第39話
自分の気持ちと訣別するように、灯くんに「愛してる」を言い渡したその日
しばらく他愛ない話をしあった。
しょうもない話もしたし、お互いの恋愛観だったり、灯くんの仕事の話だったり
気付けば夜も更けこんで、日が変わりそうになっていた頃、灯くんはスッと立ち上がった。
「理人、もう遅いし途中まで送っていくから・・・」
「え・・・いやいいよ。一人で帰るよ。」
「えぇ・・・でも・・・」
「俺より灯くんの方が独り歩きダメ~。」
「なんで?」
「え~?わかるでしょ。」
灯くんは過去に男に付きまとわれたことが、1度や2度じゃない。
ストーカー被害を受けたこともあれば、無理矢理車に連れ込まれそうになったこともあると言っていた。
「閑静な住宅街でタチの悪い輩がうろついてるとは思わないけどさ、あったかくなってきたし、調子こいた若者に声かけられたりしちゃうぞ~。」
立ち上がってスマホをポケットに入れながら言うと、俺より少し背の低い灯くんは、またじっと可愛い上目遣いで見つめ返した。
「ふふ・・・・」
「・・・なに~~~?」
口元を持ち上げてくつくつ笑う灯くんが、心底可愛くて抱きしめたくてキスしたくて押し倒したくてたまらない。
ついこないだまでは、おうちで勉強会した芹沢くんが尊くて可愛くて愛おしくてたまらなかったのに。
「まぁじゃあ・・・そう言うなら見送るのは玄関までにしようかな。」
そう言って廊下に歩いていく灯くんの背中を追った。
玄関でもう、俺の匂いを確かめるためのコートは着てきてない。
靴を履いて振り返ると、灯くんは見上げて、何も言わない俺を不思議そうに見つめる。
「なに?忘れ物?」
「・・・・・ん~・・・・」
名残惜しくて、もう今度いつ連絡をくれるのかもわからなくて、いつ会えるのかもわからない。
けど、灯くんの心を乱すようなことは言いたくないし、泣かせたくない。
灯くんのお相手に、俺は成れないんだから、諦めなきゃいけない。
好きな人の側から、離れなきゃいけない。
そう思うと、何だかわがままを言いたくなるような甘えた気持ちがこみあげてくる。
「どうしたの、理人。」
優しいお兄ちゃんな口調が、俺の甘えた気持ちを加速させる。
「やだわぁ・・・・」
「ん?」
「俺一生灯くんと対等な立場で話せない気がすんもん~。」
「え?そう?」
「ん~~。だって灯くんの態度が甘えさせんの上手だしさ~~~」
グダを巻いて、足元を見つめて、体の重心を左右させながら、離れたくない気持ちは何も言い表せない。
好きを貫けやしない。一緒になろうなんて言えない。
「・・・はぁ・・・ごめん・・・」
諦めてポケットに手を突っ込んで顔を上げると、灯くんはまた優しく微笑んでくれる。
「今度はうちでタコパでもしよっか。」
「・・・え・・・うん。」
「たこ焼き嫌い?」
「ううん。」
「・・・・今更・・・」
灯くんは少し視線を泳がせて、スッと俺の片手を取った。
「今更自分の気持ちに気付いて、本気で好きだなんて・・・ズルいねホント・・・」
その言葉に何故か、心臓がドクンと音を立てた。
灯くんはそう呟いただけで、特に悲しそうにしてるでもないし、泣いてるわけでもない。
けどただ、少し手が震えてるのだけ感じた。
「いくらでも次の約束をしてあげるから、安心して帰っていいよ理人。」
「・・・・・うん。」
少し潤んだ瞳が、俺のために言葉を選ぶ優しさが、灯くんの心根が、染み渡るように行き渡って、全部
好きで
好きで
好きで
何も言えない。
彼の複雑な表情を推し量ることは出来なくて、そのまま静かにドアを開けて、軽く手を振ってバタンと閉じた。
息をついても、歩き出すことが出来なくて、鍵がかかる音がしないドアの前で、冷たいマンションの廊下で、突っ立っていた。
すると、かすかに声が聞こえた気がして、振り返ってドアを見つめると、そこからすすり泣く灯くんの嗚咽と、苦しそうな声が漏れ聞こえた。
「・・・・・」
簡素なドアにそっと手をついて、何か声をかけようと開いた口は、気の利いた言葉なんて出ない。
大したことない隔たりの先で、今まで聞いたこともない、子供のような声がした。
『・・・グス・・・理人ぉ・・・・行かないでぇ・・・・・・・いがないでよぉ・・・』
途端に目の前が歪んで、涙がボロボロこぼれた。
音もなく溢れては落ちて、ゴクリと鳴らす喉元は痛くて、嗚咽が漏れそうになった。
『何もいらない・・・・・理人以外・・・・何も・・・・』
思わずドアノブに手が伸びそうになって引っ込めた。
戻っちゃいけない気がした。
そっとドアに触れて、静かに息を整えることしか出来ない。
ポタポタ足元に落ちてく涙が、ぐちゃぐちゃな気持ちが、もうわけわかんなくて、心底自分を恨んだ。
何でいとこ同士で産まれたんだろう。
何で俺はいつまでもそれを言い訳にしてきたんだろう。
何で貫く勇気を、持てないんだろう。
母さんは気持ちを貫いて生きていいと言ったけど
俺はそんな覚悟持てない。
お互いだけの気持ちを、身内に解ってほしいと訴えられない。
そんな理不尽を強要出来ない。
声が漏れないようにひたすら堪え、踵を返してその場を後にした。
・・・俺が大人だったら何か違ったかな
お互い年を取ったおじさんだったら変わったかな
許されるとしたらどんな状況なんだろう・・・
真っ暗で肌寒い外の空気を、ひたすら吸い込んでは吐き出して、灯くんの泣き顔を思い出しては涙が溢れた。
ただただ足を進めて自宅を目指しながら、無意味にあれこれ考えて
そしてふと、灯くんの幸せそうな笑顔を思い出そうとした。
灯くんは、俺と居て幸せだっただろうか。
これからも、元気にしてる?って
メッセージを送り合えるのかな
次の約束をするたびに、灯くんは傷ついたりしないかな。切なくならないかな。
時間が解決してくれるっていう言い回しがあるけど、そうだとしたらそれは
時間をかけないと忘れられないし、切り替えられないってことで
傷が塞がるまでの苦しい時間を、俺は一緒に生きてあげられない。
愛してるのに、それが一番傷つける言葉にしかならない。
これから俺たちは・・・
例えば来年のお正月に顔を合わせたとして、その時は普通に何でもなかったみたいに振舞えるのかな。
何だかんだ会ってなかったね~つって
また遊び行こうよ、とかいって・・・
「あ~~~・・・・ダメだな・・・」
家に着いて自室のベッドに寝転がる。
母さんはもう寝たっぽい。
今後いつ会ったとしても、楽しいとか好きだなぁとか、一緒に居たいなぁって思うに決まってる。
居心地良いに決まってる。
だって小さい頃からそうだった。刷り込まれた感覚と、愛情がある。
恋に発展してたことに気付かなくて、とっくに綺麗に咲き切った灯くんへの花は
世話なんてせずに放置してても、やっぱりずっとふと見れば綺麗に咲いてた。
灯くんはいつでも、目を向けると優しく招いて、微笑んでくれた。
でも隣は俺じゃない。
布団を頭からかぶった。
もう何も考えるべきじゃないと思って、眠りについた。




