんなことないわ。当然のことをしているだけよ」
改まって言われると気恥ずかしい。
まだわずかな期間の同居生活だが、ゲオルグにはこういう生真面目なところがある。
王宮の官吏には、礼のひとつもできない偉そうな人物もたくさんいるというのに、彼は本当にこの国のトップなのだろうか。
「いずれ王宮から逃げ出した者たちとも連絡が取れるかもしれない。今は焦らずにやっていこう」
話は終わりだ、とばかりにゲオルグが立ち上がる。
彼はフリッカが買ってきた食材の袋をしばし眺めると、おもむろに野菜やパンを取り出した。
「ほう、美味そうな食材がたくさんあるな。いつも君にやらせているし、今日の料理は俺が作るか」
「いや、そんなのいいわよ……って料理作れるの!?」
「一般国民と大して変わらんと言っただろう。フリッカこそ料理に不慣れなんじゃないのか?君の手順は見ていて不安が残る」
「うっ」
図星である。
この隠れ家に住んでからというもの、私が食事当番となって2人分の食事を作ってはいるのだが、実家ではおばさんに作ってもらっていた手前、そもそも料理の経験がほとんどない。
肉と野菜を調味料で煮込んでいればいいだろうと思い、割と荒めの煮込み料理を作っていたのだが、実はレパートリーがなくて日々献立に悩んでいた。
ゲオルグは食材の入った袋の中身を吟味し始め、「いけそうだな」などと機嫌よく呟く。
「豆類と穀物のスープが作れそうだな。あとはこの地方でよく取れる銀魚か……焼いて果汁をかければ美味くなりそうだ」
「グーズベリーなら裏庭で取ったものがあるわ」
「よし、それを使おう」
偉い人とは思えぬ目の前の人物は器用に大鍋やナイフを用意していく。
さっそうと火を起こし、てきぱきとした手さばきでスープを仕上げ、さらに串焼きにした銀魚も出来上がった。
パンやハーブを添えれば、見た目も良い。ここ最近ではもっとも豪華な食事となった。
「いただきます」
二人で居間の食卓に座り、並べられた皿を前に手を合わせる。
そして食べてみて驚愕。美味しい!
コクのあるスープの舌触りと、ふっくらとした銀魚の仕上がり。
私が唸りながら作った初心者料理では足元にも及ばない。
この世界に「料理が上手な王様」がいるという事実が私を打ちのめした。
「どうだ」
向かい合って食事をするゲオルグが私に短く問う。
そんなはずはないのに、まるで彼が私の返事を緊張して待っているようにも感じられて、少しだけ笑いを誘われる。
私はごくりと一口飲み込んでから「美味しい」と言った。
「本当か」
「本当よ。悔しいけど私の作る料理より美味しいわ。まさかあなたがこれほど料理上手だとは思わなかった」
「それはよかった」
対して表情も変えずにゲオルグが言う。
けれど、わずかに細められた黄色い目には、かすかに気持ちの変化が垣間見えた。
「君も知っているだろうが、俺の家族は王位継承権争いで全員が敵同士になった。みんなが権力を我が物にするために争い、亡くなっていった。
同じ空間で食事をするなんてことは子供の頃に一度あったくらいだ」
平坦な口調で語られる内容は壮絶だ。
ダナンの王位継承権争いは全国に知れ渡るほどに激しく、長い戦乱の時代をもたらしたものだった。
家族で食事、などという団らんの時間は訪れなかったのだろう。
今、目の前にある光景とゲオルグが暮らしてきた過去の対比に、愕然とする。
「こうやって誰かのために何かをするというのは久しぶりだ。フリッカさえ良ければまた作らせてもらえないだろうか」
「……こんなに美味しい食事なら大歓迎よ」
私はせいいっぱいの笑顔で答えた。
一緒に生活をするというのはこういうことなのだ。
全く違う立場の者同士が、こうやって同じ物を食べ、同じ話題を共有し合い、同じ感情を分かち、同じ天候を感じ取り、同じ一日を、同じ場所で寝て終わらせる。
2週間前から当然分かっていたはずのことなのに、今日のゲオルグとの食事で妙に腑に落ちた。
私は、本来であえば一生目を合わせて会話をすることもなかったかもしれない相手と、公私にわたって同じ時間を過ごしていくのだと。
そのためには、少しでもゲオルグという一個人を知っていく必要があるのだと。
(少しでも理解したい。生真面目で優しい、この王様のことを)
「ゲオルグ」
「なんだ」
「ありがとう。これからもよろしく」
「なんだ突然」
逃亡先だから気を抜けないのは分かっている。
でも、思いがけず始まった彼との二人暮らしは毎日を味わいながら、できるだけ楽しく過ごしていきたい。
そうしていずれは彼を本来の場所へと戻すためにも、今は自分のできることをやっていこう。