第32話
数日後、約束していた芹沢くんとのおうちデート・・・いや、家庭教師をしてあげる日がやってきた。
以前はお邪魔させてもらったし、ってことで・・・今回は俺のうちに来てもらうことに。
「よっし・・・掃除も完璧だし、お菓子と飲み物もオッケー。」
粗方準備を整えて、洗面所でもっかい髪をチェック。
美容院も行ったし、久々に短めにして結ぶ必要もなくなった。
改めて茶色も染め直したし、いい感じだ。
一つ息をついて、静かなリビングに戻ると、静寂を破るインターホンの音が響いた。
「はーい、開けるね~。」
機械越しに見える芹沢くんは、わずかに微笑んで頷いた。
玄関に小走りで向かって、ガチャっとドアを開けると、パッと俺の顔を見上げた芹沢くんは、すぐに変化に気付いたのか、あっと口を開けた。
「いらっしゃ~い、どうぞ。」
「うん、お邪魔します。」
手洗いを済ませて上着を脱ぐと、芹沢くんは少し緊張した様子を見せながらも、わずかに笑みを浮かべて言った。
「理人くん・・・短い髪型も似合ってるね。」
「そ?ありがとー。久しぶりにここまで短くしたわ~。」
「そうなんだ。何か理由あって伸ばしてたの?」
食器棚からマグカップを二つ取りつつ、ココアでも淹れようかと袋に手を伸ばした。
「いんやぁ・・・単に首元暖かいから伸ばしてたのあるけど・・・でも結局マフラーするしいっかってなって・・・ついでに色落ちしてたし染め直すぜ~って感じかな。」
リビングに入って脱いだ上着を手に、辺りを眺めていた芹沢くんを、そのままソファに促すべきか、はたまた自室に連れて行くか悩んだ。
どっちがいいかと選ばせたとしても、彼は気を遣って俺が決めていいと言うだろう。
てか自室に連れてったら我慢できる自信ないなぁ・・・
しばし考えながら湯気の立つココアをスプーンでぐるぐるかき混ぜて、またチラっと芹沢くんを窺うと、ダイニングテーブルの側に鞄をそっと置いて、椅子を引いて・・・ちょこんと座った。
背筋を伸ばして膝に手を置いて、視線を感じて俺の方を向く彼が、この上なく可愛くて愛おしくて、自分のうちなのもあって気が緩んでるし、口元のニヤつきは抑えられない。
「・・・どうしたの?」
俺が変な表情をしているせいで、彼は不思議そうに問いかける。
「ん・・・ふふ・・・なぁんでも?」
カップを持って目の前に置くと、芹沢くんは「ありがとう」と礼を述べて、口をつけるかと思いきや、ふーふー息を吹きかけてココアの熱を冷ます。
「はぁ・・・・・ぐぅ・・・・」
「なに?」
傾けようとしていたカップの手を止めて、彼はまた向かいに座って変な声を出す俺を見た。
「いや・・・・可愛くて・・・・」
改めて尊い彼を眺めながら言うと、芹沢くんは視線を泳がせてから、照れ隠しするようにマグカップで口元を隠した。
あ~~~かわい~~~~
大丈夫かな俺・・・手ぇ出さずに今日を乗り切れんのかな
高校生の勉強を教えることなんて造作もないけど、それよりも自分の性欲を抑えることの方が難題だ。
一息ついた後、さっそく勉強を見るため、テレビの前のローテーブルの前に二人して座った。
隣同士の方が教えやすいし。
ただ芹沢くんからは、まだ若干緊張した空気が伝わってきて、近距離に座ってるとどうししてもぎこちなく視線を泳がせる。
単に照れてるのか、それとも俺を警戒してるのか・・・はたまた脈あり行動なのか・・・
あんまり妙な質問をしてからかいたくはなかったし、芹沢くんを困らせるだけだとわかってるので、とりあえず教えてほしい部分をピックアップしてもらって教科書とノートを眺めた。
静かなリビングでじっと目を通す俺を、隣で正座したまま黙って待つ彼が、可愛くて愛おしくてしょうがなくて、集中力が途切れそうになるのを何とか堪える。
「・・・だいたいどんな感じかわかったから~・・・えっと、まずここの計算だけど・・・」
ノートをテーブルに置いて指をさすと、そっと伸びた髪の毛を耳にかけてのぞき込んで、真剣な顔つきで俺の説明に耳を傾ける。
口を動かしながらも白くて細っこい首筋が目に入るし、触れたくなるのを堪えながら計算式の説明を何とか終える。
「わかった、やってみる。」
「うん。」
「えっと・・・」
シャーペンを持ち直して問題集とにらめっこを始める彼は、その小さな体で一生懸命勉強して、母の背中を追いながら、自分も看護師になりたいと志す尊さに溢れてる。
「・・・すごいなぁ・・・」
何となくこぼれ落ちた俺の呟きに、芹沢くんはチラっと不思議そうに俺を見返した。
「ふふ・・・いや・・・なりたい職業が決まってるって立派だなぁと思ってさ。ましてや看護師なんて・・・医療従事者って想像できないくらい大変だろうから。」
彼は一つ瞬きして問題に目を落としてから、また小さな口を開く。
「立派・・・なのかどうかわかんないけど・・・俺はとりあえずやってみたい職業が看護師しか思いつかなかったから・・・。お母さんからたくさん話聞いて・・・もちろん大変だろうなぁってことも頭では理解してるんだけど・・・自分に何が出来るか、どんな大人になれるのか全然わかんないから・・・とりあえず頑張ってみようってだけなんだよ。」
「・・・ふふ・・・そっかそっか。」
「・・・理人くんは・・・なんかそういうのある?やってみたい職業・・・」
「ん~~~・・・せっかく法学部だし、知識を活かせる仕事がいいのかなぁ・・・何だろうな~~税理士とか?・・・後は~~司法書士とか・・・いずれにしても国家資格取ってぇ、くいっぱぐれない職だといいし・・・どういう方面の仕事が自分に向いてるのか、これから考えていかなきゃって段階だね。」
芹沢くんはうんうんと頷いて、感心したように言った。
「法律の国家資格って合格率低いっていうし・・・なれたらそっちの方がずっと立派だと思う。」
「ふふ・・・まぁそうだね。そう考えたら俺も芹沢くんみたいに、将来見据えてもう資格の勉強しとかないとだなぁ・・・。」
難解な国家資格だと、せいぜい合格率は4、5パーセント・・・。
純粋に勉強量と試験の経験値が物を言うだろうし、大学院に進学したとしても、卒業するまでに取得出来ないだろう。
なるべく学費をかけたくなくて国立に進学したし・・・院までいく選択肢は考えてない。
んでも難関な国家資格をゲットしようと思うなら、時間をかけて学生生活を送りつつ、勉強を重ねていくのが無難かもしれない。
「あ・・・あの、理人くん、ここの問題・・・聞いてもいい?」
考え込む俺に問題集を解いていた彼は、控え目に問いかける。
「ああ!ごめんね。え~~っと・・・」
その後何だかんだ真面目に教えているうちに小一時間程経過して、キリの良い所で持っていたノートをパタンと閉じる。
「よし、一旦休憩しよっか。」
「うん。」
問題集も随分進んで、心なしか芹沢くんは始めた時より自信のある表情だ。
「理人くんありがとう、教えるの上手ですごく捗ったよ。」
「いやぁ、芹沢くんの理解力が高いんだよ。俺わりと効率重視で、はしょって説明しちゃう癖あるからさ・・・・・・・・・・」
ふと手元のノートに書かれた、芹沢くんのフルネームに目が行った。
そういや苗字だけで名前知らなかったな・・・連絡アプリも名前書いてなかったし・・・
「・・・芹沢くん」
「なに?」
残りのココアに口をつける彼は、ノートの表紙を見つめる俺に気付いて、パッとそれを奪い取った。
「・・・・」
ポカンと表情を返すと、芹沢くんは目を泳がせながら教科書と一緒にノートを束ねた。
「・・・名前の読み方さ、ゆき・・・であってる?」
「あ・・・うん・・・」
「・・・なんか俺まずいことした?」
「・・・えと・・・別に大丈夫。」
「・・・そんなに知られたくなかった?・・・いい名前だけどなぁ。」
「・・・うん・・・ありがとう・・・。その・・・・女の子の名前みたいだから・・・だいたいからかわれるし・・・」
「あ~・・・まぁ語感的にはそうだけど・・・。んでも今どきさ、名前の性別どうのってあんま境界線無くなってきてない?俺、男で由香、とか茜って名前の友達いるよ?」
「・・・そうなんだ。」
「うん。そういやぁ・・・昔読んだ少女漫画でさ、同じく男で由希くんってキャラいたなぁ。」
何でもなくそう語ると、芹沢くんは狼狽えた様子から落ち着きを取り戻して、少し嬉しそうに口を結んで俺をじっと見つめ返した。
「・・・ふふ・・・つーか可愛い芹沢くんに合ってる名前だわぁ。癒すと喜びっていう字でさ、俺めっちゃ会う度に癒されてるもんねぇ~♡」
可愛いほっぺをスリスリ撫でると、たちまち彼は恥ずかしそうに頬を染める。
「り・・・理人くんは・・・どうして理人くん?」
「あ~・・・母さん的には、賢い子になってほしいってことらしいよ。・・・まぁ・・・正しくあれ、って意味かもね。俺だいぶいい加減だし印象と違うかもだけどな~」
おどけながら頭もなでなですると、芹沢くんは真っすぐな目で答えた。
「そんなことないよ。」
「・・・・・・くぅ・・・・」
その純粋な目が向けられる度に、こっちは色々我慢してるってのに・・・。




