第3話
その日は友達の誘いを受けてクラブに来ていた。
俺の目的としては、もちろん男漁り。
一緒に来てる大学の女友達ももちろんそうだろう。
「ねぇねぇ理人~。私だいぶ飲んだし、飽きちゃったからもう抜けよ~?」
DJが流す爆音と若者たちの騒音で、話し声がかき消されながら、近くにいた女友達は俺の袖を引いて言った。
「ったく~クラブは飲むためのとこじゃないだろ~?俺はヤダよ、目ぇ付けた人に話しかけてねぇもん。」
腰を屈めながら言うと、彼女はつまらなそうに口を尖らせて、他の友達がいる方へ歩いて行った。
さぁて・・・
ギラギラする空間で、少し離れた場所で話してるイケメンに目をつけていた。
サラサラな髪の毛と思いきやツーブロックなヘアスタイルで、見えてる横顔の左耳には、これでもかとピアスが空いている。
髪色はここじゃわかりづらいけど、たぶん金髪だろう。
知り合いと話しながら時々笑みを漏らす表情を見る限り、クラブに慣れた様子で、時々手元の小さなグラスを煽っている。
問題は彼がゲイに偏見がないかどうかだ。
ストレートの人だったら、こっちが色目を使って話しかけた場合、白けた目をしてあしらうか、拒絶されて終わりだろう。
んでもあの端正な顔立ちじゃあ、男女問わず声を掛けられるはず。
俺みたいな奴の対処法は心得てるだろうし、よっぽど中身がクソ野郎じゃない限り、酷い言葉を浴びせられることもない。
まぁ別に何を言われても今更傷つかないけど。
そう思いながら見つめていると、その彼から話していた友人が離れて一人になる瞬間が訪れた。
チャンスは今しかないとばかりに、酒を手にしながらさっと近づいた。
「すいませんお兄さん」
身長も同じくらいある彼は、同じ目線の俺にパッと視線を向けて綺麗な目で見つめ返した。
「あの~・・・俺ゲイなんですけど、男に言い寄られるの嫌ですか?」
めんどくさい会話を省きたかったのでそう言うと、彼は一瞬ポカンとした後、声を上げて笑った。
「ははは!そんなナンパされたの初めてだわ!くく・・・・別に嫌って程じゃねぇよ。こう見えて結構男からも声はかけられっから。」
お!掴みはオッケーか?♪
「ですよね?いや、カッコイイなぁと思って見てて。良かったら一緒に飲みたいです。」
「ふぅん?いいぜ、お前名前は?」
その人は持っていたグラスを飲み干して、近くのバーカウンターの席についた。
俺も同じく隣に腰かけて、適当に次のお酒を頼む彼の横顔を眺めながら言った。
「理人です。」
「りひとね。ちょっと名前似てんな。俺は黎人。・・・お前いくつ?」
黎人さんは特に表情を変えず、ニヒルな笑みを浮かべたまま流し目で俺を見た。
「じゅ・・・いや、ハタチで~す♪」
「はは、マジで?ちょい下くらいかと思ったわ。」
「え~?黎人さんはいくつっすか?」
「29~。」
「はっ!?」
俺があからさまに驚きの声を上げると、黎人さんはおどけたようにジト目を返してきた。
「ふ・・・おっさんとか思ったろ?」
「思ってないっすよ!いや、わか・・・ちょい上くらいかと。」
「ま、年齢なんてあんまわかんねぇ奴もいるわな。別にどうでもいいんだけどよ。」
バーテンダーから手渡されたグラスを受け取って、黎人さんはぐびぐび喉を鳴らす。
喉仏がこれまたセクシーだ。銀色のチェーンが鎖骨を伝って、身に着けているそれはブランド物のネックレスだとわかる。
服のセンスも抜群で、体型に似合うジャケットを着こなし、どこのブランドかはわかんないけど高いのだけはわかる、そんな一式で身を包んでいる。
「ぷはぁ・・・。最初ここに会社連中と来てよ、酒飲めるようになれ~つって。案外知り合いも増えて、それなりに来るようになったんだよ。」
黎人さんは俺が質問するよりも先に、噛み砕いてクラブ通いの理由を教えてくれた。
「そうなんすかぁ・・・。俺は大学の知り合いとたまに来るくらいですねぇ。」
「ふぅん・・・んで男漁ってんの?」
「そっすよ。大学でもイケメンいますけど、皆恋人いるんで・・・。」
また一口お酒を口に運ぶ様を見ながらも、余りいやらしい目を向け過ぎず、会話を続けるのがこの手のナンパの基本だ。
「黎人さんは男いけます?」
とりあえず確認事項なのでストレートに尋ねると、彼はグラスを置いてニヤリと口元を上げる。
「いけるよ?セフレに男がいたこともあるし。」
やったぁああぁぁ!!
心の中で歓喜してガッツポーズしつつ、久しぶりに相手にしてくれそうな目の前のイケメンを落とすモードに移る。
以前はこういう場面で一緒に来ている女子たちが群がってきて、イケメンはそっちに目をつけてしまったりしたので、俺はもう早々にここを立ち去りたい気分だった。
だが焦ってはならない!
「そ~なんすかぁ!え~・・・いいなぁ、俺も仲間に入りたいです。」
こういう時、相手の風貌や立ち振る舞いで、反社系の人じゃないかは確認済みだ。
そもそもそういう人がいると思ったら出入りしないようにしているし、黎人さんは柄が悪いようにも見えず、むしろ丁寧な所作をする人に見えた。
「ふふ・・・んでもお前あれだろ。どっちかっつーとタチだろ。」
「どっちもいけるんで!」
俺が即答すると、黎人さんは眉を上げてまた笑みを漏らす。
「じゃあその気にさせてみろよ。・・・ちなみにゴチャゴチャ自分語りする奴は嫌いだからな。」
彼はポケットから煙草とジッポを取り出して、指輪だらけの手で火をつけた。
「・・・黎人さんお酒何好きなの」
「あ?・・・ああ・・・度数高いやつだったら何でも好きだよ。ウォッカも飲むし、焼酎もな。」
それを聞いてさっきまで手にして飲んでいたものが、ウォッカだったのだと気づく。
それなのにこのケロっとした表情・・・相当酒は強いと見える。
今グラスに何のカクテルが入ってるのか、詳しくない俺にはわかんないけど、青いカラコンをつけた彼と同じくらい綺麗な色をしている。
「黎人さん・・・お酒じゃなくてさ・・・俺に酔ってよ。」
彼はまたニヤっと煙草をくわえた口元を歪めて、ふ~っと俺に煙を吹きかけた。
「ゴホ・・・え~?ダメ?」
煙を払うと、黎人さんは頬杖をついてずいっと俺に顔を寄せた。
「40点、同じセリフを言われたことあるから。」
「マジか~!え~?もうちょっと口説く時間ちょうだい。」
「ふん・・・ねぇよそんなもん。暇じゃねぇから。」
そう言うと彼は半分残った酒を一気飲みして立ち上がる。
ガッカリしてため息をついて、チラっと後ろ姿を見ると、黎人さんは指をくいっとやってついてこいと示した。
俺は慌てて席を立って後を追った。
店を出て暗い野外を歩きながら、彼の後をついて行くと、少し離れた場所の駐車場に入り、鋭い形をしたいかにも高そうな車に辿り着いた。
黎人さんはガチャっと助手席を開けて、扉に肘をかけて視線を返す。
「・・・おら、乗れよ。」
「は~い!」
カッコイイ立ち姿に惚れ惚れしながら、俺は言われるがままに車内へ入った。
反対へ周って運転席に腰かける黎人さんは、伏し目がちに手元を操作してエンジンをかける。
咥えていた煙草をさっと俺に渡すので、備え付けの灰皿へ捨てた。
「・・・どこ行くんすか?」
ネオン街を走り抜ける車は、驚くほど静かで走行音がほとんどしない。
「俺んち。」
「え!マジすか!」
「ふ・・・お前さぁ・・・まだ18とか19なんだろ?危機感ねぇの?」
「危機感・・・」
「このまま連れてかれて、着いたら乱交パーティーでした~ってこともあんぞ?んで後で金にするために撮影会されてたりな。もしくはまわされるとか・・・そういうこと考えなかった?」
もちろん頭の中で危険なこともあると考えないこともない。
犯罪に巻き込まれたことは今のところないけど、俺はわりと勘で人を選ぶ方だ。
「ん~・・・まぁそうだとしても黎人さんが参加しろっつーんなら参加しますよ。」
「ほ~?」
「んでその後黎人さんが抱いてくれんならチャラです。」
彼はまた口元を上げて、横目で俺を見る。
荒々しい運転をするでもなく、人込みを避けて走りやすい場所を選ぶ彼は、土地勘もあると見える。
見た目が派手でチャラそうな男をあえて選んでるわけじゃないが、そういう人を選んでゴミクズだったこともある。
けど何となく彼はそうじゃない気がしたんだからしょうがない。
黎人さんは言葉少なにそのまま走り抜けて、ある程度時間が経った頃、どでかい高層マンションに高級車は吸い込まれていく。
地下の駐車場に車を停め、黙って歩いていく彼にまたついて行った。
監視カメラの付いたエントランスを抜けて、エレベーターに乗り込んで恐らく最上階に到着すると、想像以上にさっきまで走っていた道路が小さく見えた。
彼が促すままに重たそうなドアを抜けて玄関へと上がると、目の前にはまるで、海外のスイートルームのような空間が広がった。
「やっべ・・・」
「理人お前ラッキーだな。こないだまでオーストラリアにいたんだよ。日本に来たのは5年ぶりとかだ。」
黎人さんはリビングまで移動しただけなのに、その声はもうだいぶ遠くから聞こえている気がした。
「へぇ・・・そうなんすか・・・。俺は・・・ここまでの金持ちナンパしたの初めてです。」
「はは、そうだろうな。まぁ俺は恩恵にあずかってるだけだけど。ん・・・?恩恵にあずかる・・・日本語合ってる?」
「合ってます」
俺が10人くらい座れそうなソファーにそっと腰かけると、黎人さんは水が入ったグラスを俺の前に置いた。
酒飲んだし、持ってきていた鞄から取り出した口臭ケアタブレットを流し込むと、黎人さんは夜景が広がる大きな窓をボーっと眺めていた。
彼がどういう立場の人かは知れないけど、あまり大人に対して突っ込んで色々聞くのはご法度だ。
日常を生きる学生なら、自分のことを聞いてほしい人が大半だけど、仕事や時間に追われている社会人は、語りたくないこともそりゃ多い。
10歳も年上ならガキ扱いされて当然だし、俺はそれを何にも気にしないので、部屋にまで連れて来てもらったし、彼があまりおしゃべりなタイプでないなら、程よい会話を心掛けるまでだ。
「・・・・理人」
「はい」
黎人さんはまた綺麗な目で俺の瞳を覗き込んだ。
「お前頭いいだろ。」
「・・・?はぁ・・・・えっと一応国立の大学なんで、偏差値はいいです。」
「ふぅん。学力には興味ねぇけど、人としての賢さは、学力も関係するわな。何で俺にしたんだ?他にも釣れそうな男はうじゃうじゃいたろ。」
「ん~・・・・・・まぁ何となく勘が働いたんすよ。黎人さんはたぶん、俺にあんま興味ないから、馬鹿にしないかなぁって。」
「・・・ふ・・・・。」
彼は納得したように笑みを落として、また静かに立ち上がると、リビングからギリギリ見える所のドアを開けて入って行った。