第38話
あれからひと月が経った。
ゴールデンウィークが過ぎて、外はスッカリ暖かい日が増えた。
灯くんとは時々メッセージを交わしながらも、会う機会はない。
特に気まずいとかそういうわけじゃない。
俺も灯くんも何でもなかったみたいに振舞うのは得意だし、今までだってそうしてきた。
何も始まってない、と
灯くんは言ってたけど
ずっと俺を避けて閉じこもっていた灯くんと再会したあの時、手を出して恋人ごっこを始めてしまったのは、紛れもなく俺だった。
いつだって理性的に、健全であろうと、踏みとどまろうとしてくれていた灯くんの、枷を外して振り回したのは俺。
だから彼は無理矢理気持ちを伝えて、断りの言葉を吐かせた。
本音を漏らせば、終わらせるんだと苦しくなることを、ボロボロ泣いてしまうとわかっていながら。
二人で見た夜桜と、一緒に歩いた道も、抱きしめた感触も、キスも・・・
何もかも突き刺さってずっと痛い。
けど灯くんが望むように、普通の親戚同士になるには、この痛みを後悔に変えずに終えなきゃならない。
どうしたらいいかわからない俺は、灯くんと会ったその翌日、芹沢くんに連絡を入れようかな、と思っていた。
早計なのをわかっていて告白して振られてしまえば、甘えや愛情を向ける場所を失って、灯くんと同じくらい苦しめるんじゃないかと思ったから。
けど結局出来なかった。
スマホを持ってベッドに座ったまま、送信ボタンを押せなかった。
俺はとことん自分に甘くて、自分が一番可愛くて、良かった関係だけを、この先思い出しつつ、大人になろうとしてる。
つくづく自分に呆れてるし、情けないし、自己嫌悪に陥っていた。
何もかも中途半端な気持ちが宙ぶらりんで・・・罰を受けたくてたまらなかった。
そんな気持ちを抱えて過ごしていたもんだから、当然母さんは変化に気付いて心配していた。
何とかはぐらかしたり、心配かける程の事は起きてないと、安心させる言葉は並べたけど、それでも俺が気落ちしていると、内心気にかけているだろう。
恋人作るなんてこたぁ・・・俺には早いのかもなぁ・・・
カーテンの向こうからの月明かりで薄暗く、寝るには少々早い時間にベッドに入っていた。
何も正解がわからない。
芹沢くんを好きだと思ってる自分すら、消してしまいたい。
俺は誰かを本気で好きになってないから、どうしてあげればいいかわからなかったんだ。
けど少なくとも、死にたいと思う程想ってくれていた人を、深く傷つけたことだけはわかる。
それがよりにもよって、大事な大事な灯くんだ。
また一人部屋の中でため息をついて、何もない天井をボーっと見つめていた。
すると徐に枕元に置いていたスマホが、通知音をたてて光る。
寝返りを打って、無造作に画面を開くと、灯くんからだった。
頭が目の前に集中するように切り替わって、メッセージに目を通した。
そこには短く『今大丈夫?』と書かれていた。
すぐさま返信すると、今度は通話の画面に切り替わって、さっと耳元に持って行く。
「もしもし」
「あ、理人、急にごめんね。」
「ん~ん。だいじょぶだよ。」
「・・・何してた?」
「・・・普通にベッドでゴロゴロしてたよ。」
「そっか・・・。」
「うん・・・どうかした?」
部屋にいるトーンで普通に会話していたつもりだけど、何となく気を遣われているような雰囲気を感じた。
「んとね・・・」
「うん・・・」
「出来ればでいいんだけど、会って話したいんだ。」
「・・・え・・・・今から?」
「もう時間的に遅いから、後日でいいよ。」
「・・・・・・・」
何の用なのか見当もつかなくて、少し嫌な予感に似たモヤモヤを感じる。
「ん~・・・いいよ、今から行くよ。」
「え・・・でも・・・」
「もうバイト終わって帰ってきただけだしさ、まだ21時だし・・・」
「でも叔母さんは?」
「いるよ~?今日は早かったから・・・。だいじょぶ、別に灯くんとこ行く~だったら心配されないだろうしさ。」
「・・・ん~・・・まぁ・・・許可をもらえるならいいけど。無理しないでね。」
「ん。じゃあ一旦切るね。」
そのまま淡々と起き上がって、部屋着を脱いで着替えて、リビングで寛いでいる母の元へ向かった。
「母さ~ん」
「なに?」
「ちょっと灯くんち行ってくる。」
「・・・あら・・・どうしたの?」
「え~?どうってことはないけどさ、なんか話したいことあるっぽいからさ、何だろうと思って。」
「そうなの・・・。いいわよ、気を付けてね。」
「はぁ~い。」
あっさり了承を得て、財布とスマホをポケットに押し込んで家を出た。
頭の中は何も考えてなくて、ただ体だけが少し逸る気持ちで足を動かしていた。
歩いて20分程かかる距離を、特に遠いとも感じずに進んだ。
会えると思うと嬉しいけど、何を話されるのか知れないから、一抹の不安もある。
けど何でもいい。顔を見て話せるならそれで。
「いらっしゃい、ごめんね急に。」
マンションに着いて、ドアを開けてくれた彼を見て、無意識に顔が綻ぶ。
「ん・・・いいよ~。」
灯くんは特に目立って変わった様子はなくて、いつも通り清潔感ある格好で、殺風景ともとれるシンプルなリビングに招き入れてくれた。
いつものように目の前のローテーブルにお茶を出してくれて、隣に座る彼と一緒に一口飲んだ。
「・・・で~?どしたの?」
俺が急かすように切り出すと、灯くんはそっとコップを置きつつ、ポリポリ頭をかいた。
「・・・どうってことじゃないんだけどさ・・・その・・・」
「うん」
「・・・・」
灯くんは途端に神妙な顔つきになって目を伏せた。
何か言葉を選んでる風に見えた。
言いづらい内容なのか、しばし沈黙が流れる。
俺はただただ彼の言葉を待った。皆目見当もつかないから。
「叔母さんがさ・・・・・・・その・・・理人が落ち込んでて心配なんだけど、何か知らない?って連絡くれたんだよ・・・」
「・・・・・・」
一瞬理解するのに時間がかかったけど、灯くんが言いづらそうにしていた理由がわかった。
「そいつぁ・・・ご心配おかけしました・・・」
母さんとしては信頼を置ける灯くんになら、我が子は何か話してるんじゃなかろうかと、聞いてみたんだろう。
「・・・えと・・・ごめんね、理人・・・」
灯くんが困るのも無理ない。原因が自分だと、母さんに伝えられなかったんだから。
「でも正直その・・・理人はスッカリさっぱり・・・割り切って何でもなく過ごしてくれてるもんだと思ってたんだ・・・。でもごめん・・・俺が気持ちをぶつけちゃったもんだから、理人としては気持ちのいい終わり方ではなかったよね・・・。ましてや親戚なんだから・・・これから何度も顔を合わせるわけだし・・・。」
「・・・・・」
「・・・・」
灯くんはそっとまた視線を返して、俺の心中を探るように見つめていた。
理人 「まるで・・・・・」
「ん?」
自分がどんな表情をしてたかはわからない。
でも今はもう、何かを取り繕って振舞う必要もなかった。
「まるで付き合ってたけど、俺がフラれたみたいじゃん・・・」
「・・・・・」
灯くんは目を白黒させて、返す言葉に困っていた。
「灯くん俺・・・別に謝られる筋合いないしさ・・・。まぁ母さんが心配のあまり連絡したのはしょうがないし、なんかごめん・・・。んでもその・・・別に悪いことしてないしさ。全体的に悪いのは俺で・・・。灯くんはずっと俺に気ぃつかってばっかじゃん」
「・・・そうかな・・・」
「そうだよ~?」
長いまつげと髪の毛が今日もフワフワで、大き目のTシャツの袖から見える腕が細くて、白く透き通った肌がよくわかるほっそい首元と、俺しか知らないんじゃないかなぁと思ってる左耳の下のホクロも、いつも優しく撫でてくれた整った手と指先も、小さい頃から全部俺が独り占めしてたはずだった。
けどもうその全部に、一ミリも触れちゃいけないんだ。
「・・・落ち込んでたのは認めるよ・・・・。ずっと・・・・灯くんのこと考えては・・・苦しくなってた・・・。でもそれ以上に・・・灯くんをず~~っと苦しめて来たんだなぁって、当然の報いを受け入れてたんだよ。さすがの俺も・・・すぐに切り替えらんないよ。」
重たくならないように、おどけつつ吐露した。
灯くんはまたじっと口を結んで、言葉を飲み込むように俯く。
「それだけさぁ・・・本気の気持ちを受け取って・・・傷つけちゃったのが一番大事に想ってる身内で・・・初恋の人で・・・なまじ中途半端に手を出しちゃったもんだから、自分で自分の首絞めたんだなぁってわかってるし、一緒に手を取り合って生きていこうっていう覚悟もないくせにさ、甘い汁だけすすってどうもしないで・・・手に負えないから放置して・・・だから無理矢理終わらせたんでしょ?何も始まってないって言ってさ・・・」
「・・・・・」
「・・・・熟して育ちきった気持ちを・・・・自分の手で無理やり捥ぎ取って・・・ぐちゃぐちゃに捨てるしかなかったんだよね?」
「・・・・」
灯くんの綺麗な瞳に、またじんわり涙が溜まっていた。
「俺さ・・・・中途半端だと思ってたけど・・・今やっと気づいたよ。・・・・あんな風に『愛してる』を吐き出して、俺にごめんってひたすら言わせて・・・終わらせた灯くんを、何度も何度も思い出してさ・・・・」
「理人・・・・」
「本気で好きだったんだよ・・・・灯くんのこと・・・ずっと・・・・」
あぁ情けない・・・・・・・・また涙が止まんない・・・・
「どうにも関係は進展しようがないし・・・進展させたらまずいんだからって・・・・脇に置いてたんだよ・・・。だってそうでしょ・・・?本気になったって・・・灯くんがよくたって・・・・梨花ちゃんや伯母さんや・・・伯父さんがどう思うかなんてわかったもんじゃない・・・。」
下らない愚痴みたいに、やけくそな言葉が止まらない。
「どうしようもないしなぁってずっと繰り返し思ってたんだよ・・・しょうがないよ・・・。俺はガキだし、一緒になりたいなんて気持ち突き通したっていいことない。信じてもらえない・・・この先のこと考えたら、白い目で見られるのは俺たちじゃなくて家族だよ。」
灯くんは俺を慰めるように、そっと腕を回して抱きしめた。
「・・・・俺何も変わってないや・・・。灯くんに甘えて・・・・わがまま放題・・・。灯くんは俺の事許しちゃうからって・・・。いつだって自分本位で・・・」
「理人・・・もういいよ。」
そっと顔を上げると、意外にも灯くんは真剣な眼差しで見つめ返していた。
「無理やり終わらせることが苦痛なら・・・時間かけて溶かして行こう。」
「・・・・」
「理人の言う通り・・・俺は勝手に好きを切り捨てて、自分がスッキリしたいがために吐き出してたよ。それで理人の俺に対する罪悪感とか、少しはましになると思ったから。本気になっちゃいけないって思いながら、少しずつ意識しないまま育ってた気持ちはさ、きっと俺たちそれぞれの自己愛みたいなものも含まれてる。・・・だって俺たちよく似てるでしょ?」
「・・・うん・・・」
「それは人間的に未熟者同士仕方ない・・・何も悪いことは起きてないよ。俺は自分の好きの気持ちに振り回されてると思ってた・・・。でもやっぱり理人を巻き込んじゃってたね・・・。少しずつでいいから、忘れていこう。色んな人と関わって、日々生きてれば、精神的に大人になるにつれて、若気の至りだったなぁって思えるようになるから。」
「・・・・・・・・ん・・・。」
それが灯くんの出した答え。
俺の本気は受け取らない、と判断した。
そんでやっぱり俺より大人な灯くんが、いつも丸く収めてくれる。
彼の優しい手が、頭を撫でてくれる。
「灯くん・・・」
「なに?」
いつだってそうだった。
隣にいてくれた灯くんが、俺を支えてくれてた。
「・・・・俺だって・・・灯くんをちゃんと愛してる・・・。」
「・・・うん・・・。」
「・・・好きになってくれてありがとう・・・。」
「ふふ・・・うん。俺もありがとう。」
「・・・・これから先出来れば・・・灯くんのマブダチになりたい・・・」
「・・・うん、わかった。」
灯くんはまた穏やかな笑顔で、そっと手を握ってくれた。
その寂しそうな瞳に、自分が映ってちゃいけない。
産まれて初めて、心から愛した人の「幸せ」に
自分はなれないんだと知った。




