第24話
思わず口をついて出た名前に、ハッとなったけど、疲れた様子の母は欠伸をしながら自室へと戻って行った。
とりあえず安堵して改めて手に取った見本誌を眺める。
落ち着け・・・
ただものじゃないと思ってたけど・・・黎人さんモデルだったんか・・・
・・・ん~・・・
雑誌の中身をパラパラめくって見るも、何だか現実感がなかった。
プロの表情なんだろうし、会って話していた印象とは違う。当たり前か・・・
「黎人」という日本人名を名乗っていたけど、モデルとしては「ReisAlbert」というらしい。
もしくはこっちが本名かも?・・・絶対覚えられん・・・
特集されていたモデルとしての彼は、海外での活躍や各国でのショーでの経験を語り、今後の活動について言及していたりもしたけど、正直俺にはどうでもよかった。
連絡先を交換しているものの、もう俺の事忘れているだろうなぁ・・・
ま・・・いっか・・・
俺も疲労していたので、一つ欠伸をして考えることを辞め、その日はベッドに入った瞬間にぐっすりだった。
あっという間に朝が来て、アラームじゃないコール音で目が覚めた。
「んあ~~~・・・・今日土曜だよな~・・・?」
寝ぼけながらスマホを取って、灯くんあたりかな?と半分開いた目で画面を見ると、ドクン!と心臓が揺れた。
反射的に飛び起きた体が掛布団を跳ねさせて、その後ようやく慌てて動き出した心臓が、体中に血液を循環させ始めた。
「えっ・・・は!?え??」
いつまでもコールを鳴らさせるわけにもいかないので、ゴグリと一つ息を飲んで画面をタップした。
「もしもし・・・?」
「・・・おう、俺だけど」
「・・・えっと~・・・」
「・・・ふ・・・名前登録してんだからわかんだろ・・・。それとも既に番号消してたか?」
「いやいや・・・んなわけないじゃん・・・。ビックリしたんだって・・・」
「あっそ。・・・お前寝起き?」
「・・・そうだよ、え・・・時間確認してないけど何時?」
「9時すぎ。昼以降空いてたらホテル来いよ。」
「え?ホテル?」
「今滞在中のホテル。中で飯食ってもいいし、どっか行きたかったら夜飯行くか?」
働かない頭で一生懸命思案したけど、働かないもんは働かない。
「あ~・・・うん・・・。暇だからいつでもいいけど、何時に行けばいい?」
友達に誘われた普通のノリで了承した後、14時にと待ち合わせ場所を指定された。
黎人さんは少し観光目的で歩きたいと、俺を案内役に指名した。
終始話を合わせて通話を切り、寝ぼけた頭がさっさと働きだすためにベッドから足を出す。
たまたまバイトがなかったからよかったけど、タイムリーな誘いにフワフワした感覚が否めなくて、ソワソワとベッドの周りを歩き回った。
とりあえず身支度を整えて、ソファに座ってボーっとテレビを眺めている間に時間は経過して、手元のコーヒーは冷めて、お腹もすいてきたので適当なブランチを食べた。
そのうち母が起きてきて、同じくコーヒーを淹れながら言った。
「今日出かけるの?理人。」
「へ・・・あ~うん。」
「そう・・・。デート?」
「んぐっ・・・!ゲホ・・・ケホ・・・」
思いもよらぬ質問に飲みこもうとしたコーヒーでむせると、母は意表をつかれたという表情をしながら見つめ返した。
「大丈夫?」
「ん・・・うん。」
デート・・・・・なんか・・・なぁ?
いや・・・ていうか母さんからしたら仕事相手だよな・・・黎人さん・・・
知ってる上で会って・・・まぁ・・・でもバレやしないか?
別に会って食事をするくらい普通の付き合いだし、なんら悪いことではないにしろ
なんか妙に後ろめたい気持ちになる。
まぁ・・・正直黎人さんがどういう意図で俺を誘ったのか気になってるけど・・・
特に理由ないんだろうなぁとも思うし・・・
昨日の疲れを持ちこしてるのか、浮かれた気分にもならないし、めんどくさいという程の倦怠感もない。
複雑な気持ちを抱えながら、約束の時間に遅れないように余裕をもって家を出て、彼が滞在しているというホテルの最寄り駅前まで向かった。
都会のビジネスホテル街は、まるで近未来の都市のようで、どこを見ても高いビルとホテルに囲まれている。
何だか場違いだなぁと息をついて、黎人さんと食事ならと、チャラい若者の格好よりも、シックな装いの方がいいだろうかと、滅多に着ないテーラードジャケットなんかを羽織っていた。
んでも真冬だし・・・若干寒い。
昼間の明るい時間帯でも閑静な駅前でも人はまばらで、スーツを着たビジネスマンがちらほら目の前を通ったり、大きな道路にはタクシーが行き交う。
そしてふと、コツコツと心地のいい靴音がして顔を上げた。
「・・・よぅ、久しぶり・・・でもねぇか。」
電子タバコ片手に、ふーっと息を吐き出して、色付きサングラスをかけた黎人さんが目の前に現れた。
「いや、ビジュ・・・ビジュつよ・・・。はぁ・・・」
思わず感嘆のため息が漏れて目を逸らせると、黎人さんは近距離に寄って、小さな頭を傾けて俺を覗き込んだ。
「・・・お前なんか痩せた?」
相変わらず外国人だと感じさせない自然な日本語で、予想しえない第一声に、どう答えたもんかと悩んだ。
体重の増減なんて気にしたことないけど、モデルである彼にとっては体形の変化に敏感なのかもしれない。
「や~・・・・せたかもね?」
「ふん・・・何で?ダイエットか?」
「え~?別にそんなつもりないよ。あんま意識して生活してないからかな。」
「ふぅん・・・?」
軽率な物言いだったか?
特に顔色を変えずにまた煙草を咥える彼は、あの時とは違って、俺に煙がかからないように横を向いて吐き出した。
「えっと~・・・んで、観光したいっつってたけど、黎人さんどこ行きたいの?」
「ん~・・・仕事で東京来ることがあっても、所謂観光地であるお台場とか、浅草に行ったことなくてな。理人的にはどう思う?」
「どう・・・。ん~・・・めっちゃ人が多いイメージかな・・・。それこそ外国人の観光客が山ほど来てるだろうから。」
「ふぅん・・・」
黎人さんはじっと見降ろしながら俺の目を見つめて、何か代替案を考えてる様子だった。
「・・・つーかお前何気ぃ遣ってんだよ今更。」
俺のたどたどしい態度に違和感を覚えたのか、薄ら笑いを浮かべてそんなことを言うもんだから、また呆気にとられた。
「え?・・・え~・・・」
「あ~・・・あれか、俺が芸能人だって最近知ったのか?」
「まぁ・・・」
「・・・んで?」
「え?」
「関わりたくないけど断りづらくて来たって感じか?」
「いやいや、別に関わりたくないとかはないよ。失礼なこと言わないようにしなきゃなぁとは思ってるけど。」
「はぁ?・・・・くく・・・お前マジで出会った時から面白いな・・・」
柔らかい笑顔にちょっと安堵してると、黎人さんは俺の腕を掴んで駅の中へと歩き出した。
「東京なんて結局どこ行っても人だらけだろ?」
「まぁそうね。」
「んならどこでもいい。理人が普段遊びまわってるとこ案内して。」
相変わらず綺麗な青い瞳がサングラスの上から覗いて、少しだけワクワクしてくる気持ちを抑えながら頷いた。