第5話
暖冬のせいなのか、そこまで寒くもない12月も半ばに入った頃、講義を終えて荷物をまとめていると、離れた席に高身長の男子生徒を見つけた。
遠いし顔はよく見えないけど、側にいた青年と一緒に教室を出るためにこちらに歩いて来た。
すると見知った顔だと気づく。
「朝野先輩、柊先輩、おつかれっす。」
にこやかに声をかけると、二人は俺たちに同時に視線を向け、一瞬黙った後挨拶を返してくれた。
「お疲れ様。」
柊先輩の柔らかくて上品な声が、何だか耳に心地いいし、可愛いルックスがたまらん。
隣の朝野先輩はガタイがいいって程じゃないが、高身長で体格もよくて、上から下まで眺めて何となく質問を投げかけた。
「朝野先輩ってなんかスポーツとかやってた人ですか?」
「・・・なんで?」
「いや、体格良いし、文武両道な人なのかなぁって思って。」
笑顔を崩さずそう伝えると、朝野先輩は愛想笑いすら返さず、運動部だったとだけ返事をした。
すると柊先輩が少し眉をしかめて俺を見つめた。
「ねぇ・・・夕陽にまで色目使ってる?」
「え!いあ・・・そんなつもりは・・・・・いや・・・でも俺無意識で色目使ってんのかな・・・」
自問自答していると、二人は少し呆れた様子を見せて、静かに教室を後にした。
すると入れ違いで同じゼミの女子生徒が声をかけてきた。
「ね、理人、今日空いてる?」
「え?なんで?」
「ユキがさ、理人も誘ってほしいって。」
「あ?どこに?」
「カラオケとか食事とかかな。」
「かなって・・・それはどういうつもりで誘ってんの?人数合わせ?」
「いやぁ・・・わかんじゃん。てか気付いてないの?狙われてるの」
「・・・・」
少しあたりを見渡して、彼女が元居たであろう集団の方へ目を向けると、普段ユキと呼ばれている中村さんが見えた。
彼女も同じゼミでそこそこ話す方で、何故か頻繁に連絡が来ると思っていたけど、狙われてるとか思うわけがない。
そもそも女の子に意識が向かないし、興味がないから。
「ん~・・・・じゃあ・・・申し訳ないけどお断りしといて。」
「え、なんで?タイプじゃない?」
「・・・・・・ん~・・・」
その時頭の中で、果たして4年間というこれからの大学生活の中、早めにゲイだとカミングアウトしてしまうのは、いかがなもんなんだろうかと思った。
そういうのを嫌う人は距離を置くだろう。
けど別に何とも思わない人は普通だろうし、同じくって人は仲良くしてくれるようになるかもしれない。
けど日本人がそこまでまだ、理解や行動力があるとは思ってない。
というかそんなことは期待していないし、周りの人に理解は求めてない。
けど適当な言い分で取り繕っても、いずれボロが出ることはもう経験済みだ。
だったらもうどう思われてもいい。
「俺ゲイなんだよ。だから女性は興味ない。」
そう言いながら立ち上がり、鞄に手をかけると、ポカンとした友人の顔が目に入る。
「・・・なに?」
「・・・いや・・・あ~・・・そっかぁ・・・。なんか合点がいったわ。腑に落ちた。・・・そっかそっかぁ、そうだったんだ。ありがとね、とりあえず断っとくね。」
納得してくれたようなので、それはそれでよかった。
明日から白い目を向けられて疎外されたとしても、俺はなんら気にしない。
俺が朝野先輩に声をかけただけで、警戒する可愛い柊先輩を拝めたんだ、俺の心は今非常に癒されている。
あの二人のようないい関係になれる人と、俺も絶対出会える。
黎人さんは・・・
俺がそういう相手を渇望しているのを見透かして、本気になれる相手を見つけろと言ってくれた。
大学を後にした俺はバイト先に向かった。
こちらも大学と同じく、そつなく人付き合いをして、特に何でもなく労働するだけだった。
それでも何事にも積極的に行動することを心掛けているので、マッチングアプリなんかも利用している。
けどやっぱり当たり外れはあるもので、今のところなかなかやり取りや、デートが続いたりする人はいない。
ま、こういうのは数打ちゃ当たるってもんだから、めげることなく時々アプリを開いては、どこの誰かわからない人のプロフィールを拝見している。
やり取りが上手くいけば、すんなり近場でのデートに持ち込めるけど、会ったら会ったで最終的にはホテルに誘われるのが常だった。
そりゃ俺だって黎人さんみたいなイケメンならほいほいついて行く。
けど我儘な話かもしれないが、自分が相手に対して、合う合わないがわからない段階で目を付けられて、性欲処理の対象として誘われるのは、何だか乗り気がしないもんだ。
物は試しとという考え方で、経験人数だけは無駄に多い方だけど、価値のある出会いを手に入れられたかというと微妙で。
自分しかいないのだと考えてくれる人はいないので、結局誰かの特別にはなれていなくて、セフレというより、好きな人がほしいのかもしれないと思ってきた。
悶々と考え込みながら、バイト帰りのいつもの住宅街を歩いた。
そしていつも通り過ぎる公園の中、以前利用した自販機が、いやに暗闇の中煌々と光を放っている。
そして何気なしにスマホを取り出して、以前登録した芹沢くんの連絡先を開いた。
じゃりじゃりと自分の足音だけが響く夜道で、時々街灯に照らされながら、少々周りに気を付けつつメッセージの文面を考える。
芹沢くんは男の子にしては小柄だけど、1年生なんだろうか。
俺も高1くらいの時はまだまだ小さかったし、これからどんどん大きくなっていくのかもなぁ。
頭を不用意に撫でた時の、可愛い上目遣いを思い出して、少し口元が緩む。
ああいう可愛くて小柄な男の子を見ると、無理やりに自分の物にしたい欲がある。
大人しそうな性格が更に支配欲を掻き立てるもので、ありきたりでつまらない性癖だとわかりながらも、快楽に溺れていく過程を見てみたいと思ってしまう。
けど俺も馬鹿じゃない。
そうしていい相手なのかどうかは考えるし、ましてや同意なく行為に及んだらそれはもう犯罪。
曲がりなりにも法学部の学生であるし、どこから法に触れる問題かというのは理解してる。
文面を考えようとしていたスマホの画面が暗く落ちて、俺はそのままポケットにしまった。
俺は頭のいい人が好きだ。
全て理解した上で掌で踊らされたい。
俺としてはやっぱり一番気になるのは柊先輩だ。
人間的に脆い部分を抱えていそうで、それでいて相手をしっかり見抜ける思慮深さも感じる。
品があって受け答えが丁寧なのは育ちの良さだろうし、主席入学したという話が、本人の勉学に対するひた向きさも窺える。
平たく表現すると、少しミステリアスで陰のある美青年・・・ってとこだ。
もちろんそういうタイプの人であれば、ルックスの良し悪しは特に気にしないし、可もなく不可もない見た目の人とも、そういう関係になった事はある。
結局のところ、夢中になれる程の中身を持っている人なのかどうかだ。
これからの人付き合いは、慎重にいくか・・・
今一度そう思い立って、マンションにもう少しで到着するという手前のコンビニの方から、あ・・・と落とすような声がして視線を返した。
「理人さん、こんばんは。」
「んお~!芹沢くん、偶然。・・・こんな遅くに~なんか買い物?」
「はい、ちょっと小腹が空いちゃって・・・」
「そっかそっか。近所にコンビニあるのって誘惑だよな~。せっかくだから一緒に帰ろ。」
頷き返す彼と並んで歩きだして、俺はこの際だからと気になっていることは全部聞いてみることにした。
「あのさ」
「はい」
「芹沢くんって何年生?」
「高1です。駅からちょっと行ったところの、西高に通ってます。」
「そっか。俺はT大の法学部で1回生。」
すると芹沢くんは目を見張って言葉を失った。
「どうした?」
「あ・・・いえ、T大なんてすごいなぁと思って・・・」
「あ~まぁ~・・・・そうだなぁ・・・ま、狭き門ではあるかもね。・・・芹沢くんはまだ進学とか進路は決めてない感じ?」
「そうですね・・・すぐ働きたい気持ちもありますけど・・・お母さんは、結局大学出た方が就職も有利だし、もらえる額も違うから行った方がいいよとは言ってくれてます。」
「なるほどねぇ、まぁそうだよなぁ。」
「・・・理人さんは・・・将来どういう職業に就くんですか?」
「あ~・・・・さぁ・・・どうだろうなぁ・・・正直何でもいいんだよね」
「何でも・・・?」
「うん。たまたま勉強出来る方だったからさ、T大でも偏差値高いとこ目指した方がいいかなと思って・・・。だから弁護士とか税理士とか・・・そういうの目指して入学したわけでもないし~・・・。就職に有利なカードを増やしておきたかっただけかな。」
「そうなんですね。」
「・・・俺さぁ母子家庭だからさ、やっぱ男は金稼いでなんぼかなって思ってるとこあって・・・。まぁ別に、母さんは好きな仕事をしてるから、苦だとは思ってないかもしれないけど・・・。」
「・・・うちも・・・母子家庭です。」
マンションの入り口に着いた頃、芹沢くんは小さな声で言った。
「え、そうなんだ!はは・・・そういう偶然がいいのかどうかは別として・・・なんか親近感湧くね。」
芹沢くんはコクリと頷いて視線を落とした。
家庭のことは突っ込んで聞けない。事情は人それぞれだし、話しにくいこともあるだろう。
あまり年下扱いするような発言もよろしくないかもなぁ・・・多感な年ごろだろうし、子ども扱いが不快な子もいる。
ま、実際年齢差は3つしかないわけだし、俺もまだ子供みたいなもんだ。
するってーと・・・この次に適切な質問は~・・・
そんなことを頭の中で瞬時に考えて切り出した。
「芹沢くんって休日は何してんの?バイトとか行ってる?」
「・・・いえ、今のところは・・・。母も学業優先しなさいって言ってるので。」
「ふぅん・・・。」
「・・・休みの日は・・・たまに友達と会ったりしますけど・・・最近はほとんど家にいるかもです。」
「そうなんだ。俺は入れるとこはほぼバイトにしちゃうなぁ・・・。もちろん課題ちゃんとやってるし、講義休んだりしないようにしてるけどね。」
「そうですか・・・。あの・・・やっぱり大学受験って・・・かなり勉強しました?」
「ん~・・・まぁ・・・俺は塾行く金が惜しいから、結構1日に勉強する時間長くとってたかもなぁ。今は便利な時代だからさ、動画サイトとかでわかりやすく解説してくれてるの観れたりするし、効率良い自分に合った勉強法とかも、色々調べて試してたんだよね。」
「なるほど・・・。」
芹沢くんは感心したように頷いて、どうやらこれから自分の将来がかかる受験を、今から心配している様子だった。