第25話
渋谷も原宿も、彼の言った通りやっぱり人だらけだった。
黎人さんは背丈もあるし、モデル体型だから若干周りからの視線を集める。
人の多さや声をかけられることに、嫌な顔をするかなぁと思っていたけど、彼は特に機嫌を損ねることもなく、俺がよく行くゲーセンや食べ物屋の屋台に付き合ってくれた。
「・・・黎人さん、美味い?」
タピオカミルクティーのストローを吸い込んで、もぐもぐする彼が、何か似つかわしくなくて笑いをこらえながらいると、彼は眉を上げてからかい返すような表情を見せた。
「ふん・・・特に。普通だな。別に悪くはない。けど水分補給としては不向き。」
「はは、まぁね。てかさぁ・・・・黎人さん俺よりだいぶ大人だからさ、こんな若者の街来てもつまんないでしょ。」
「・・・まぁ正直来るのが初めての場所ではないな。」
「ああ、そうなんだ。」
「仕事で何度かな。」
「・・・黎人さんって・・・外国語の名前が本名?」
気を遣われるのが嫌な様子だったので、気兼ねなく尋ねると、彼は特に顔色を変えずに言った。
「ああ。・・・・母親が日本人とオーストラリア人のハーフで、日本に長く住んでたし、俺も生まれ自体は日本だから、日本人の名前がある。・・・今は国籍がフランスだから、レイス・アルベールが本名。」
「あ~・・・・なるほど~・・・・。モデルとしての名前が、芸名じゃなくて本名なのかぁ。」
目の前を色んな人が通り過ぎていくのを、彼はボーっと眺めながら続けた。
「いつ俺がモデルだと?」
「え・・・あ~・・・その・・・」
適当に取り繕うべきか・・・それとも・・・
「でもあれでしょ?前は会社の連中とクラブに~とか言ってたから、他の仕事も色々やってる感じでしょ。」
「・・・ああ、父親の会社を手伝ってるな。」
「そっかそっかぁ・・・。」
ふと思う。黎人さんは俺みたいな便利に使える奴が、各国にいるんだろうか。
「ねぇ・・・」
「あ?」
「黎人さん、もう日本での仕事全部済んじゃった?」
「・・・そうだな。」
「そっかぁ。・・・何でわざわざ連絡くれたの?」
雑踏の中、周りのあらゆる音がうるさくて、返事を聞き逃しやしないか心配だった。
黎人さんはしばし俺にじっと視線を合わせて、またふいっと前を向いて言った。
「気晴らし。・・・自分のことを何にも知らない相手と過ごした方が、何も考えなくて済むだろ?」
「・・・あ~そうだね!」
黎人さんはまたふっと落とすように笑った。
それ以上の質疑応答が、いかに愚問かとわからせるには十分な返答だった。
その後黎人さんの希望で表参道に出向いて、いくつか高級なブランド店に入り、一緒に服を物色していた。
けどその風貌で関係者にはバレてしまうのか、店員に畏まって声をかけられることがあり、その都度彼は「今はプライベートだから」と適当にあしらっていた。
「理人、お前寒くねぇか?」
バッチリ真冬仕様の暖かそうなロングコートを着ていた彼は、俺のジャケットをつまんで言った。
「あ~・・・はい。」
「ふ・・・若いからって油断してると体調崩すぞ?」
店内をつかつか歩いて、黎人さんは一つ目についたコートをパッと手に取って戻ってきた。
「ん、これ着てみろ。」
言われるがままに、羽織って見せると、半歩下がって俺の頭からつま先まで眺めた。
そして黎人さんはもう一着コートを取ってきて、俺に当てがった。
「ん~・・・こっちだな。」
「え~?俺こんな高級ブランド買えない・・・」
俺が脱いだ一着を手に取って、俺が言い終わるのを待たず、彼は決めた方をさっと会計に持って行った。
その自然な流れをキョトンと眺めていたけど、ハッとなって思わず駆け寄った。
「いやいやいや、買おうとしてる?」
「あ?いらねぇの?」
「いや・・・まぁ・・・防寒性はバッチリかと思うけど・・・」
「ならいいだろ、似合ってんだし。」
そう言いつつスッとブラックカードを取り出して店員に渡す彼を、これ以上止めるのが不躾であるような気がして、何も言えなくなった。
無事会計を終えて値札を切ってもらったそれを、彼は広げて持って促した。
恥ずかしく思いながら腕を通して、あったけ~~と思いながらポケットに手を入れると、黎人さんが回り込んでまた俺をじっと眺めた。
「ん・・・。チャラい格好よりシンプルな方が似合うな。」
金色の髪の毛をかきあげて、爽やかに微笑む姿に思わず見惚れてしまう。
「あ~・・・・・あ~~~・・・・りがとうございます・・・・。」
「?なんだよ?」
その後カフェで持ち帰りのコーヒーを買ってしばらく歩いていたけど、黎人さんは「そろそろ帰るか。」と短く述べて、スマホでタクシーを呼んだ。
しばらくして目の前に着いて乗り込み、彼が泊まっているホテルの前まで戻った。
高級そうな大きなホテルの一階フロアは、食事が出来るスペースまでめちゃくちゃ広くて、煌びやかなシャンデリアまで吊り下げられていた。
はぁ~と周りを見渡してボケっとしていると、エレベーターに乗り込む前に、黎人さんはスマホを取り出して電話に出た。
手短に通話を終えた黎人さんは、「行くぞ。」と声をかけてエレベーターに乗りこむ。
スイートルームらしい辿り着いた部屋は、またもや目を奪られる程の豪華っぷりで、何だかもういちいち驚くのも飽きてきたくらいだ。
けど黎人さんはギラギラした高そうな家具だとか、高そうなワインだとか、そういうものには興味がないらしく、以前会った時を思い出させるように、ぶっきらぼうにベッドに腰かけた。
リビングもキッチンも寝室も、バスルーム以外は全てが広々と繋がっている部屋で、彼は何でもないようにまた電子煙草を咥えた。
しばしどこに座ろうかと辺りを見渡していると、黎人さんは手招きした。
鞄を上品なソファに置いて隣に腰かけると、また彼はボーっと遠い目をして言った。
「理人・・・」
「ん?」
「何でわざわざ連絡してきたんだって聞いたよな・・・。」
「おん・・・」
「何も詮索してこないところとか、絶妙に推し量る物分かりの良さだとか・・・結局そういうのが楽だから呼びつけたんだ。」
「・・・そっかぁ・・・。俺はあれだよ・・・黎人さんみたいなイケメンに誘ってもらえて、鼻の下伸ばしてるだけだよ?」
「ふ・・・そういう下らないところも嫌いじゃない。」
「はは・・・褒められてないなぁ。」
黎人さんは何やら、終始どうでもいい会話がちょうどいいと言わんばかりで、何かに疲れてる様子だった。
けどそれを語らせたり解ろうと探るのは、余りにもエゴでしかない。
「俺は・・・都合よく理人を扱っても、いずれ何か返してやろうなんて思考にはならないし、いい加減な奴だとは言っておく。」
「・・・ん~・・・ホントにいい加減な人はたぶんそういう忠告しないけどなぁ・・・。まぁいいよ、俺は別に関わった見返りとか求めるつもりないし。」
黎人さんはまた仕方ない奴だな、と言いたげな笑みをこぼした。
「だろうな・・・。」
まだ日も傾いていない明るさが、これでもかと大きい窓から彼を照らしていて、同じく高くそびえる高層ビルしか景色としては見えないけど、黎人さんは脇にあるスイッチを手に取ってカーテンを引いた。
初めてクラブで顔を見た時は、嘘みたいに明るい表情で、楽しそうに酒を飲みながら笑っていたのを思い出して口をこぼした。
「黎人さんって・・・昼間より夜の方が好き?」
スイッチを手に持ったまま、ゆっくり視線を返す彼は、静かな空間の中でわずかに口元をゆがめた。
「ふ・・・そうだな・・・・。落ち着くんだ、暗い方が。」
そう言って気を取り直すように煙草の煙を吐き出して、ランプテーブルに置いたかと思うと、ピッと片手でスイッチを押して、辺りの照明を落とした。
そのまま綺麗な顔が近づいたかと思うと、瞬きもしないうちに黎人さんの唇の感触がした。
「・・・見えてるエロさと、見えないエロさだったら、理人はどっちが好き」
「そりゃどっちもでしょ!」
「はは!元気だなぁお前は。」
黎人さんのそのあっけらかんと笑った顔が、暗くてよく見えなくて惜しいと思った。
そのままあの時みたいに、リードされるまま体を重ねて、される側が久々なこともあって痛かったけど、察して優しくしてくれる黎人さんが、どんどん愛おしくなってしまう。
行為中、その表情が暗闇で良く見えなくてよかったとさえ思った。
この人は相手を沼らせるのが上手い人だ。最初に会った時から解ってたけど。
けど黎人さんに悪意は一切ない。
むしろ自分に未練を持たないように、会話を多くしなかったり、口説き落とそうとか、甘い言葉は囁かない。
きっと今まで黎人さんのその持ち合わせている容姿や権力だけで、色んな人が手に入ってきたからだろうと思う。
そんでもって相変わらず最高のエッチをした後、黎人さんは夕食のルームサービスで、高そうな極上肉のステーキを食わせてくれた。
ついでにワインも開けてくれて美味しかったけど、本人は多少詳しい風なのに、無駄に語らず、というかめんどくさそうで、目の前で調理してくれたシェフとうんちくソムリエを、煙たそうに追い出した。
「うんまぁ~い♪黎人さんもう食べねぇの?」
すっかりしょっぱなの緊張を忘れた俺は、彼が半分残した皿を眺めた。
「ん?・・・ああ・・・ほら、やるよ。いっぱい食って大きくなれよ。」
「え?いいの?ありがとう・・・。」
目の前の黎人さんは、ワイングラスを傾けて口に運ぶ姿が何とも優美で、整った顔立ちがマネキンみたいで、ついでに白い肌は陶器みたいにつやつやだ。
「・・・黎人さん俺さぁ・・・」
「・・・・」
視線を返すだけの彼に、揺れ動いてる気持ちを悟られないように努めた。
「最近好きな子が出来てさ・・・」
「・・・ほう。」
「んでもすっごい純粋無垢で、人付き合いとか慣れてなさそうで・・・俺のこと好きにならなさそうなタイプの子でさぁ・・・」
「・・・お前も純粋無垢だと思うけどな。」
淡々と言う黎人さんは、何だかさっきまでの雰囲気とは打って変わって、俺の心の奥底を見透かそうとした水色だった。




