第28話
偶然出くわした灯くんに介抱された俺は、気分の悪さがましになってきたので、灯くんの新しい住所を知るために、彼を送っていくことにした。
いつも通りの様子で他愛ない話をしてくれる彼に、黎人さんと話したことを打ち明けてみようかとか、灯くんとの関係にちゃんと線引きをしておくべきかとか、色々思案していた。
けど黎人さんの話をしたとしても、恐らくもう連絡に応じてくれはしないだろうし、彼の身の上話をベラベラ触れ回るのも気が引けるし、そもそも考えを今更覆す手立てがない。
頭のいい灯くんなら、何か妙案が浮かぶかもしれないけど、そもそも「死にたいと思ってる」という話をされたことを、灯くんにしたくはなかった。
それに、黎人さんは俺に対して、自分が死ぬことなんて考えずに勝手に生きていけって、思ってる気さえする。
黎人さんが見ている世界は俺とあまりにも違うし、それをお互い解っているから踏み込む必要がなかったし、最悪生き死になんて自由意志だろと言われたら終わりだ。
「理人・・・」
「ん、えっ!?」
黎人さんのことをあれこれ考えながら、会話の相槌を打っていて、不意に灯くんが言葉を切った。
「・・・さっき話してた、知り合いの事考えてる?」
「あ~・・・・・・・・・。」
そもそも俺は何でそこまで黎人さんのこと・・・
好きとか、愛おしいみたいな感情なんてないのに。
いや、ちょっとはあんのかな・・・
閑静な住宅街を歩き進めながら、灯くんの隣でバツが悪くなって頭をかいた。
「ごめん、なんていうか・・・・。別に惚れたはれたとかそういう気持ちはないんだけど、妙に気になる人でさ・・・。元気でいてほしいのに・・・なんかずっとつらそうだったから・・・」
「そうなんだ・・・それは心配だね。」
変えられない母親の死が、ずっと受け入れがたいって言ってた。
想像して寄り添えることじゃないけど、俺だって母さんが死んだら耐え難い。
「俺はさぁ・・・ふつーーの大学生だし・・・ガキだしさ・・・でもその人は10歳も年上で社会人だし・・・っていうかそもそも住む世界違うし、生きてきた文化とか環境違い過ぎるだろうし・・・共感して何か上手くコミュニケーション取ってあげること出来てなかったんだよね~。」
「・・・そう・・・。その・・・イケメンのお兄さんは、英語圏の人?」
「え、あ~・・・そうなんかな?・・・あ、でも日本語ペラペラだよ?終始日本語で・・・まぁちょいちょい意味通じてない言葉はあったみたいだけど・・・。全然語弊があったとかではなくて・・・」
「そっか・・・。」
灯くんはパッと目についたコンビニを見やって、少し買い物したいから寄らせてほしいと一緒に入った。
店内を何となくついて回っていると、灯くんは終始黙ったままで何か思い耽ってる様子だった。
そのうち飲み物や夕食を買い終えた灯くんは、一緒に店外へ出て歩き出してから、また自然に切り出した。
「理人、その人は理人に笑いかけたり、自然な振る舞いをする人だった?」
「へ?・・・あ~・・・うん、普通に笑ったり他愛ない話したり、俺の行きたいとこついてきてくれたり・・・」
「そう。・・・理人や物事に対して、否定的な話し方をしない人だった?」
「え・・・・?あぁ・・・・うん・・・。特に不快になるようなことを言う人ではなかったよ。いや・・・ある意味意地悪なことは言う人かもしんないけど・・・。でも礼儀を欠いてるとか、粗暴な人ではなかった。金持ちだし、丁寧なタイプかも?」
「そっかそっか。」
灯くんは何故か安心したような笑顔を向けて、隣をついて歩く俺の手をぎゅっと繋いだ。
「・・・相手に何を言われて、何を話されて落ち込んじゃってたのか、具体的なことを話したくないみたいだから聞かないけど・・・。自分が酷いことを言われて落ち込んでたわけじゃないよね?」
「おん。」
「その人にもう二度と会わない、とか言われて落ち込んでたわけでもないでしょ?」
「・・・うん」
「・・・理人があんなに打ちのめされたみたいな顔してたのは・・・無力感を覚えたからかな。」
灯くんはまるで、名探偵が推理を始めるように続けた。
「たぶんだけど、自分の倫理観が試されるような、難しくて個人的なことを言われたんじゃないかな。理人さっき、その人が年上で、自分とはそもそもまったく違う人だって言ってたよね。・・・理人は基本的に誰とでも仲良くなる子だったように思うよ。昔から今に至るまで、友達の話は聞いてきたけど、年齢差別とか、性の差別はしないだろうし、留学生の友達がいたこともあるよね?英語も多少わかるだろうから、そうそう誤解を生んでトラブルになることだってないと思う。けど自分とは全然違うんだって強調した言い方をしたのは、その人の考え方とか、経験したことに、自分の理解と経験値が追い付かないものだとわかってるから。じゃないと理人は、付き合いがある人に対して、そんな投げやりな言い方しないだろうしね。」
話しながら目的のマンションの前に着いたのか、灯くんは足を止めて建物に指を刺した。
「せっかく送ってくれたんだから、お茶飲んできなよ。」
「え・・あ・・・・いや、でも・・・」
「安心して、何も期待してないし、無理矢理手を出したり誘惑するつもりなんてないよ。俺たちもう、ただの親戚でしょ?」
「・・・うん。」
灯くんの落ち着いた様子に、頷いてマンションへと入った。
エントランスに入ってエレベーターの近くでポストを確認しながらも、灯くんはまたさっきの調子で続けた。
「あのね理人・・・何となくなんだけど、理人がその人に何を言われたのか、俺検討ついてるんだ。・・・でも俺に言いたくなさそうなのは、きっと理人の優しさなんだろうね。ありがとう。」
「・・・と・・・灯くんはなに?探偵にでもなるの?」
「アハハ!そんなわけないじゃん。・・・伊達に小さい頃から一緒にいないよ。」
「・・・まぁ・・・そっか。」
無機質な音をさせて到着したエレベーターに乗り込んで、今度は何を言い出すんだろうと、ちょっと楽しみに灯くんの言葉を待っている自分がいた。
「・・・理人、俺は理人の事なら十二分にわかってるけど、その人には会ったことないから、いい加減な保証は出来ないけど・・・。きっとまた連絡くれるよ。」
「・・・ふぅ・・・そうかなぁ~?」
エレベーターが静かに止まって、灯くんはまた俺の手を自然に取って扉を出た。
「自分は何も役に立つこと言えなかったって、理人が思ってたとしても・・・その人は理人と一緒にいて、笑ってくれたんでしょ?楽しかったって、きっと思ってくれてたんだよ。余裕がないならさ、そういう嘘はつけないだろうし、ついてたとしたら理人はわかるから。そういういい思い出が残ってさ、理人はその人の人生の中で、『未練』になったんだよ。」
ガチャリと部屋の前で鍵を開ける灯くんの背中に、リズムを返すように問いかけた。
「・・・何で灯くんは・・・黎人さんの気持ちがわかんの?」
黙って手を引かれるまま玄関へと入って、扉が閉まると、灯くんは静かに振り返って、相変わらずまつげの長いキラキラした目で俺を見た。
「・・・俺にとっても理人が未練だから・・・。」




