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本気になれない理人くん  作者: 理春


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第26話

「何でそう思うの?」


意外な言葉に聞き返すと、今度は呆れたようなため息をつかれた。


「ふ・・・そういうとこだろ。お前はわかってんのに、相手によって自分をコロコロ変えて、けど性根は腐ってねぇし、純粋に何でも受け取ろうとしてるだろ。」


言われたことを噛み砕きながら、そうなんだろうかと考え込んだ。


「腹の探り合いをしない分、楽だとは思ってたけど・・・お前は気を遣い過ぎる奴だから、ダメだな・・・。」


今度は手元の紙煙草に火をつけて、黎人さんはまたそっぽを向いて煙を吐いた。


「そっか・・・。俺は黎人さんに相手にされるような人間じゃないってことか・・・。そりゃそうだよな~。」


「ふん・・・そもそもお前はそんなこと望んでない。」


「・・・だってさ・・・妙な感覚なのは事実でしょ?俺たち惹かれ合ってるでしょ?それが何でなのかわかんないのに。」


「・・・お前も俺も、お互いを鏡にして安心したいだけだ。自分を確かめたいだけで、後で違ったってわかることを、ノリでやろうとしてんだよ。」


その曖昧な物言いが、今まで灯くんに対して接してきた自分を指摘されたような気がして、何も言えなかった。


「・・・別に悪いことしてるわけじゃねぇから気にすんな。理人くらいの年頃だと、惚れたはれたの話と同時に、遊び人と関わって世の中知った気になるなんて、よくある話だろ。俺だってそうだった。」


「・・・何が言いたいの?」


「・・・ふ~・・・・。俺はマジで単にたまたま思い出したから呼びつけただけだ。お前に愛情が湧くことはないし、何にも残らない時間過ごすだけだよ。」


「そ~~れは黎人さんが決めつけることじゃないんですけど~~」


「ふ・・・そうだな・・・。」


「俺はもっと黎人さんの話が聞きたいよ。どんな人か知りたい。」


黎人さんはその時初めて、冷ややかな視線を返した。


「・・・あ?そういうところがお前の悪癖だろ。気安く接してんじゃねぇ、ガキが。」


黎人さんは静かに席を立って、くいっと顎をしゃくって促した。

ナイフとフォークを置いて、残っていたワインを煽って後を追うと、黎人さんは煙草を灰皿に消し入れて俺の腕を引いた。


「理人お前、なんか勘違いしてねぇか?」


「・・・」


「いや、てかお前はわかってんのに、わかんねぇフリしてんだろ。セフレなんてな、お互いの事深く知って馴れ合う、恋人になる前の準備運動の関係じゃねぇんだよ、少なくとも俺にとってはな。」


豪邸なベッドにまた押し倒されて、乱暴にキスされた。

このまま食われんのかな、と思いながらいたけど、濃厚なキスの後静かに離れて、綺麗な空色の瞳が無機質に俺を見下ろした。

何だかその雰囲気が、あの時の灯くんと重なった。


「・・・好きになったっていうそいつは、お前のわかりやすそうで掴みづらい人格に、戸惑ってるだけだろ。お前はフラれるかもとか、振り向いてもらえないかもとか、後ろ向きな気持ちを悟られないように虚勢を張って、いざって時に口説き切れずに、保身にまわるから自信もつかねぇし落とせねぇと思うんだよ。」


「・・・・・そ・・・・そうかも・・・」


「ほら、そういう相手の言い分を飲みこんで当てはめて、一個もたてつかねぇところも気に食わねぇ。自分を認めてほしいなら、相手に曝け出せよ、自分をいつまでも出し惜しみしてっから、主導権握れねぇんだろ。」


「う・・・だって・・・ぐうの音も出ねぇじゃん・・・」


「はぁ・・・。理人はガキのくせに物分かりよすぎるな・・・。」


「わ・・・」


思わず言い返そうと思って、頭に血が上るでもなく、むしろ途端に頭が冴えたような感覚を覚えた。


「・・・・言い返したって黎人さんの心は動かないじゃん。そんな無駄な噛みつきしても、それこそ自分が痛いだけでしょ。それが可愛くねぇって言われんのはわかるよ。でもそもそも俺は黎人さんの誘いにほいほいついてきたけど、別に何も見返りとか求めてないし、恋人になりたいとも思ってないし、空気読んで言動を計ってただけだよ?そんなことわかるでしょ。黎人さんの方こそ、俺にどうしてほしいのかハッキリ言ったら?」


捲し立てる俺に、彼は相変わらず眉一つ動かさずに答えた。


「ああ、言ってやるよ。・・・フラフラしてんじゃねぇよ。好きな奴いんなら、捨て身で落としに行きゃいいだろ。何一回ヤったくらいの芸能人に誘われて、もったいないし行こっかなってついてきてんだよ。アホが。」


「・・・・・・だからさ~~~~ぐうの音も出ねぇじゃ~~~ん。しかるにしてはムチだらけでアメが見当たんねぇよ~~。」


ベッドに沈み込んで項垂れると、黎人さんは軽くため息をついて俺の隣に腰かけた。

ランプテーブルに置いていた電子タバコをまた手に取って、吸い込んでは吐き出す彼を、そっと顔を上げて見てみると、やっぱりあの時の灯くんみたいに、綺麗な瞳が黒く淀んで見えた。


「・・・黎人さんはさ・・・」


また無表情な視線だけを返す彼に、何も響かせるようなことは言えない。


「俺の事何とも思ってないのに、何で俺の為になるようなこと言ってくれたの?」


「・・・・・・特に理由ねぇよ。」


黎人さんの中で、説明できない何かがあったり、言いたくない事情があったり、言っても仕方のないことがたくさん溜まっているんだとわかる。

だから何度も煙草に火をつけては吐き出すんだ。

暗い視線を落とす彼が、明日には消えていなくなってしまう気がして、どうしようもなくもどかしい。


「黎人さん、俺いいコート買ってもらったしさ、なんかお返ししたいんだけど」


「・・・・いらねぇ。」


適当な冗談を言ったり、おどけて見せられない程、彼が何に疲弊しているのかわからない。

だから知りたいと思ったのに・・・


「・・・邪魔なら俺帰った方がいい?」


しばらく沈黙した後、どうにも戻りそうにない空気を感じて言うと、チラっと向けられた目がわずかに寂しそうに見えた。


「邪魔になるなら・・・最初から呼ばねぇよ。」


「あ~わかった!黎人さんはあれだ・・・俺を犬みたいに扱って、何かを可愛がって癒されたかったとか?」


「ふん・・・はは・・・」


咥えていた煙草を口から離して、黎人さんは煙を吐き出しながら笑った。


「くく・・・ちげぇわ・・・。そもそもこっちに来たのは・・・・死のうと思って来たんだよ。」


あっけらかんと放たれた言葉に、空気が一変した。


「最後に仕事を受けたのは、ここが生まれた国で、母親が愛した場所だからだ。理人だってわかるだろ?誰が生きようが死のうが、明日は来るし誰もが下らない生を謳歌してんだよ。砂時計の砂が落ちてくのを止められないように、時間は戻らないし、早く進めることも出来ない。・・・俺は愛人の子でな、跡取りでないことを哀れまれて、父親に精神的に追い込まれた母親は自殺した。どんな不幸なことが自分の身に繰り返し起こっても、もちろん救いの手を差し伸べる存在がいたのは確かだ。けど俺にとって・・・家族だと思える育ててくれた母親が死んだことだけがずっと心残りで、変えられないクソみたいな現実だった。自分の人生をいくらでも変えて生きていけるとしても、俺は・・・」


淡々と語っていた黎人さんは、小さく息を吸い込んで一瞬時間を止めたように静止してから、次に吐き出す息と共に涙をこぼした。


「俺はずっとそれが恨めしいんだよ。自分が生きてることが。変えられない死が。」


涙を流しているのに、黎人さんは嗚咽を漏らすでもなく、鼻水をすするでもなく、ただ静かに泣いていた。


「何かを解決したくて死ぬんじゃない。自暴自棄なわけでもない。生きることをそろそろ辞めたくて死ぬんだ。」


他人が書いた詩を詠むように、黎人さんは言った。


「それが今俺がここに居る理由。理人を呼んだ理由はない。介錯を頼むつもりもねぇ。」


「・・・介錯なんて言葉、よく知ってるね。」


「・・・帰りたきゃ帰っていいぞ。」


涙の痕を拭った彼は、パチンと電子煙草をしまった。


「黎人さん、ありがとう、色々話してくれて。」


「・・・そこまでの情報じゃねぇよ。ネットで調べれば、俺の母親が自殺してることくらい出てる。」


「俺さぁ・・・黎人さんはいい人だと思ってるし、好きな部類の人だから死んでほしくはないなぁ。」


「そうか、じゃあ俺がこれから先どうなったか知って胸糞悪くなるなら、名前をネット検索しねぇことだな。」


その後結局何となく居座ってたら眠気に襲われて、大きなベッドで寝落ちした。


翌朝目を開けると、大きなキッチンの側にあるテーブルで、何食わぬ顔をしてコーヒーを飲んでいる黎人さんが目に入った。


「・・・黎人さん・・・」


「・・・あ?・・・理人お前大学行かねぇのか?」


「いや・・・今日日曜だからさ・・・」


「あっそ。」


少し離れてするその会話が、何だか想像もし得ない父親との会話のようで可笑しかった。

俺は寝ぼけた頭で、涼しい顔して飲み物をすする彼に、何を言えば考え直してくれるだろうかと考え続けた。

どんな言葉をかけたら、もう少し生きてみようと思ってくれるだろうか。

俺は別に、目覚めが悪いから死んでほしくないとは思ってないし、黎人さんがもし死んだと耳にすれば、ずっと思い出して切なくなると分かってる。

けど結局それは自分の為でしかない。悲しくなるからやめてほしいは、結局そういうことだ。

自分のために止めることしか出来ないようなガキが、黎人さんに言葉をかけられるはずもなかった。


「黎人さん」


起き上がって側に寄って、細くて長い足を組んで座る彼を見下ろした。

その清涼な色をした瞳が、俺を見つめ返しているのに、何も映していない気がした。


「死ぬつもりなら、最初から俺を呼びつけないでよ。寂しいから呼んだんでしょ?誰かに会いたくて仕方なかったんじゃないの?それがたまたま俺だったんでしょ?生きてほしいなんて適当で傲慢なことは言わないけどさ、物分かりがいいって解ってる俺に、何の恨みがあって最後の思い出植え付けんのさ。ただの日本に住んでる、どこにでもいる大学生に対して、あんまりでしょ。」


「・・・あんまり・・・何だよ?」


「・・・だから~~酷いじゃん!って意味!」


「酷いのか・・・。俺は自分勝手だぞって忠告したぞ?俺が死んだ後にお前がどう思うかなんて知ったこっちゃねぇよ。勝手に悲しんでろ。つーか言ったろ、名前を検索しなけりゃ死んだ情報を見ることもねぇって。」


「いやいやいや!番組とか観てたら流れてくるかもでしょ!」


「ばんぐ・・・ふ・・・何だよ、朝からケツほられてぇの?」


「Bang Me!じゃない!!newscastだよ!!報道を観てたら自然と耳に入るだろっつってんの!」


「何をそんなに必死になってキレてんだよ。」


「キレてはないけどさぁ・・・・。は~~~・・・・も~~~いいや、馬鹿らしい。」


肩を落としてその場に胡坐をかいてへたり込むと、黎人さんの長い足が、つんつんと俺の頭をつついた。


「じゃあお前が今から好きになった奴に・・・明日会えないか予定を取り付けて、告白したら考え直してもいいぞ。」


「・・・すっげぇ適当なこと言ってんでしょ?」


気だるそうに頬杖をつく彼は、文字通り生気のない目でため息をついた。


「ああ。」


心の中で馬鹿らしさと同時に、特に何でもない友人と話しているような感覚も否めず、黎人さんが本心で死のうと思ってるのかどうかさえわからなくなってくる。


「当ててやろうか。」


頭をポリポリかいていると、徐に彼は言った。


「お前は未練あるんだろ、誰かに。」


「未練・・・?」


「だから、俺を誰かと重ねてるだろ?」


ダメだ・・・。

自分がガキであるが故に、黎人さんの掌で踊らされ続けて、その舞台から降りられないことに気付いた。


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