1、島国のドルイド
私の住む島国ダナンは、「精霊とともに生きる国」とも言われる。
万物に精霊が宿ると言われ、大昔は人と精霊が自由に会話をすることができたそうだ。でも、今その能力を有するのは「ドルイド」と呼ばれる、王国に仕える祭司のみ。
私は、そのドルイドの見習いである。
「フリッカ!忘れ物はない?」
「おばさん、大丈夫よ」
朝ごはんを掻き込んだ私は、ポニーテールに結んだピンク色の髪を整えながら大慌てでドアを開けた。
「王宮務めが始まってから3日目。遅刻なんてしたら大変さあね」
「分かってるって。ハンカチも持ったし、お弁当も入れたからバッチリなはずよ」
王宮から支給された白い制服ローブの裾をちゃっちゃと直す。
よいしょとカバンを背負った私は、おばさんに「行ってきます!」と挨拶をしながら大きく手を振った。
私はおばさんと2人暮らし。先日18歳の誕生日を迎え、ようやく王宮務めが叶うことになった。
諸島国家ダナンの王宮で働くことは私の念願だったのだ。
ドルイドになって国のために働きたいという気持ちも嘘ではなかったが、それよりも、亡きお母さんの遺志を継ぐことのほうが私にとっては大きかった。
私のお母さんは、ダナン王国一と呼ばれたドルイドだった。
星を詠み、精霊と言葉を交わし、島国ダナンを侵略しようと攻め込んできた大陸の大国を荒波を起こして撃退するような素晴らしい祭司長だった。
けれどお母さんは私が5歳のときに亡くなった。
私は幼くて、ただお母さんがいなくなってしまったことに泣き叫ぶだけだったけれど、巷では稀代のドルイドの死は「不審死」として騒がれた。
今でも、王宮の誰かに毒殺されたのではないかと取り沙汰されている。
犯人が気にならないと言ったら嘘になる。犯人探しをこの手で成し遂げたい気持ちもある。
でも、今は前を向きたい。ようやく王宮で働けるようになったのだから。
「私にはお母さんほどの力はないけど、一人のドルイドとして国の役に立ちたい」
小さい頃から、木に話しかけられたり動物の喋り声が聞こえることがあった。最初に人間の友達にそのことを打ち明けたら「え~、フリッカちゃん気持ち悪い」と言われて傷ついた。
しかし家に帰ってお母さんに告げると、嬉しそうに言われたのだ。
「あなたにはドルイドの才能があるのね」
ただ、お母さんのように大型の精霊とやりとりしたり、天候を左右したりすることはできなかった。
もちろん、国の将来を先読みしたりすることもできない。
自分が母親に勝てるだなんて一度も思ったことはない。
「それでも、少しでもお母さんに近づけたことが嬉しいんだ」
『それでいいと思うわよ』
独り言を話していた私に大通りの街路樹が葉っぱのこすれる音とともに囁きかけてくる。
「あら、おはよう。今日も素敵な葉っぱの色ね!」
私は街路樹に返事をした。もちろん、この声は私以外には聞こえていない。
大通りに生えている街路樹たちは、長年首都ダナンランドを見守っているだけあって好奇心旺盛な情報通なのだ。
『フリッカ、今日も王宮へ行くんでしょ?』
「そうよ、これから毎日通うのよ」
街路樹は得意げに答えた。
『小さかったあなたが王宮に勤めるだなんて感慨深いわね。いつも元気なあなたの姿を見ると私も嬉しくなる』
「ありがとう!立派なドルイドになってあなたたちの期待に応えられるようになりたいわ」
『優しいフリッカ。人間にしては本当に珍しい子……でも気をつけなさいな。最近の王宮は少し変よ』
「変?どういう意味?」
『人間たちは気付いていないの?もうすぐ5回目の嵐が来るわ。嵐が来たら対岸の海に逃げなさい』
「え?嵐って何?どういうこと?ねえったら」
私は話しかけてくれた街路樹の幹をゆすって続きを促したが、それっきり言葉を聞けることはなかった。
「5回目の嵐……?どういうことかしら」
気にはなったが、出勤時間も迫っている。仕方なくその場を切り上げて首都の大通りを走り抜けると、眼前には石造りの壮大な城壁が迫る。
歴史を感じさせるダナン王宮が広がっていた。
3日通ったけどその威圧感には未だに慣れない。門番に声をかけ、王宮の中へと足を進める。
ドルイドの見習いが集まる控室へと急いでいると、「フリッカ!」と声をかけられた。
振り向くと、同じくドルイドの見習いとして修行中の身であるアンが近づいてきた。
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二人の関係性の変化、両片思いを見守っていただければ幸いです。
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