第27話
自分の中で解決した気になっていたものは、後々になって尾を引くもんで
精神的に摩耗されたのはお互い様だと思いながらも、深く傷ついたのは灯くんの方なんだから、自分は平気だと思い込んでいた。
今朝の黎人さんは、つまらないやり取りの後、煙草を口にすることなく、何も俺に追究することもなく、シャワールームに入った。
二度ほど顔を合わせて、思いのほか馬が合うと思って体を重ねて、それだけなもんだけど
ただの大学生相手に、死のうと思ってるなんて、軽々しく口にするのはよろしくない。
『へ~そうなんだ』と流せる程達観してはいないし、薄情でもない。
気持ちよく背中を見送って、別れることなんて出来ない。
けど無駄なことは無駄だと、さすがにわかってはいる。
黎人さんは俺にモヤモヤするものを残して、何食わぬ顔で一緒にホテルを出た。
そしてまた電子タバコを取り出して咥えると、アプリでタクシーを呼びつけながら言った。
「理人、関わったら後悔する相手くらい、見分けられる大人になれよ。」
「・・・・・・・親でもないのに偉そうなこと言わないでもらえる~?」
黎人さんは最初に会った時のように、ふ~っと俺に煙を吐きかけて笑った。
「はは!違いねぇな。・・・理人といると、それなりに楽しかったわ。」
その時ばかりは、屈託ない笑顔を見せてくれて、彼の人間らしさが詰まっている気がして、途端に悲しくなった。
「・・・・・・死なないでよ・・・」
言うはずもなかった言葉が、思わずポロっとこぼれ出て、モヤモヤしてた感情が涙になって落ちた。
自分がこんなにも、黎人さんに心動かされて、簡単に泣くのがいっそ気味悪かった。
黎人さんの苦しみや悲しみを知る由もないし、教えてくれる気もないし、教わる時間も与えてくれない。
けど関わってしまったんだから、生きていてほしかった。
もう二度と会えないとしても。
顔も見れず俯いていると、公衆の面前でみっともなくメソメソする俺に、黎人さんは腕を回して、人目も憚らず抱きしめた。
ぎゅっと力強くなる腕を呆然と受け止めていると、そのうちスッと離れた彼は、感情見せない無表情のまま、踵を返して去って行った。
コツコツ靴音を鳴らして、コートをわずかに靡かせながら、ビルに囲まれた街をただ歩いて行った。
それからしばらくしてボーっとしていたホテルの前に、彼が呼びつけたであろうタクシーが停まったけど、結局断りをいれて電車で帰宅した。
最寄り駅に着いて、トボトボ足をただただ前に進めると、しがない駅前のコンビニや、店が並ぶ中で、車が通り過ぎ、スマホを持って通話する人の声や、雑踏の雰囲気が目に入って、日常に戻ってきた感覚と同時に、時間が急速に進んでいる気がした。
住宅街へと歩を進めると、自分が足を動かせば動かす程、その分時間が経過して、黎人さんが死のうとするのを速めている気がした。
立ち止っても止められないのに・・・・・・
そう思った矢先、初めて少しだけ黎人さんの気持ちに近づけた気がした。
「理人・・・?」
聞き慣れた声に顔を上げると、灯くんが何故か目の前にいて、心配そうにしながら俺の側に寄った。
「大丈夫?気分でも悪いの?」
慌てた様子で俺の背中を優しくさする彼が、都合よく目の前に現れたことで、黎人さんと会った一連の流れが、夢落ちなんじゃないかとすら思った。
「灯く・・・・何でこんなとこ・・・」
「・・・ああ、近所に越してくるって話したでしょ?・・・土地勘持っとかなきゃと思って、周辺をちょっと歩いてたんだよ。住所は理人のマンション方面ではないけど・・・散歩してたら足が向いちゃってたね・・・。そんなことより・・・どうしたのさ・・・顔真っ青だよ・・・。とりあえず送っていくから・・・歩ける?少し休む?」
「・・・ちょっと・・・休みたいかも・・・」
灯くんは頷いて見せると、しばらく俺と一緒に歩いて、近くの公園に入ってベンチに腰かけた。
俺が初めて芹沢くんと出会った場所だ。
「理人、お水飲めそう?」
小さい頃からの過保護っぷりで、俯いた俺に灯くんはペットボトルの蓋を開けて差し出した。
「ありがとう・・・。」
ゴクゴク喉を鳴らして飲むと、自分が渇いていたことにその時気付いて、体に水分が流れていくのをハッキリ感じた。
一息ついてまたボーっとする俺に、灯くんの優しくて細い手が、何度も背中を撫でた。
「・・・何も話せないなら話さなくていいから・・・。でも・・しんどいなら側にいたいからさ・・・」
黎人さんといるとき、散々何度も灯くんのことを思い出していたのに、彼を目の前にすると俺は、出くわしたのが芹沢くんだったらよかったなぁ、なんて思ってる。
「ふ・・・俺ゴミクズだなぁ・・・」
自分自身に嘲笑を漏らしてそんなことを呟いても、灯くんは優しい手を止めず側にいてくれた。
こんなに昔からよくしてくれて、俺に『愛してる』なんて言ってくれる灯くんを、ハッキリ突き放すことも出来ずに引きずって、このまま家まで送ってもらっちゃったら、誘惑に負けてまた灯くんとエッチするんだ。
曝け出さないと、主導権を握れない・・・か・・・
「灯くん俺さ・・・」
「・・・うん」
徐々に冷たくなっていく公園の空気の中、白い息を吐き出した。
「正月に話したクラブで知り合ったイケメンと、もっかい会ってやることやってきちゃったんだ。」
チラっと窺った灯くんの顔は、わずかに視線を泳がせて、傷つくのを堪えてるような雰囲気だった。
「んでもさ、その人の雰囲気がちょいちょい灯くんと重なって・・・何度か思い出しちゃって。・・・引きずってることすら自覚なかったんだよ・・・灯くんと過ごした時間とか、話したこととか・・・。未練あるのを見抜かれてさ・・・。でも・・・俺・・・どうしても、好きだなぁとか付き合いたいなぁって思ってる相手はさ、芹沢くんなんだよ。」
灯くんは背中に置いていた手を止めて、隣にあった俺の手をそっと握った。
「そっか・・・」
「・・・俺はさ・・・灯くんに甘え切ってるから、何でも好きなこと言っちゃうんだよ。どんな風に接していったら正解なのかわからないから、普通の友達とか親戚に戻れるようにしようって、無理矢理な目標立てたんだよ。灯くんをずっと苦しめてる自覚はあるくせに、いいとこどりでさ・・・」
「理人・・・いいんだよ。その話をしたとき、俺もちゃんと噛み砕いて考えて、そうしようって了承したし、それに異存はないよ。」
「・・・ホント~~?」
「うん・・・。」
「俺マジでダメだなぁ・・・。ね、灯くん俺さ・・・誘われたら乗っちゃうし、結局セックス依存症なんだよたぶん・・・。てか発情期かな・・・」
冗談交じりに言うと、灯くんはクスっと笑ってくれた。
「別にそれはおかしいことじゃないよ。」
「全肯定灯くんだ・・・。」
死ぬために日本に来た
と言った彼は、果たして本気だったんだろうか。
いや、たぶん黎人さんのあの感じだと、本気だとかそういう心持ち以前に、もうそうしようって決めてた感じだ。
「ねぇ灯くん・・・」
「・・・ん?」
「・・・・いや、いいや。ありがとね、しょうもない話聞いてくれて・・・」
灯くんは言いかけて止めたことに、少し戸惑ってる様子を見せたけど、相変わらず落ち着いた笑みを落とした。




