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本気になれない理人くん  作者: 理春


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第40話

それからまたひと月程が経った。

もうすぐ梅雨入りかと、天気予報士が淡々と画面の中で話していた。

行儀悪く朝食のパンをもぐもぐしながら、足を組んでソファに腰かけていると、慌ただしく支度をする母が言った。


「理人、そういえばいつだったか・・・レイスさんが表紙の雑誌、気にしてたでしょ?」


「・・・・え?・・・あ~うん。」


「結局ね、あの後順調に発売される予定が変わって、撮り直しになって、つい最近本誌が出たのよ。」


「・・・え、そうなん。」


「ええ、というのもね・・・本人があの後アポなしでうちの事務所に来てね・・・編集長が応対したら、頭を下げられて『申し訳ないけど、撮り直しさせていただけませんでしょうか。』って。」


「・・・・へぇ・・・」


黎人さんは何でまたそんなことを・・・


「私も撮影に同行してた一人だったから、一緒に話を聞いて改めて打ち合わせしたんだけど。どうしてか理由を尋ねたら、心境の変化があったから、今の自分をもう一度撮ってほしい。以前の自分はもう偽物だから・・・っておっしゃって・・・。」


「偽物・・・」


何となく黎人さんらしい理屈にも思える。


「見本誌なら事務所にあるけど、持って帰ってこようか?」


腕時計をはめて鞄を持つ母は、俺がよっぽど黎人さんのファンだと思ってるのか、少しニヤニヤしてる。


「・・・ん~~いやぁいいわ。ちゃんと今日帰りに本屋で買ってくる。」


「あら・・・レイスさんの人気を甘く見てるんじゃない?もう重版がかかってるのよ?」


「え!・・・マジか。・・・いやぁでも・・・何か見本誌特別にもらうのはさ~ずるじゃん。」


「ふ・・・頑固な子ね。誰に似たのかしらね。」


「母さんじゃね?」


「あっそ。」


スマートな背中を見せて出かける母を横目に、また目の前のニュースに意識を戻した。


『続いてのニュースです。先日フランス、パリで行われた、世界的華道家、時田桜花さんの展覧会にて、思わぬ事実が話題を呼んでいます。』


「・・・あ?」


画面にはパリの大きな芸術的形をした建物と、有名らしいフランスの画家とコラボして開かれた展覧会についての情報と、時田桜花本人のインタビューが流れた。


『今回の展覧会で、こちらが一番の目玉とも言える作品ですが、時田さんはどんな思いを込められたんでしょうか。』


『はい・・・私自身、人間は常に倫理観を試されて生きているものだと思っています。大きな事件が巻き起こった時など、皆意気揚々と自分の価値観や倫理観を提唱したがりますが、大切なのは法律などの正しさだけではなく、人が人として、自分の意見に責任を持ち、誰かを傷つけてはいないかと、己が身を振り返ることだと思います。そういう意味を大いに込めて制作しました。』


「・・・・」


『なるほど・・・。それで作品のタイトルが「理と人」なんですねぇ。』


「!!!ゲホッ!!!うぇっほ!・・・ゲホ・・・・うへ・・・やっべ・・・!コーヒーこぼした!」


慌ててテーブルの上の布巾を持ってまたテレビの前に戻ると、あろうことか勝手に人の名前を作品につけやがった画面の中の野郎は続けた。


『ええ。その狭間にある人の倫理観に目を向けてほしく・・・。特に今の若者たちへのメッセージとしても発信したく思いました。・・・実は私にも、成人する年頃の息子がいまして・・・』


「はぁあ!!?こいつ正気かよ!!!」


その後インタビューが終わりニューススタジオに切り替わると、キャスターは微笑ましそうな笑顔を浮かべて言った。


『ご覧いただいた通りですね、公表はされていなかったそうですが、時田さんはお子さんがいるらしく、言及されたのが初めてだったこともあり、少しファンの間では話題に出すことが意外だったと・・・』

『そうですねぇ、既婚者だという情報はあったみたいですけどね。時田さんハンサムで、女性ファンが多いのも理由かもしれないですね。』

『そうですねぇ。・・・続いてのニュースです。』


「・・・・続いてのニュースですじゃねぇよ・・・・」


何を考えてんだ、クソ野郎が・・・


シミになった自分の服とソファを拭いて、痕が落ちそうにないし絶望した。

服を脱いで洗濯機に放り込んで一息ついても、どうにも頭の中がパニックだった。


「え、キモイな・・・・。自分からサラっと暴露して・・・特に追究されねぇし・・・まぁされねぇだろうけど・・・え・・・ダル・・・え・・・うっざ・・・」


沸々と湧きあがる感情が、何なのかもわかりゃしないし、俺が怒りを覚える道理もないのかもしれないけど腹が立つ。


自分でも冷静ではないとわかっていたけど、リビングに戻って乱暴にスマホを掴み、灯くんに着信を入れた。

すると唐突な電話だったにもかかわらず、さして待つこともなく彼は出てくれた。


「もしもし?」

「・・・灯くん・・・・」


俺の何かを察したのか、灯くんは声色を変えた。


「どうした?」

「マジでさぁ・・・・マジでなんかイライラしてさぁ・・・俺がイライラすんのもおかしいのかもしんないけどさぁ・・・」

「うん」

「今ニュースで時田桜花がインタビューされてんの出てさぁ・・・・」

「・・・時田桜花って・・・・えっと・・・華道家の人だっけ・・・?」


あれ、この口ぶり・・・灯くん知らないのか・・・


「ふぅ・・・・・」

「・・・・」


灯くんの声を聴いて冷静さを取り戻した俺は、まず一度考えた。


時田桜花が俺の父親だって知ってるのって、母さんと後誰だ?

伯母さんと伯父さん知ってんのかな。知ってたとしても、灯くんとか梨花ちゃんに話したりしないか・・・。


「理人?大丈夫?」

「え!ああ・・・うん・・・えっと・・・・」


つってももう灯くんに時田桜花がって言っちゃった・・・

上手い理由を探してはぐらかさなきゃならない。

吐き出したかったけど・・・いや・・・ん~


「ね、灯くん・・・」

「ん?」

「あの・・・・今から俺が話すことさ、伯母さんとか・・・他の人に言わないでもらえる?」

「・・・うん、わかった。」

「・・・いやぁ・・・その・・・結構昔に母さんから聞いたんだけど、大学時代に時田さんとお付き合いしてて、子供が出来たけど結婚するつもりがお互いなかったから、そのまま別れたらしいんだよ。」

「・・・・・・・・・・・・え・・・・・」

「・・・・つまりその・・・俺の・・・父親で・・・・」

「・・・・そ・・・・そうなんだ・・・・」

「うん・・・・で・・・でね?さっきニュースでやってて、パリであった展覧会のインタビューとか何とかでさ、作品の名前を、『理と人』っていうタイトルにしてんの!」

「・・・・・・・あぁ・・・」

「んでさ!!あろうことか!公言してなかったくせに、息子がいる、とかその流れで話してやがんの!!」

「・・・・えぇ・・・・」

「いや・・・こっちはお前の事父親と思ってねぇけど!?ってなんじゃん!」

「・・・・そうだね・・・・」

「母さんに当時どういう状況だったとか詳細聞いてないけど、結婚せず責任取らなかったってことはさ!俺と母さんのこと捨てたってことでしょ!?」

「・・・・・・・」


そこまで言ってやっと我に返った。

まるでそいつ相手に息巻いて罵ってるみたいだった。


「と・・・ごめん・・・・取り乱した・・・」

「・・・・・・・ううん」

「・・・・」


やっべ・・・・灯くんの様子がおかしい・・・

電話口で表情がわかんないことが怖い。


「灯くん・・・・・・・・忘れてね、今言ったこと・・・・ごめんね・・・何か捌け口にして・・・」

「・・・・しょうがないよ、だって叔母さんにそんなこと言えないもんね。」

「・・・・ん・・・。」


やべ、どうしよ・・・どうやって電話終わらそう・・・・


見切り発車でしかない自分の愚行が、子供っぽくて仕方ない。

手をこまねいていると、耳元から聞いたこともない灯くんの声がした。


「最低なクソ野郎だな・・・」

「・・・・・・・・あえ?」


灯くんの声と思えない低音ボイスが、自分の声とそっくりだった。


「ん~~~・・・理人、どうする?何か策を講じようか?」

「へぇ?何がぁ?」

「そういう勘違い野郎はわからせてやらないとダメだよ。あれでしょ?時田桜花ってわりと女性ファンも多い華道家で、ニュースに上がる度にネットでも結構チヤホヤされてるよね。鼻につくなぁって前から思ってたけど。理人の名前を勝手に使うような作品作った挙句、勝手に父親面されたんじゃ腹も立つよね。理人が直接何か仕返ししたくないなら、俺がいかようにでもしてあげるよ。」

「い・・・・い・・・・如何様とは・・・いかに・・・?」

「ん~例えばだけど、俺が女装でもしてハニトラ仕掛けて二人っきりになれたら、二度と理人や叔母さんの話をするなって脅すとか?」

「・・・え、灯くんの女装とか見てぇ・・・」

「ふふ・・・引っかかるのそこじゃないでしょ。」

「え~・・・やぁ・・・・いいよ・・・・。ぶちまけたら結構スッキリしたし・・・とりあえずさっきのニュース母さんが観てなくて心底よかったし・・・」

「・・・・そうだね・・・。話してくれてありがとね。」

「うん・・・ふぅ・・・。いや~~ホント朝っぱらからごめんね!てか仕事中だったでしょ?」

「や、始めようかなってパソコン起動したとこだった。」

「あ~ごめん・・・。えと・・・俺も大学あるから・・・そろそろ切るね。」

「うん、気を付けていってらっしゃい。」

「えへぇ・・・ありがと。じゃね~~~」

「じゃあね。」


そっと画面の通話終了ボタンを押して、今一度我に返る。


「あ~~~~・・・」


この上なく自分が恥ずかしいことをした気がして遣る瀬無い。

俺に父親はいない。

そう思って生きて来たし、これからもそうだ。



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