第36話
灯くんちに行った数日後、意外にもモヤモヤが長続きしていて、時々心配になっていた。
気にしすぎかもしれないけど、口は禍の元って言うし・・・何か傷つけるようなこと言ってたら取り返しつかない。
「理人、ご飯よ。」
リビングのソファでボーっとテレビを眺めていた俺に、母さんがキッチンから声をかけた。
「あぁ・・・うん」
週末は手の込んだ夕飯を拵えてくれるので、毎回楽しみなもんだけど、灯くんのことも、芹沢くんのことも、黎人さんのことも・・・色んな人のことが少しずつ気がかりで、注意散漫になっていた。
黙って着席して、こぼすように「いただきます。」と箸をとって、料理を口に運ぶ俺の向かいで、母さんは同じく箸を手にしながら言った。
「・・・何かあった?」
「・・・・・・んえ?」
「・・・」
何でもない調子でそう聞かれて、母さんは一口目をもぐもぐして飲み込むと続けた。
「困ってるのか悩んでるのか、何かあるのかなぁと思って・・・。別に言いたくなければ無理には聞かないけど。」
いつも家では割と淡々と過ごしているもので、日常の中で他愛ない会話をしながら、母に露骨に心配されることはない。
「・・・・ん~・・・・」
聞かれて真っ先に灯くんの顔が浮かぶ。
「こないだぁ・・・灯くんちで飯食ったんだけど・・・・何か余計なこと言って傷つけちゃったかなぁって・・・」
「・・・余計な事って?」
「ん~・・・気を付けて言葉を選んでるつもりだけど、ほら・・・灯くんって俺の前ではお兄ちゃんでいなきゃ、みたいな感じになっちゃうからさ・・・もっと気軽に接しようと思ってるし、そう思ってほしいんだけど・・・もうそういう気遣い無意識にしてると思うし・・・。なかなか昔みたいな仲良し!って感じになれなくて・・・。まぁもうお互い大人なんだからそうはいかないかもしんないけどさ・・・。」
「・・・ふぅん・・・」
母さんはまた一口二口食べ進めて、グラスを手に取ってお茶を飲んだ。
「・・・貴方たちの仲の良さの詳細はわからないけど・・・理人が本音を隠してるから、灯くんも建前で接してるんじゃない?」
「・・・・建前・・・」
俺の本音・・・?
自分のモヤモヤしている気持ちが、未だ手に取ることが出来ないのに、母さんは特に何でもなく続ける。
「灯くんは・・・赤ちゃんの頃から理人のことをよく見てくれてたし、何より周りをよく観察してる子だったわ。悪く言えば大人の顔色を窺ってるというか・・・。貴方が思ってる以上に、何かを感じ取って、無意識に言葉で取り繕ってる奥の気持ちを、察してる子だと思う。家族思いで優しい子なのは変わらないし、それは理人との共通点かもしれないけど、例えば理人の考えてることが、ほとんど伝わってしまってるのに妙な言い回しをしたら、貴方がわざと隠してるみたいに聞こえるでしょ?だからきっと・・・灯くんが理人の言葉に傷ついたとしても、それを言わないんじゃない?・・・まぁ、あの子のことだから、傷ついたとしても理人のことは全部許しちゃうと思うけどね。」
「・・・・・」
思ってもみない見解に、ゴクリとおかずを飲み込むだけで何も言えなかった。
考え込んでいると、母さんはまた問いかけた。
「理人は・・・灯くんのことが好きなの?」
「・・・・え・・・・そりゃまぁ・・・・・・。いや、恋人になりたいとかそういうんじゃないよ?」
母が誤解しているような気がして、慌てて付け加えた。
「あら、そうなの。」
「そうだよ・・・。」
「・・・そう・・・違うのね。」
「・・・」
「理人、こないだ話をしたとき、自分の人生なんだから好きに生きてほしいって言ったでしょ?」
「・・・うん・・・。」
「それはね、言葉通りの意味よ。」
俺が測りかねて視線を泳がせていると、母さんはまた落ち着いた声で言った。
「理人は・・・灯くんを傷つけたかもしれないって、他人の気持ちを気にし過ぎることがあるのと同じくらい、私がどう思うだろうっていうことを・・・気にしてるでしょ?」
「・・・・」
その時いったい、自分がどんな顔をしていたのかわからない。
とにかく何も言えなかった。
「好きなようにっていうのは、貴方が思うように、貴方の心のままに、正直に気持ちを、信念を貫いて生きてほしいって意味よ。私は母として貴方が決めたことなら、支えられる存在として生きていくだけ。今までも、これからもね。」
「・・・・」
「・・・貴方いっつも、私がどんな気持ちだろうかとか・・・どんな思いで頑張ってるだろうかとか、子供なのにそういうことを気にしてた。優しくていい子で、立派だと思う。・・・何が言いたいかというとね、貴方がもし本気で、灯くんを好きで、一緒になりたいと思ってるなら、それで構わないって言いたいの。」
何か心の奥底で、掘り返されたくない感情を、呼び起こすような言葉だった。
俺は灯くんにも母さんにも、自分自身を見透かされてる。
いや・・・でも違う・・・
「母さん・・・母さんの言いたい事も気持ちもわかったし、それはありがたいと思ってるけど・・・マジでそういうんじゃないから。俺・・・他に付き合いたいなぁと思ってる子いるし・・・」
「・・・そう?」
母さんは依然として、俺の気持ちや嘘を逃さないように真っすぐ見据えていた。
決めたことからは逃げられない。好きな奴がいるならフラフラするなって、黎人さんにも釘を刺された。
「まぁ・・・ぶっちゃけさ・・・そりゃ灯くんのことは、人間的にも身内としても、男性としても魅力的だし、めっちゃ好きだけど・・・。でも・・・他人じゃないからさ・・・似てる部分も多いし、自分のことを好きでいたくて、好きになってるのかもなぁみたいな感じあるし・・・。灯くんだって俺の事・・・思ってくれてるかもしんないけど・・・時間が経てば気持ちなんて変わっていくよって言ってた・・・。きっと・・・灯くんは俺と一緒になっても、幸せは長続きしないと思う。俺たちは・・・来世でまた出会い直して、結婚するんだよ。」
決意を込めるように啖呵を切って、また箸を動かしておかずを口に詰めた。
「そう・・・。」
母さんはそれ以上何も言わなかった。
俺は自分が、灯くんと実はどうなりたいのか、どんどんわからなくなっていってるんだと、薄々気付いていた。
だって会えると嬉しいし楽しい。
もっと一緒にいられればなと思うし、気兼ねない関係で性格も趣味もよく知ってる。
築き上げてきた関係値で、特別な感情があるのは事実で
それはお互いが自覚してる。
俺たちの関係がどういうものに変化していっても、母さんは受け入れると宣言した。
でも伯母さんと伯父さんは?梨花ちゃんは?
身内が許してくれたとしても、その先・・・結婚することなく生きていく俺たちのことを、周りに尋ねられた時、母さんたちはなんて答えるんだよ。
何度もこんなことを考えて答えを出したのに
頭の中で何度も灯くんのことを思い出しては、今までの心地よかった関係を失うことを
惜しいと思ってる。
いくら言葉で断ち切っても、俺は永遠に引きずるのかもしれない。
それでも俺は・・・時々寂しそうに笑う芹沢くんのことだって、ずっと気になってるんだ。




