第31話
雨予報があったとしても、俺はわりと晴れ男で、外出した途端に雨が止むなんてことも多々ある。
昔から大袈裟に嫌な目に遭うことはなかったし、大怪我や大病を患ったこともない。
別に予知の力とかないけど、今回ばっかりは自分の嫌な予感が当たってしまったことに、嫌気を通り越して胸やけを覚えた。
「武井さんのお勧めの漫画とか知りたいです♪」
常連客として認識していた、印象深い女性は、どうやら店を気に入っているというより、俺に執着して通い詰めているようだった。
「え~・・・っと・・・俺最近はあんまり漫画読んでなくて・・・」
「そうなんですかぁ?じゃあ何が好きですか?外で遊ぶ方が好きな感じですか?」
あ~~~こえ~~~~
ロリータファッションの子を毛嫌いしているわけじゃないけど、化粧の濃さも相まってかなりの圧を感じる・・・。
「あの・・・仕事中なので、あんまり話してると怒られちゃうので・・・」
適当に断りを入れてさっさとその場を離れた。
バックヤードに戻ると、先輩の女性スタッフが煙草休憩に行こうとしている出で立ちで、苦笑いを向けた。
「武井くんナンパされてたっしょ?」
「・・・・・・・助けてもらっていいっすか・・・・」
「私休憩。」
「も~・・・・どうしたらいいんすか・・・。」
「知らないよ。まぁ・・・あんまりしつこく声かけてくるようだったら、他のスタッフから注意は出来るかもしんないけど・・・。今のご時世ちょっと間違えるとSNSで風評被害に発展しかねないしね~。これも人生経験だと思って、上手いこと断んな。」
「・・・・だり~~・・・こんな人生経験いらねぇ~~~」
先輩はくつくつ笑いながら俺の横を通り過ぎて行った。
めんどくさいことこの上ないけど、他のスタッフに助けを求めて、悪評に繋がるのは確かによろしくない。
俺は頭の中で選択肢をいくつか出した。
その1、関わらないと決め込んで無視する。
その2、あしらいながら話を合わせて、店長に出禁にしてほしいと相談する。
その3、相手の要求をハッキリさせて、きちんと気持ちを受け止めた上で丁重にお断りする。
「ん~・・・・・どれだ・・・・?安パイは3か?」
何でこんな目に遭わなきゃならない・・・。
脳内が何度も深いため息を落としてそう思おうとするのを、振り払ないながら売り場に戻った。
交代の時間だったのでレジに入ると、案の定派手な服をフリフリなびかせながらその子が並んできた。
「武井さん、これお願いしま~す♪」
「はい・・・」
ぬいぐるみを手渡されて、バーコードをスキャンしている間も、熱烈な視線で顔を焼かれそうだった。
「880円です。」
「武井さん、連絡先とか聞いちゃダメですか?」
「・・・え~っと、店員と仲良くなる、そういうお店じゃないので・・・」
「え~?でも武井さんだって、可愛い女の子から連絡先聞かれたら、絶対ホイホイ答えるでしょ?」
「いいえ?」
「・・・そうなの?」
真っ白な顔を少し傾けて、カラコンの入った目で凝視されると、途端に気力を削がれそうになるけど、めんどくさくなる心をぐっとこらえた。
「俺ゲイなので。男の子しか興味ないんですよ。」
その子は一瞬ポカンとした表情を返したけど、すぐにクスっと笑った。
「え~~?嘘~?」
「・・・そんな嘘つかないですよ・・・」
少し不貞腐れた様子で、その子は尚もめげずに適当な口説き文句を垂れた。
客が並んでいないのをいいことに、レジ前を陣取られても困る・・・。
いい加減どうしたもんかとため息をついた時、隣にさっとやってきた人に声をかけられた。
「ねぇ、君、邪魔。店員さん困ってんじゃん。ナンパならよそでやりなよ。」
ロリータの子よりは背丈があるけど、華奢で幼い見た目をした可愛い男の子が、身を乗り出して言った。
「・・・は?関係ないでしょ。」
「・・・だから~ここ店内じゃん。この人は店員さんでしょ?仕事を邪魔してんだって、君がしつこくするから。妨害行為だよ?」
「うざ・・・何イキがってんの?法律のことに触れるほど賢く見えないけど、あんた。」
あろうことか注意をした少年に、口汚く牙をむいたそいつを、脳内で完全に害悪客と認識せざるを得なかった。
少年 「・・・論点ずらすじゃん・・・呆れた・・・」
「武井さん、連絡先くらいいいじゃん。ほら、お客さん並んじゃうし!」
理人 「・・・刑法233条、及び234条、威力業務妨害罪だと、懲役3年以下、または50万円以下の罰金。ちなみにこれは、SNSなどで虚偽の風説を流布した場合にも適応されます。」
「・・・え?」
「妨害していた事実は店内の監視カメラに映ってるし、別のスタッフに俺の出勤を確認してた事実もあるんで、言い逃れ出来ないですけど・・・まだ業務妨害します?」
俺が捲し立てると、隣にいた少年はニっと笑みを見せた。
「ふふ!まさかの店員さんが法律詳しいとかw50万円以下の罰金だって~?体売っても稼げなさそうな見た目だけど、だいじょぶそ?」
少年が嘲笑を浮かべると、ロリータ害悪客は顔をしかめて彼を睨みつけ、踵を返して去って行った。
「・・・ありがとうございます。」
「ん~?別に~?俺も同じようなもんだよ。」
問いかけるように見つめ返すと、少年はニッコリ可愛い笑みを浮かべた。
「お兄さんカッコイイなぁって♡色目使ってたからさ。」
お~~~っと~~~~~????かわいーーーーーーーーやべーーーーーー
キラッキラの笑顔で返されて思わずニヤつきそうなのを堪えていると、その子はさっとポケットから何かを取り出した。
「今日はブラブラしてただけでほぼ冷やかしだったからさぁ、良かったら今度俺の店来てくれない?めっちゃサービスしちゃう!」
差し出された名刺を受け取ると、恐らく風俗店の店舗名と源氏名らしき名前があった。
「男性向けの店だから、安心して。接客してるスタッフも全員男の子だから、選び放題だよ~。」
「マジすか」
「ん!じゃあね~♪」
・・・少年だと思ってたけど、俺より年上ってことかな・・・
可愛い男の娘喰い放題なのか・・・?
もちろんただの営業だと理解しているし、お金がそこそこかかることも承知の上だ。
でも興味がある。大いにある。
これもなんかの巡り合わせだなぁ・・・
厄日かと思ったけど、あんな可愛い男の子と知り合えたなんてラッキーデーじゃん。
今までの苦い思い出を振り払って忘れて、家に帰ったら名刺に書かれたお店を調べようと決意していた。