第35話
灯くんのうちを訪れて、適当な食事を注文して夕飯を共にした夜
何となく食事を終えた後もダラダラと過ごして、灯くんと一緒にバラエティー番組を楽しんだ。
そしていつものように気が抜けて、隣の彼の肩に頭を預けていた。
「・・・理人」
「ん?」
「そろそろ帰らないと叔母さん心配するよ?」
「あ~・・・」
スマホを確認すると、もうすぐ21時になろうかという時だった。
俺が出かけていても、逐一どこにいるのか連絡してくるわけじゃないけど、前怒られたのもあるし帰った方がいいかもしれない。
「そうだねぇ・・・もうそろ帰ろうかな。」
飲みかけのココアをぐいっと飲み干して、帰る前にトイレを借りることにした。
清潔感ある洗面所は、歯ブラシとコップがあって、脇にあるラックには揃えて畳まれたタオルが、まるでホテルみたいにきちんと仕舞われている。
鏡も水垢一つなくピカピカで、洗濯機の隣のカゴには何も入っていないし、乾燥機に入れっぱなしの服もない。
風呂場の近くのトイレのドアを開けると、これまた清潔で埃一つ見えない床と、ピシっと掛けられたタオルに、申し訳程度の収納棚にいくつかトイレットペーパーが整列していた。
そっと静かなトイレの便座に腰かけて、灯くんの実家の自室を思い出した。
灯くんって・・・パソコン周りはわりと適当に物置くタイプだし・・・机の上も雑誌とか本を置きっぱなしにしてたよなぁ・・・
料理をしないからキッチン周りが綺麗なのはわかるけど、何となく違和感が募る。
活動範囲多めな寝室とか、仕事部屋はめっちゃ散らかってるとか?
トイレを出て手を洗いながら、何となく自分の気持ちのモヤモヤがさっき話してた時と、違うものなんじゃないかと思えて来た。
静かにリビングに戻ると、灯くんの姿がなく、キッチンにもいないので廊下を覗くと、玄関近くに掛けてあった、俺のコートを手に取るのが見えた。
半分後ろを向いて俺に気付いていない様子で、何となく眺めていると、大事に取ったそのコートに、彼はそっと顔を埋めた。
その姿を見て、俺は何故か改めて黎人さんとのやり取りがフラッシュバックした。
未練あるんだろ
俺を誰かと重ねてるだろ。
俺の匂いを確かめるようにコートを持つ灯くんを見てわかった。
自分の中にある、わずかな情と、それに入り混じった、灯くんを好きな気持ち。
他人であれば何も迷わなかったのに、という言い訳がましい気持ちは本心だ。
遠い過去に約束した、何も体裁を気にしなくていい歳になれば、一緒になろうねなんてことを、まだ期待してくれてるだろうか。
色んな気持ちが重なって混じって、じっと動けなくなっていると、やがて灯くんがコートを持って戻ろうと振り返った。
すると眺めていた俺に気が付いて、次第に青ざめていく。
俺は散々ごちゃごちゃと考え込んで、何を言うのが正解なのか、おどけて接する言葉も出てこなくて、何も言えなかった。
そして灯くんは目を伏せて、バツが悪そうに歩み寄る。
「・・・ごめん理人・・・」
「・・・何が?」
「え・・・いや・・・見てたでしょ?」
「・・・・見てたけど・・・別に謝らなくても・・・」
「・・・不快だったよね・・・ごめん。」
今更そんなことで不快に思うはずもない。
俺の提案に乗って、距離を保とうとしている灯くんが、精一杯そう言ってるのだとわかる。
でも俺はいつだって、灯くんの気持ちを解った気でいて傷つけていた。
「別に不快じゃないよ。嫌いな人ならまだしも・・・灯くんを不快に思うわけないじゃん。」
当たり前のように述べると、彼はじっと俺の顔を見上げて眉をしかめた。
「・・・ねぇ・・・俺さ・・・いっつもいっつも灯くんのこと傷つけてたじゃんか。大人なフリして斜に構えてさ、解った気でいて・・・。でもさ・・・親友になるってことはさ、曝け出さなきゃいけないのかなとも思うんだ。」
「・・・」
灯くんはただ黙ってまた目を伏せる。
「・・・わかりたいとか・・・烏滸がましいかな?」
次に顔を上げると、何か取り繕ってるでも、気を遣ってるでもなくて、無表情だった。
「理人・・・」
「・・・うん」
「・・・何も『親友』だとか、『親戚同士』とかさ・・・そういうものに囚われなくていいんだよ。」
リビングに二人立ち尽くしたまま、急に冷静さを取り戻した彼は、ごくごく自然な態度で言った。
「俺は・・・個人的に理人の案に乗ったけど、体の関係があって、自分の好きな気持ちもあって、それが残ってる状態で・・・フラットな関係になろうっていうは難しいし、無理矢理そうするものでもないと思う。そんなに頑張らなくても・・・時間をかけたら・・・そのうち気持ちは薄れていくよ。・・・だって家族としての時間を過ごしていけたら、元々あったベースの付き合いのレールにシフトして、ちゃんと乗れて行けるはずだから。」
「・・・そう?」
「うん・・・。理人はさ・・・察しのいい子だから、俺が気遣い過ぎてるんじゃないかとか、自分のせいで無理させてるのかなとか、考えてるんだと思うけど・・・そんなことないよ。無理なんてしなくても、俺たち子供の頃から、仲のいい兄弟みたいだったでしょ?」
「うん・・・」
「それに・・・考えても進展しないとか、どう行動しても振り向いてもらえないとか・・・そんなことを思い続けててもしょうがないよ。俺はいつまでたってもウジウジ考え込む性格じゃないし、社会人として色々時間を割かなきゃいけないことは山ほどあるから・・・。自分のことが可愛くてしょうがないから、寂しいから・・・誰かと一緒にいたい、なんて思う程幼くもないよ。」
何か投げやりなようにも聞こえる言葉は、まるで自分の事なんてどうでもいい、という風にも聞こえた。
灯くんは小さくため息をついて、気を取り直すように微笑む。
「はい、コート。・・・ほら、早く帰らないと。」
「・・・うん・・・」
その日を皮切りに、滅多に会わなくなった。
元々定期的に会ってたわけじゃないけど、連絡して他愛ないやり取りをしては、また遊びに行こうかな、みたいなメッセを送っても
忙しさもあってか、あしらわれたり、はぐらかされることが多かった。
距離感を測りかねて、ほんの少しある好きな気持ちを引きずって、未練があると気づいたばかりだったのに
どうすることも出来ない関係は変わりないから、俺たちは平行線なまま、灯くんの言う通りフェードアウトしていく。
もう本格的に、自分が嫌いになりそうだった。




