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第4話

黎人さんの後を追ってそっと顔を覗かせると、そこはまた広々した落ち着いた寝室だった。

ダブルベッド以上に大きさを感じる真っ白なベッドと、夜景が一望できるバルコニー。

壁掛けの大きなテレビに、サイドボードには黒いコンポがある。

絵画や高級そうな花瓶が飾られている先には、恐らくバスルームがあると思われる。


「・・・はぁ~・・・部屋に置いてるものって黎人さんの趣味ですか?」


「・・・いや?親父の趣味だな。理人、シャワー入れば。」


「へ?あ、は~い。」


ドカっとベッドに腰かけた黎人さんは、気だるそうにスマホに視線を落としたままそう言った。


一般人にはよくわからん高級なバスルームに戸惑ったけど、何とかシャワーを浴びて隅々まで体を綺麗にした。

何となく予想はしていたけど、どこもかしこも新品同様で、生活感ゼロだ。


体を拭いて戻り、依然としてスマホを眺めている彼に声をかけた。


「・・・黎人さんって普段どこに住んでんの?」


すると彼はチラっと上目遣いで俺を一瞥して、ナイトテーブルにスマホを置いたかと思うと、誘うように手招きした。

ベッドに乗るようににじり寄ると、ぐいっと首を掴まれてキスされた。

相性を確かめるように重ねてからゆっくり離れると、黎人さんは何食わぬ顔で続けた。


「うろうろしてるから拠点っぽいとこはねぇな。いわゆるここは別宅だ。」


「うえ~凡人にはわかんねぇ世界だ。・・・あれ、黎人さんカラコンかと思ってたけど、もしかして地でその色?」


「・・・ああ。日本人じゃねぇしな。」


「そうなんだ!俺は純日本人だよ♪」


「ふ・・・見りゃわかるわ。」


「黎人さんは何で俺のしょうもない誘いに乗ってくれたの?俺のどこが良かった?」


黎人さんはふっと影を落とすように目を伏せて、適当に結んでまとめていた俺の後ろ髪をそっと解いた。


「単純に顔。」


「ははは!」


彼が何となく適当なことを言ってるのはわかるけど、会話はそれきりに、後は溺れるようにお互いの体を貪った。

思ってた通りというか、男女どちらに対しても遊び慣れてるんだろう、黎人さんはセックスも上手くて、久しぶりに後半の記憶が無くなる程の扱いを受けた。


事が終わって朝になった頃、目をショボショボさせて半身を起こすと、黎人さんは小さな引き出しからまたジッポを取り出して、心地いい音を立てて火をつけた。


「・・・ふぅーーー・・・・。理人・・・」


「んあ・・・?」


寝ぼけている俺に、黎人さんはまた一つキスをして、伸びて肩までついている俺の髪の毛に指を通した。

首から下の体も綺麗で、薄っすら割れた腹筋もカッコイイし、こんなイケメンに抱かれるとかとんだラッキーだぜ!と心の中で改めて思う。


「俺もう昼前には出るからな。適当にあるもん食ったら帰れよ?」


そう言いながら髪の毛をかき上げる彼は、またスマホを気にしつつベッドから足を出した。

燻らせている煙の臭いが、この人とのワンナイトの思い出になるなぁと思って、ちょっと切なくなる。

出来れば関係を続けたいと思うほどだったけど、選ぶのは俺ではないので、何も要求を口にしなかった。

俺が黎人さんが家を出る頃に一緒に帰ると言うと、だったら駅まで送ってやると簡潔に述べて、クラブでニコニコ楽しそうに笑みを浮かべていた彼とは違い、プライベートな様子に、気兼ねなく接してくれてるならそれでいいかと捉えた。

そう思っていると、帰りの車内で黎人さんは俺を見透かしたかのように言った。


「考えてること当ててやろうか」


「・・・え~?なに~?」


ハンドルを微妙に動かす綺麗で大きな手が、昨夜自分をめちゃくちゃにしてたセクシーな手だと思うと、ムラムラしてくる自分がいる。


「感想聞きてぇって思ってんだろ?」


ゴクリと生唾を飲んで、服の下の彼の肢体を想像する前に、窓の外に視線を向けた。


「・・・そうかも?」


「お前あれだな。賢いから相手に合わせるの得意なんだな。」


「・・・あ~・・・まぁそつなく人間関係築けるからそうだと思う。」


「・・・また日本に帰ってくることあったら連絡してやるから、お前のスマホ貸せ。」


赤信号で止まると、黎人さんは俺からスマホを受け取って、連絡先のツールに自分の番号を打ち込んだ。


「ん・・・今かけろ。」


言われるがままにそれにかけると、また前を向いてハンドルを持つ彼のポケットから着信音がした。


「番号合ってたわ・・・。何台か持ってるからな・・・。理人、俺のスマホ開いて番号登録して、お前の名前入れといて。」


「は~~い。」


「・・・何ニヤニヤしてんだよ」


チラっと俺に視線を送った彼は、釣られたように笑みを漏らす。


「え~?感想って次に会いたいと思うくらい良かった、ってことかなぁと思って。」


「・・・ポジティブなのはいいことだな。」


「え~~?違う~?」


おどけて聞き返すと、達観したような大人の微笑みが返ってきて、ぐっと胸が掴まれる。


「黎人さんさ~~~・・・さらっと惚れさせて、ヤリ捨てするタイプでしょ~」


「まぁな。」


「うあ~~・・・いい男過ぎんだろ~。」


「理人は賢いから何か言わなくても色々わかるだろうな。・・・頑張って本気になれる相手見つけろよ。」


それが黎人さんと交わした、その日最後の会話らしい会話だった。

すぐに海外に発つと言う彼は、その後もきっと仕事で忙しい日々を送るんだろう。

大学生のガキ相手にしてる暇は、一晩しかなかったわけだ。


ま・・・遊びってこういうことだしなぁ・・・


絡み合ってた数時間が、一番弄ばれて、一番心地いい時間なのはわかってたのに

後にも先にもこんないい男が自分を抱いてくれることはないだろうと思いながら、黎人さんを引き留める気にはなれなかった。

それが彼の言う、賢いところなのかもしれない。


俺が大した存在でないからワンナイトだろうなぁと思ったけど、連絡先交換させんのはずりぃなぁ・・・。


そんなことを帰路に就きながら、いつかのように住宅街をトボトボ歩いていた。

するとふと横断歩道の赤信号で立ち止まった時、何となく既視感ある後ろ姿を発見した。


あれ・・・?


自信がなかったのでそのまま人並みに紛れて帰り道を進むと、やっぱりその後ろ姿は俺と同じマンションの入り口を抜けた。

声をかけようとして、そういえば名前聞こうと思ってたんだった!と思い出し、駆け寄って肩を叩いた。

パッと俺を見上げた彼は、以前と違って緊張の色を見せずに微笑んだ。


「こんにちは。」


「ふふ、ぐ~ぜ~ん♪学校帰り?」


「はい、テスト期間なので早くて。」


「なるほどね。」


「・・・あ、すみません、俺以前お名前聞くの忘れてまして・・・」


気を遣って少年から尋ねられて、何だか本当に年齢以上にしっかりした子だなぁと思った。


「俺も次会った時聞こうと思ってたんだ。武井 理人。理人でいいよ。」


「・・・理人さん・・・。芹沢です、よろしくお願いします。」


「芹沢くんね、オッケ覚えたぁ。」


俺が微笑み返すと、待っていたマンションのエレベーターが開いて、乗り込むのを譲ろうとする彼の肩に手を置いて、ずいずいと先に乗せてあげた。


「芹沢くんなんか・・・年の割にすっげぇしっかりしてるよなぁ・・・。」


「・・・そうですか?」


「うん、丁寧っていうか・・・礼儀正しいというか。」


「いえ・・・全然・・・」


この子は控え目な性格が本質なんだろうか。

これで実は、恋人になった相手にはドSとかだったら最高に萌えるんだけどな・・・

そんなふしだらなギャップを妄想していると、あっという間に芹沢くんが住む階層に到着した。


「失礼します。」


「・・ああ!待って。」


「へ?」


慌てて閉まりそうになる扉に手をかけて一緒に降りた。


「いや、せっかくだからさ、お友達になりたいし連絡先聞きたいなぁって。」


彼は一瞬呆気に取られてから、ポケットを探ってスマホを取り出した。


「ありがとうございます、じゃあ・・・」


素直そうな彼に、いきなり『ゲイなんだけど口説いていい?』なんて、黎人さんと同じように聞くのは気が引ける。

かと言って後々仲良くなってからカミングアウトして、距離を置かれてもそれはそれでなんか嫌だ。

可愛い男の子とは仲良くなりたいし、それは俺にとって恋愛対象としてだし、紛れもない下心だ。


「ねぇねぇ」


「はい?」


「・・・芹沢くん今口説かれてるの気付いてる?」


いつのも調子で笑顔を作って言うと、彼はキョロキョロと視線を巡らせてから、訳が分からない様子でまた俺を見た。


「・・・ん~とね・・・俺は男の子が好きなんだよ。女の子を好きになった事は今のところなくてさ。そういう友達は、芹沢くん的に無理?」


なるべく分かりやすく、気持ち悪くならないようにそう伝えると、芹沢くんは口をぎゅっと噤んで、少し頬を赤く染めた。


「え・・・あ・・・いえ・・・・無理とかそんな・・・全然・・・」


「ホント?別に年上だからって気ぃ遣わなくてもいいからね?」


「いえ・・・・・。あの・・・俺・・・前に好きだった人、男性なので・・・。」


「え、そうなんだ。・・・前好きだった人・・・」


「・・・フラれたので・・・」


「あ~~~・・・・え~~?そうなの~?こんな可愛いのに~?」


そっと頭を撫でると、思いのほか可愛い上目遣いが返ってきて、ぐさ!っと一本心臓に矢が刺さった気がした。

何も言えなくなってる彼に、少し申し訳なくなって手を離し、改めてエレベーターのボタンを押した。


「芹沢くんと友達になりたいっていう、純粋な気持ちはホントだからね。全部が下心なわけじゃないから。」


「はい・・・」


「また連絡するねぇ」


ヒラヒラ手を振りながら扉を閉じると、小さな細い手で振り返してくれた。


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