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やり直し回数8回目の転生悪役令嬢は、9度目の人生では今度こそ幸せになりたい

作者: 夜桜 舞

一度目は銃殺、二度目は殴殺、三度目は毒殺、四度目は焼殺、五度目は絞殺、六度目は爆殺、七度目は刺殺、八度目は圧殺。これまでわたしは、この世界に転生してから、様々な苦しみ方を経て、殺害されてきた。そしてわたしはおそらく……いや、確実に、タイムリープとやらをしている。

この世界は、わたしが一度目の人生の前に生きていた世界にあった乙女ゲームの世界。そして、わたしはその乙女ゲームの悪役令嬢、「シャリーナ・ティライツ」。わたしはそのゲームをプレイした気がするのだが、8度の人生を経て、ゲームの内容はほとんど覚えておらず、大まかなストーリーしか覚えていない。だが、攻略対象の顔や名前ははっきり覚えているし、ヒロイン(あいつ)の名前も、顔も、声も、はっきりと、嫌になるほど鮮明に覚えている。……それは、私が8度の人生全てでヒロイン(あいつ)に貶められ、ヒロイン(あいつ)に魅入られた者たちの手によって殺されてきたからだ。


わたしは目をつむり、ベッドに体を預けながら、頭の中でそれらの情報を整理する。

そして、パチッと目を開け、軽く息を吸う。


この世界に転生する前の記憶はなくても、この世界に来てからの記憶は、全て鮮明に思い出せる。その記憶を頼りに、わたしは、これからどんな行動をとるか考える。

わたしがタイムリープするときは、決まって15歳の誕生日の翌日の朝。……そして、わたしが殺害されるのは、三年後の、18歳の誕生日の日だ。


わたしが何故、タイムリープするときが15歳の誕生日の翌日であるかがわかるか。それは……


コンコン


わたしの部屋のドアがノックされる音が聞こえ、わたしはベットからだ体を起こしながら「お入りください」と、部屋の外に声をかける。


「失礼します、お嬢様。昨晩はお疲れさまでした。そして、改めて……15歳の誕生日、心よりお祝い申し上げます」


そう言ってにっこり笑うのは、わたしの専属メイドである、リーナ。そして……8度の人生全てにおいて、わたしを真っ先に裏切った人間である。


わたしも、3度目の人生までは、何かわたしを裏切るのに理由があるのだろうと思っていたのだが、4度目の人生では彼女に直接殺されたことにより、彼女は、ヒロイン(あいつ)に魅入られたうちの一人なのだと痛感し、その後の人生では一切、彼女のことを信用できなくなってしまったのだ。

――だから、彼女のにっこりとした笑みが、今はとても怖いのだ。


「――どうしたのですか、お嬢様?」


彼女の言葉にハッとなり、わたしは慌てて、「い、いえ、なんでもないのよ」と言うが、勘が鋭い彼女には、余計怪しまれてしまったと後悔する。


「そうですか……何かあれば、このリーナに何でも言ってください。私はいつでも、貴女様の味方ですから」


そんな私の後悔を知ってか知らずか、彼女は笑みを深めながらわたしにそう言う。


「えぇ……そう、ね」


――こんな彼女も、直にヒロインに魅入られることになる


そう思うと、わたしは彼女の言葉を素直に喜べないのだった。


―――――


わたしは、15歳の誕生日の晩に開催されたわたしの誕生祭で、この国の第一王子であり、ゲームのメイン攻略対象である、「ワイラー・ツフェルト」との婚約を発表された。しかし、わたしの家は王族と釣り合うほどの財力と権力があるだけで、これは単なる戦略結婚であり、世間からは愛のない婚約と言われていた。

――そして、実際そうだった。


不愛想で傲慢なわたしは、ワイラーに愛されるわけがなく、ワイラーは真実の愛を見つけたとバカなことを言い、わたしはたった2年半で婚約破棄させられる。

そして婚約破棄後、ワイラーと真実の愛とやらを見つけたらしいゲームのヒロイン、「フィーエ・スフィル」(平民である)は、わたしに悪質な嫌がらせをされたと周囲に言い、わたしは彼女の取り巻き(攻略対象含む)に命の危機に追い込まれ、そして……わたしは18歳の誕生日に、誰かしらに殺害されてしまう。

ただ、一つ言いたいことがある。婚約破棄されたことや、彼女の取り巻きに殺されたのは事実だが、それ以外は全く身に覚えがない。


まず、よく不愛想だとは言われるが、淑女がそんな感情をおいそれと表に出すことなんてするなと貴族の女性ならば幼いころから教育されるので、わたしが特別不愛想なわけではないし、傲慢と言う言葉は、ワイラーの方が大変よく似合う。それに、女をとっかえひっかえにしているワイラーへの好感度なんて初めからマイナスなので、婚約破棄後、ワイラーと真実の愛を見つけた彼女に嫌がらせをする理由が見当たらない。


しかし、フィーエは乙女ゲームのヒロインで、わたしは乙女ゲームの悪役令嬢。この世界は、常にヒロイン中心に回っており、彼女の都合の良いようにできている。


それでもわたしは、生きている以上、自身のハッピーエンドを求める。

わたしは、幸せになりたい。……そうだ、幸せになりたいのだ。


わたしはずっと、人にした良いことは、必ず自分に返ってくると信じ切っていた。でも、現実はそんなに甘くはない。たとえわたしがどんなに世のため人のために生きても、結局はフィーエの言葉一つで簡単にわたしの善意は悪意に塗り替えられてしまう。それならばいっそ、今回は最初から最後まで、全て自分のために生きていくべきだ。

わたしを散々虐げてきたヒロインたちに復讐しようだなんてことは考えない。――これは優しさなんかじゃない。ヒロインたちと無駄にかかわってもろくなことにならない故、かかわりたくないからだ。


……はぁ、考えても仕方がない、まずは行動だ。

タイムリミットはあと三年。それまでに何かヒロインたちへの対策をとっておかないと確実に殺られる。


「とりあえず、この家からは出た方がよさそうですね」


思わずそんなことを口に出してしまい、わたしはハッと口を押える。


幸い、リーナには先ほど、すぐにわたしの部屋から出て行ってもらい、部屋の中にはわたし以外誰もいない。しかし、いつどこでわたしのつぶやきが誰かに聞かれているかは分かったものではない。故に、軽々しい発言は控えなくてはならないのだ。


「あ、でも……」


わたしは、自分の幸せのために生きると心に決めた。それならば、わたしはわたしのしたいことをすればいいのではないだろうか?


「ま、いっか」


軽々しい発言は控えるべきなのはわかっている。けれでも、言葉が少ないと逆に疑われる要因になることも、これまでの人生で痛感した。それならば……


「自分に素直になろう」


そうつぶやき、わたしはそそくさと荷物をまとめ始めた。


―――――


この世界で、家族ほど信用できない人間などいない。

8度の人生。そのすべての人生において、私は何度も何度も、家族だけは信用し、家族にも信用されようと努力した。……でも、駄目だった。リーナも家族も、わたしの一番近くにいる故、ヒロインに魅入られてしまえば、わたしをいち早く裏切ることになる。


それならば、わたしがこの家にいなければならない理由などない。そう考えたわたしは早速、領地の平民から譲り受けた薄汚れた服に、これまた薄汚れたフードのついた羽織を身にまとい、少ない荷物片手に自室の窓から外へと出る。


外はわたしの新たな門出を祝うかの如く、太陽がさんさんと輝いていた。


―――――


この世界には、魔法が存在している。しかし、その魔法は一部の特別な人間にしか使えず、残念ながらわたしは魔法が使えない。わたしは、特別ではなかったのだ……フィーエと違って。

フィーエは乙女ゲームのヒロインらしく、魔法が使える。だからこそ、ワイラーも特別な彼女に心惹かれたのだろう。


別に、羨ましいとは思わない。けれど、わたしは心のどこかで信じていたのだろう。……きっと、わたしにも運命の王子様がいて、わたしのピンチに駆けつけ、わたしを救ってくれると。

でも、待っているだけでは何も変わらない。変わるためには、何かしらの行動をしなければならないのだ。


わたしは羽織のフードを深々と被りながら足早に道を進む。

わたしは国の第一王子と婚約したことによって顔も名前も知られているが、まさかそんな令嬢が平民が着ていた服に身を包んでいるなんて誰も予想できないだろう。

恥ずかしいという気持ちなどない。生きるために、恥など遠い昔に捨ててきた。


わたしが向かう先はここからも王都からもかなりの距離がある鍛冶屋。

幼いころ、わたしはその鍛冶屋の主と遊んだことがある。

少し年上のお兄さん。わたしは、そんなお兄さんに心を開き、お兄さんもまた、わたしを妹のように可愛がってくれていた。


お兄さんの名は「エリーファ・レイツ」。彼らの一族はその昔、貴族だったのだが、エリーファの父親がへまをやらかし、貴族としての役職を失ってしまった。

そして、エリーファの父親はそれに病んでしまい、消息を絶ってしまたのだ。


しかし、エリーファはそんなことではくじけなかった。彼は父親が消息を絶った後、一切わたしとは会ってくれなかったが、わたしには定期的にお手紙をくれ、自身の状況を詳しく説明してくれた。

エリーファは国の最西端にある、この国一番の鍛冶屋に弟子入りし、みるみる鍛冶屋としての頭角を現し、ついには店を継ぐほどの素晴らしい技術を心得た。そして彼は剣士としての技術も心得ており、直に国王から騎士爵を与えてもらえそう、と、手紙越しでも彼の喜びがわかりそうなほど生き生きと綴っていた。


そんな彼は、8度の人生において、一度もわたしを裏切らなかった。

その事実が、今のわたしの原動力になる。


平民用の、乗り心地はあまりよくない馬車。それでも、徒歩よりははるかにマシだ。


「すみません、乗ります!」


わたしは今にも出発しそうになった馬車にそう声をかけ、急いでその馬車の中に乗り込んだ。


―――――


馬車に乗って、どれくらいの時間がかかったのだろうか。無事、わたしはエリーファの営む鍛冶屋に到着した。

御者の方に、ここまで乗せてもらったお礼の品を渡そうとしたが、「いいんだよ、俺も好きでやってるだけだし」とやんわりと断られてしまった。


優しい方だなと思いながら、去っていく馬車を見送り、完全に見えなくなったところで、わたしは鍛冶屋の方へ向き直る。


羽織のフードを脱ぎ、軽く深呼吸をしてから、コンコンと店のドアをたたく。

すると、鍛冶屋のドアがゆっくりと開き、この店の主が顔を出す。


「すみません、今は営業時間外でして……」

「エリ―!!」


わたしは、久しぶりの彼の顔を見た瞬間、反射的に彼の愛称を言いながら、彼に抱き着いた。

一方彼は、一瞬わたしが誰かわからない様子で狼狽えていたが、すぐにわたしが今でも手紙のやり取りを続けているシャリーナだと気が付き、「どうしたんだ、シャーナ」と、これまた愛称で、わたしに優しく声をかけてくれる。


どんな時でもわたしに優しくしてくれるエリーファが好きでたまらず、わたしはしばらくの間、エリーファの問いに答えずに、抱き着いていた。


―――――


その後、わたしはエリーファに、鍛冶屋の奥にある、おそらくエリーファの自室らしき場所に案内される。


「それにしても、本当に驚きいたよ。シャーナが突然、ここに来るだなんて思わなかったから」

「……すみません」

「ははは、いいんだよ。……それに」


エリーファの言葉に俯きながらわたしは謝罪の言葉を口にするが、エリーファは笑いながらわたしの右の頬を、自身の左手で包み込み、ゆっくりとわたしの顔を上に向かせる。


「僕は久々に君に会えて、とても嬉しかったから」


そう言ってにっこりと笑うエリーファに、わたしはドキッとしてしまい、思わず顔を赤く染める。


「え、あの、えっと……」


わたしがエリーファの様子に焦ってあたふたとしていると、一瞬、エリーファはフフッと鼻で笑った後、すぐにわたしの頬から手を放す。


「か、からからか、からかわないでください……!!」


わたしがエリーファの余裕そうな態度に余計焦っていると、まったく反省していないような「ごめんね」と言うエリーファの声が聞こえる。


「……それで、シャーナはここに、一体何の用できたんだい?」


少し声のトーンを下げながら真剣な顔で唐突にそう聞くエリーファに、わたしはビクッと肩を震わせる。


「あの……しばらくわたしを、ここでかくまってほしいのです」


わたしはそう言って、エリーファに勢いよく頭を下げる。

この世界で、わたしが頼れて、信用できる人はエリーファしかいない。エリーファに裏切られたら、わたしは、わたしは……!!


「――だめだよ、シャーナ」


丁寧な言葉。しかし、確実にわたしを拒絶する言葉。


――あぁ、やっぱり、この世界に、わたしの味方なんて……


「君は、僕なんかに頭を下げるような人間ではないだろう?」

「へ?」


何を言い出すんだと思い、わたしはエリーファの胸の内を探るべく、頭を上げ、エリーファを見つめる。


「君には、ずっと前を向いていてほしいんだ」

「え?それって、どういう……」

「何も言わずに、僕の言うことを聞いていて」


わたしの問いを遮りながらそう言うエリーファに、わたしはこくりと頷く。

そんな私の様子を、満足そうに見つめながら、エリーファは再び、口を開く。


「僕は、君と並んで笑えるような人間ではないよ。君の隣には、僕なんかよりもふさわしい人間が沢山いるんだと思う。……でも、さ。」


そこまで言って、エリーファは真剣な顔をゆがめ、ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべる。


「君が僕の隣にいたいというのならば、僕は喜んで、君の隣にいることを選ぶよ。たとえ、世間に厳しい言葉を投げかけられても、君が僕のそばにいたいというならば、僕は君を全力で守るよ」


そう言って、エリーファは優しく、わたしの頭を優しくなでてくれる。

わたしは、そんなエリーファの言葉やしぐさに、今までため込んできた何かがあふれ出し、思わず涙があふれてしまう。


悲し涙?いいや、違う。これは……うれし涙だ。


―――――


エリーファはその後、わたしが泣き止むまでずっとそばにいてくれ、わたしがどうして家を出たのかは、あまり深くは追及しないでくれた。

そして、彼はベッドをわたしに譲ってくれ、彼自身は近くにある友人の家で寝泊まりをした。


さすがに居候の身でそこまでしてくれるのは気が引け、遠慮したのだが、エリーファもわたしにベッドを譲るのをあきらめず、わたしは今日のところは引き下がった。でも、明日こそはエリーファにベッドを譲るんだ……!!


ひそかな決意を胸に、わたしは明日からの予定をベッドの上で考える。

とりあえず、今日はエリーファに剣術の指南を求めた。もしもの時、剣術の心得があれば、ある程度の殺害方法には対応できると思ったからだ。

そんな私の我儘に、エリーファは、仕事の合間にわたしに剣術の稽古をつけてくれることを約束してくれた。


「魔法が使えれば楽なんだろうけどなぁ……」


そうつぶやいても、魔法が使えるようになるわけではない。そう考えたわたしは、明日に備えて目をつぶり、早く寝ることにする。


「おやすみなさい、エリ―」


ここにエリーファがいるわけではないのに、反射的にそう言ってしまった自分に驚きながら、わたしはゆっくりと、眠りに落ちていった。


―――――


ドンドンドンドンッ!!!


「なにっ!?」


翌日の早朝。

鍛冶屋のドアが乱暴にたたかれ、わたしは飛び起きる。


「おい、エリーファ・レイツ!!ここにシャリーナ嬢を監禁しているのはわかっているんだぞ!!さっさとシャリーナ嬢をこちらに引き渡せ!!」


一体、どういうこと?

外から聞こえてきた声は、ワイラーのものだ。どうして彼が、無関心のわたしがここにいると知っているの?というか、なぜわたしはエリーファに監禁されていることになっているの?


色々な疑問が頭をぐるぐる回るが、どんどん激しくなっていくドアをたたく音で我に返る。


あり得ないとは思うが、このままドアを蹴破られ、ワイラーが中に入ってきたら、わたしはどうなってしまうのだろうか?……もしかして、殺されてしまうの?

これまでの8度の人生では、たまたま18歳の誕生日の日に殺されただけで、今回は早々に殺されてしまうかもしれない。そうなった場合、今回はどんなふうに殺されてしまうのだろうか?


嫌な考えが頭をよぎり、わたしはカタカタと震えてしまい、声を出さないように、口に手を当てるが、気を抜けば大声で叫んでしまいそうになり、怖くなる。


――だれか、助けて……!!


分かってる、こんなことで誰かが助けに来てくれるなんて、ありえないなんてこと。そんなこと、分かってる。でも、もしかしたら、わたしの運命の王子様が助けに来てくれるかもしれないって。そんな不確かな可能性に、わたしは醜くすがってしまう。


「くッ!!てこずらせやがって……!!」

「――何をしている!!」


突然、ワイラーの声を遮る形で、半ば叫びながらワイラーに問いかけるその声は、エリーファの声だ。

エリーファの声。ただそれだけのことで、わたしはひどく安堵してしまう。


「なんだ、貴様!!……って、もしや、お前がエリーファ・レイツか……?」

「あぁ、そうだが……一体、国の第一王子様が、鍛冶屋に一体何の用だ?」


わたしは、外で聞こえてくるエリーファの声に驚く。

エリーファは、昔も今もわたしに優しくて、こんな冷たいエリーファの声を聴いたことがなかったからだ。


「ふん、白々しい。貴様、鍛冶屋にシャリーナ嬢を監禁しているな?」

「は?」

「とぼけるなッ!!昨日、貴様がシャリーナ嬢らしき者を鍛冶屋(ここ)に連れ込んだという報告が上がっている」

「それが事実だとして、何故俺がシャーナを監禁したということになっているんだ?」

「そんなの簡単だ。シャリーナ嬢は昨日の朝から行方をくらましている。規律正しい彼女が、無断で家を空けるわけないだろう!!」

「っ!!ふざけるな!!」


エリーファの突然の怒鳴り声に、わたしだけではなく、ワイラーも息をのむのがわかる。


「お前、シャーナのことなどよく知らないくせに、よくそんなことを言えたな。シャーナはな、お前らの都合の良い操り人形じゃねぇんだよ!!シャーナだって感情があるんだ。彼女は一人のか弱い少女なんだ!そんな彼女に、世間の偏見を押し付けるな……!!」


一息も入れず、一気にそう言ったエリーファは、的確にわたしが気にしてくれていることを言ってくれ、本当によくわたしのことを見てくれているのだと分かった。きっとエリーファは、手紙のやり取り以外にも、わたしの状況を探ってくれ、わたしの辛さを理解してくれたんだと思う。でも、どうして……?


「貴様、誰に向かってその態度を……!!俺はシャリーナの婚約者だぞ!!貴様は、あいつのなんなのだ!!」

「俺は、シャーナの幼馴染だ。それと同時に、シャーナは俺の初恋の人でもある」


……え?

エリーファの初恋の人が、わたし?


エリーファの突然の一言に、先ほどまであった恐怖心は、一気に抜けてしまった。


「それに、この鍛冶屋にはシャーナは居ない。いるのは……俺の、婚約者だ!!」


―――――


その後も、ワイラーとエリーファの言い争いは続いたが、ついにワイラーの方が折れ、捨て台詞を吐きながら、鍛冶屋から去っていった。


「――全部聞いてた……よね?」

「は、はい……」


わたしのもとに来たエリーファはわたしに目を合わせようとしてくれないが、わたしは負けじとエリーファの方を見つめる。すると、エリーファは「降参だ……」と言いながら、わたしの目を見ながら口を開く。


「君が俺……僕の初恋の人だということは本当だよ。あと、王子(あいつ)を追い返すためとはいえ、勝手に君の婚約者を名乗ってしまって、ごめんね?」

「い、いえ。それはいいのですが……」

「あぁ、僕の雰囲気、全然違かったでしょう?」

「……はい」

「ははは、素直だね、君。……君の前だと、かっこつけたいし、怖がられたくないんだよ」

「そ、そんな……!!その、先ほどのエリ―は、とっても、かっこよかった……です」


お互いがお互い、小っ恥ずかしいことを告白し、どちらの顔も、耳まで真っ赤に染まっていた。


「さ、そろそろ朝ごはんにしようか……?」

「は、はひっ!!」


思わず、返事を噛んでしまったのは、きっとわたしだけのせいではない。


―――――


それから、はや四年の年月が経っていた。

この四年間、わたしは何度も何度も怖い目に合ったが、そのたびに、エリーファがわたしのことを守ってくれた。わたしがそんなエリーファに向ける感情が恋ということを自覚することにそれほど時間はかからず、わたしが16歳の誕生日を迎えると同時に、わたしとエリーファは婚約した。エリーファは、初恋であるわたしを長年、思い続けてくれていたらしく、わたしとの婚約の機会をずっと狙っていたらしい。わたしはその後も、彼の鍛冶屋に住み、彼と生活を共にしていた。そして……わたしは、今日で19歳の誕生日を迎える。なんと、ヒロイン・フィーエの脅威から、わたしは逃れ切ったのだ。


ちなみに、現世では、フィーエとかかわることはなかった。

なぜ過去形なのかと言うと、彼女は1年前に、わたしが知らないところで処刑されていた。

彼女は、この国の多くの人間を誑かし、国王の暗殺を計画していたことをエリーファに告発されて、あっさりと首をはねられた(おそらく彼女は、この国を根本から支配したかったのだと思う)。そして、エリーファは、国王の殺害を未然に防いだ活躍が認められ、爵位が与えられたうえ、国王からも目をかけられている。それと、わたしの家族やリーナを含めたこの計画にかかわった人間は、奴隷として他国に売り渡された。その事実に、わたしは少しの間、胸を痛めたのだが、いずれその人間のうちの誰かに殺されていたのかもしれないと思うと、簡単に吹っ切ることができた。


しかし、フィーエの死は、ワイラー含めたゲームの攻略対象たちの反感を買い、国王殺害を計画し、その機会を淡々とと狙っていたのだが、その事実にいち早く気が付いた国王が、実の息子だろうと容赦せず、全員もれなく処刑された。


わたしを長年苦しめてきた人たちは、わたしの知らないところで、もれなく全員罰を受けたのだ。


ちなみに、4年前、私をかくまってくれたエリーファのもとにワイラーが訪れた理由は、わたしと結婚すれば、莫大な金が手に入るというくだらない理由だったため、国命で早々に、婚約をなかったことにされた(どうせ二年半後に婚約破棄をさせられるので、この王命は正直、とてもありがたかった)。


「シャーナ、準備はいいか?」


わたしがこの4年間のことを考えているときにそう声をかけてきたのは、今日からわたしの旦那様となる、エリーファである。ワイラーとは違い、大好きな彼と数年の婚約期間を経て結婚できたのは本当にうれしく思う。


「どうしたんだい、シャーナ?」


わたしが幸せをかみしめて、彼の言葉に返事をしなかったため、わたしは彼に心配されてしまった。――これがきっとワイラーならば、わたしの心配なんて、一切しなかったことであろう。


何でもないと、無邪気に笑いながらそう言うと、彼はそうかと、ゆるく笑った後、急に真顔になり、私をきょとんとさせる。


「シャーナ。君は今、幸せか?」


少し緊張しながらそう問いかける彼の様子に、わたしは少し吹き出しながら、満面の笑みで答える。


「えぇ、勿論!!今が生きてきた中で、一番幸せ!」


そう答えると、彼はいつか見たときみたいにふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべながら、「よかった……でも、それはちょっと違うよ」と言う。


「君はこれから、今以上に幸せになっていくんだよ。……僕の大切な花嫁」


そう言って、彼はごく自然のように、純白のドレスに身を包んだわたしをお姫様抱っこし、教会へと歩き出す。わたしのすぐ近くにある、整った顔立ちは、物語に出てくるどんな王子様よりも、ずっと、ずーと!かっこいいと思う。


正直、フィーエが死んだと聞かされた時、彼女もわたしと同じようにタイムリープするのかと思ったが、フィーエが死んでから一年たった今、わたしの中にはそんな心配などなくなっていた。


「大好きだよ、エリ―。わたしののことを、ずっと好きでいてくれて、ありがとう」


教会へと続く道を進みながら、わたしはエリーファにそう声をかける。

すると、エリーファは照れ臭そうに笑いながら、わたしの欲しい言葉をくれる。


「あぁ、僕も大好きだよ、シャーナ。僕のことを好きになってくれて、ありがとう」


少ないながらも会話を続けていると、すぐに教会へとたどり着き、彼はわたしをお姫様抱っこしたまま神父のもとへと歩みを進める。教会には国王の計らいで、式には大勢の人たちが参列している。


「ちょ、そろそろおろして下さ……」

「――いいだろ、このままでも。今ここで君を離したら、君がどこか遠くへ行ってしまいそうで……怖いんだ」


珍しくわたしに弱音を吐く彼に、わたしはこれ以上強く言うことなんてできず、わたしは大人しく、彼の思うがままにされる。


「これはこれは……大変仲がよろしいようで」


軽く神父にからかわれたが、彼はそんなこと気にせず、堂々と神父の前に立つ。


「――それでは、誓いのキスを」


かなり簡潔な誓いの言葉を言い合った後、神父がわたしたちにそう言い、わたしたちは大勢の方々が見ている前で誓いのキスをする。


初めてではないが、毎回毎回、彼とのキスは、心を直接燃やされているかのように熱くなり、それでいて、……とても、甘い。


わたしたちは、大勢の人たちが見ていることなんか気にせずに、長い間、情熱的なキスを続けていた。


キスの間、わたしの耳にはクスリと誰かの笑い声が聞こえた気がしたが、もしかしたら、わたしをこの運命に導いてくれた天使の笑い声だったかもしれない。……まぁ、本当かどうかは、誰にもわからない。それでも、ようやく悪役令嬢(わたし)は死の運命を回避し、9度目の人生でようやく幸せになれたことは、誰にも変えられない事実。今はその幸せが、ずっと続くことを願うばかりだ。

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