第7話
灯くんと会うときは、決まった曜日、決まった時間帯だった。
伯母さんと伯父さんが働きに出ていて、灯くんの妹である梨花ちゃんが学校から帰宅する前。
母さんの仕事の都合で、いずれ引っ越すことは決まっていた俺は、せめてその間はと、恋人同士のような関係でいたかった。
お互いダメだと分かっていながらも、変わらず優しく接してくれていた灯くんが愛おしくて、初めてを捧げた彼に夢中だった。
しかしそんな関係を3か月程続けてしまった或る日、事が起きた。
灯くんが自分用に保存しておきたいと、二人の行為中の映像を撮影していた動画が、梨花ちゃんにバレてしまったんだ。
灯くんがトイレに行っている間、兄にパソコンのトラブルを相談しようとした彼女は、部屋にあるパソコンを何気なく開いて、不自然に停止してあるその動画を見つけてしまったのだとか。
そしてまぁまぁ夜も更けた時間帯、母の元に伯母から電話がかかってきた。
二三会話した母は、そのうち顔色を変えて、まるで幽霊でも見たような表情で俺を見た。
その後あまり説明もされずに手を引かれて、伯母の家に伺った。
伯父さんはまだ不在で、重々しい空気の中リビングに通されると、伯母と梨花ちゃんと震えて俯く灯くんが、正座して待っていた。
「・・・・・・灯くん・・・?」
俺が何が何だかわからずにいると、目の前に座った俺たち二人に、神妙な面持ちをした伯母が土下座した。
必死に謝罪をする伯母は、震える灯くんのふわふわの綺麗な髪を掴んで、俺の前に土下座させた。
「本当にごめんなさい!!この子が・・・・こんな・・・・・理人くん・・・・許してくれなんて言わないわ・・・・でも・・・本当にごめんなさい・・・。」
俺はその時ようやく気付いた。
いとこ同士なのにエッチしてたのがバレたんだと。
黙って事情を聴いていた母は、俺の様子を窺いながらも、いつからそうなったんだとか、まるで事情聴取のように灯くんに話させた。
彼は事実を述べて、動画も自分用で鑑賞していただけで、ネットなどに流出させていたわけではなく、俺からも了承を得て撮影したと。
俺は動画に関しては少し恥ずかしかったけど、灯くんが喜んでくれるならいいかと、軽く考えていたと伝えた。
俺が説明して謝罪すると、伯母は終始申し訳なさそうに涙を流した。
「もう・・・二度とこの子と・・・理人くんを会わせたりしないと誓うから・・・」
「・・・え・・・なんで?」
思わず俺が口をついて出た言葉に、母も伯母も可哀想な目を向けて来たけど、俺は咄嗟に誤解されていると理解した。
「違うから!!エッチしたいって言ったのは俺だし!好きって告白したのも俺だし!別に脅されてとか、お金目的でとかじゃないし!何でずっと灯くんが悪いみたいに言うんだよ!だったら俺も悪いじゃん・・・・やめてよ・・・・ねぇ・・・梨花ちゃんも・・・灯くんのこと、軽蔑する目で見ないでよ・・・。確かに親戚同士でこんなことダメだし・・・それをわかっててしてた俺たちは最低だけどさ・・・灯くんが全部悪いわけじゃないじゃん・・・。」
涙を堪えきれずに鼻水をすすって俯くと、灯くんは尚も謝罪しながら、ポロポロ涙を流した。
「・・・灯くん・・・貴方はどういうつもりで理人とそういうことを?」
母は落胆と怒りを抑えたような様子で、彼に問いかけた。
「・・・・その・・・・俺は・・・・・元々理人をすごく大事に思っていて・・・それが恋愛感情だとかそういうことまでは思ってませんでした・・・。でも・・・私情でしかないんですが・・・大学受験に失敗して・・・滑り止めで入った大学では・・・何だか思った勉強は出来なくて・・・・理人は出来もいいし、周りから期待されているのが少し羨ましくて・・・・でもそんなこの子が・・・俺のことを好きだなんて無邪気に言うもんだから・・・・憎さよりも愛おしさが勝って、自分の落ち込んだ気分を紛らわせたくて・・・・・・・ごめんなさい・・・・。」
その時初めて、灯くんの本心を聞いて、自分という存在が、知らず知らずのうちに彼を傷つけて、大事にされていることに胡坐をかいて、お互いを弄んでいたのが分かった。
賢い俺には解ってしまった。
俺たちの親にとって、これは大問題かもしれないけど、俺にとってはさして大事でもない、ただの思い出になると。
けど灯くんにとっては違う。
19歳の成人年齢に達している男が、あろうことか未成年でいとこの男の子に、性的行為を働いていた。
合意の上だったとしても、それはまぁまぁニュースに取り上げられそうなネタだ。
母さんも伯母さんも、俺を守ろうとしている。
だったら灯くんを庇えるのは俺だけだ。
「あの・・・母さん・・・伯母さん・・・もう二度としないから・・・灯くんのこと、許してほしい・・・。」
俺がそう言うと、それまで黙っていた梨花ちゃんが口を開いた。
「ねぇ理人・・・ホントに・・・本当にお兄ちゃんに脅されたとかじゃないの?」
「違うよ・・・。俺がホントに灯くんのこと好きなんだよ。」
「・・・一度やった人は、今後会うことがあったらまたやるかもしれないよ?」
その言葉で、仲良しだった兄妹関係が、俺のせいで完全に破綻してしまったんだとわかった。
けどそれなら尚更、俺が修復しなきゃと思わざるを得なかった。
「・・・3人がどれ程灯くんを信用しなくなっても、俺は灯くんの味方だから。俺は!合意の上で灯くんとそういうことしたし、心底信頼してるし大好きだから!それは何も変わってない。誰だって間違ったことするじゃん!俺の友達は、軽はずみで万引きしたことあるって言ってたよ。隣のクラスの可愛いって評判の女子は、エンコーしたことあるって話してたよ。俺も灯くんもさ、悪いことしたって解ってるから反省してるし、もうしませんって誓ってるんだよ。だから・・・信じられないなぁって思われてもいいけど、それでも信じてほしい。」
俺のその弁解が何とか功を奏して、二度と合わせないという壁は、作らずにいてくれた。
けど結論を言うと、灯くんはそれから部屋に引きこもるようになってしまった。
大事にしてほしくないし、伯母さんもそう思ってか伯父さんには話さなかったようだけど、元々繊細な彼は、自分のしたことの重さや、俺に負担をかけてしまったんじゃないかとか、家族から白い目で見られることに悲しくなったのか、或いはその全てが原因なのか、人と接触することを避けてしまった。
けど人間ってのは、群れの中でしか生きられない。
俺はもう当時の彼の年齢になって、そんなことはわかってる。
世情を知って、勉強して、受験して大学生になって、あの時の灯くんがどれだけ頑張って受かろうとしていたかとか、そういう苦労も身にしみてわかる。
だから俺はあの一件から今まで、数カ月に一度いとこの家を訪れていた。
灯くんが閉ざした自室の前で、どうでもいい話をするもんだけど、返事をすることもない。
けどそれでも俺は灯くんが大事な存在であることに、変わりはなかった。
それは恋愛感情とかじゃなくて、本当の家族に対する愛情のようなもの。
伯母さんもそれをわかってくれているから、気を遣って電車賃をくれたり、うちに泊めてくれたりする。
でもそれは誰かに頼まれたことじゃなく、俺が勝手にやってることだった。
いつものように彼の自宅に到着した俺は、『お母さんは今買い物中だから、適当にゆっくりしてて』という梨花ちゃんにリビングへとあげてもらった。
「なんか会う度に理人背が伸びてるね。大きくなっちゃってさぁ。」
「そ?んでもたぶんもう伸びるの止まったよ。去年から変わってなかったし。」
他愛ない会話で笑い合って、気兼ねなくソファに座って雑談していると、梨花ちゃんは軽くため息をついて言った。
「理人・・・もう別に会いに来てくれなくてもいいよ?」
「・・・ん~?梨花ちゃん俺が慈善活動みたいに会いに来てると思ってんの?」
梨花ちゃんは無表情に視線を落として、手に持ったお茶をまた一口飲んだ。
「お兄ちゃん引きこもってはいるけどさ、普通にお風呂に入るしトイレに行くし、多少の会話はするの。大学はだいぶ前に辞めちゃっただけでさ。」
「ふぅん・・・。梨花ちゃんはさ、まだ灯くんのこと軽蔑してる?」
「・・・別に・・・そこまでは・・・。ただ、理人が責任感じる必要はないよって言いたくて。」
「責任かぁ・・・そういうつもりなかったけど、そうなんかなぁ・・・。でも俺後ろめたさとかはなくてさ、会って話したいだけなんだよ。」
梨花ちゃんは複雑そうな表情で俺を見て、苦笑いを返した。