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第23話

23時を過ぎた頃、再び母からメッセージが入ったので、ソファから腰を上げて家を出た。

鍵とスマホをポケットに入れて、手ぶらの状態で向かうことにした。


たぶん荷物持ち説当たってるかなぁ


本日三度目の電車に乗り込み、街頭や住宅の灯りがちらほら見えるだけの真っ暗闇の窓の外は、だんだんと明るいビルが並び始める。

規則的な走行音に揺られて、少し眠気を覚えたけど、何とか振り切ってスマホを眺めて時間を潰した。

人もまばらな終電近い車両は、働き疲れたサラリーマンたちを運び終わった匂いすら感じる。

やがて目的の駅へと着きそうになると、広いホームの奥にオフィス街が見えて、数年経てば自分も、いずれああやって残業してる光の一部になるんだと、何となく思った。


滅多に降り立ったことないホームを抜けて、母のメッセを頼りに指定された番号の出口から出てみると、ビルが立ち並ぶ反対方面に目的地があるようだった。

飲み屋の前まで来なくてもいいとのことだったので、近くのタクシー乗り場まで向かうと、母らしき人影と、会社の人であろう男性と二人で居るのが見えた。

近づいていくと、どうやら男性は酔いが回っている様子で、母にタクシーに乗るよう言われながらグダを巻いていた。


「・・・母さん、来たよ。」


介抱させられて気付かない母に声をかけると、二人とも同時にこちらを見て、母は安心したような苦笑いを浮かべた。


「え・・・・母さん・・・・?えっ・・・武井さんこんな大きいお子さんいるんですか!?」


久々に浴びせられた驚きの言葉に、若干反応に困っていると、男性は続けて言った。


「え~・・・あれですか?前の旦那さんの連れ子とか・・・?いずれにしても全然アラフォーのシンママに見えないですよね~。」


「・・・前田くん、はい、タクシー代。それだけ話せるなら問題ないわね。」


「え~問題はないですけどぉ・・・。え、息子くん、お母さん家に彼氏とか連れてきたりする?」


あ~・・・何でわざわざ呼ばれたのかと思ったけど・・・こういうことかぁ・・・


つまり恐らく母は、後輩らしきこいつにしつこく言い寄られてるパターンで、息子の存在を目の当たりにさせれば、さすがに諦めがつくだろうと踏んだんだ。

しかし発言からして、諦めるという思考には至ってなさそう・・・というか酔ってるだけの戯言の可能性もあるけど、どちらにしても母さんは迷惑してるんだろうな。


わずか2秒程でその考えに至って、どう言葉を選ぶべきかと思案した。


「え~・・・と、彼氏とかは連れてきたことないっすけど・・・。」


「え~?そうなの?武井さんもったいないっすよぉ!美人で仕事も出来る有能副編集長なのに~。是非デートくらい考えてほしいです!」


「そうね、ありがとう。前田くんとデートすることはないけど、とりあえず酔いも覚めてないみたいだし、今日の所は帰りましょうね。」


近くで待機しているタクシーに声をかけに行った母をしり目に、千鳥足な男性はこっそり俺に問いかけた。


「ねぇねぇ息子くんさ・・・武井さんと親子関係で合ってる?」


「・・・はぁ・・・そうですけど・・・」


「え~・・・武井さん美人だしさ、ワンチャン君が彼氏なんじゃないかと思ったんだよね、違うの?」


「んなわけ・・・」


呆れて嘲笑が漏れたけど、再び戻ってきた母の疲れ切った表情を見て、咄嗟に機転を利かせた。


「・・・俺そもそもゲイなんですよ。」


「へ?」


「だから女性にまったく興味ないんで・・・前田さんがよければ、母さんじゃなくて俺とデートしてくださいよ。」


自分より若干背の低い彼を、覗き込むように色目を使って見せると、案の定そいつは頬をひきつらせた。


「え・・・え~?冗談きついな~。」


「そっすか?全然セフレからでもいいっすよ?俺うまいんで、初めてでも大丈夫っすよ。」


不思議そうにする母を放って置いて話を進めて、もう一押しとばかりに続けた。


「連絡先交換しません?大学生なんでいくらでも都合つけますよ。」


スマホをポケットから出して言うと、前田さんと呼ばれていたそいつは、すっかりシラフに戻った顔で、よくわからない断り文句を垂れながら素早くタクシーに乗り込んで行った。

残された母はポカンと彼を見送って、肩に荷物を背負い直した。


「・・・理人・・・ごめんなさいね。」


「別に~?デリカシーない若者に口説かれて散々だったねぇ。」


母さんは苦笑して諦めたようなため息をついた。


その後二人して帰路についていると、終電前の車内で隣に座っていた母が、疲れのあまりうつらうつらしだした。

車内は空いていたけど、反対側に頭が傾きそうになったので、さっと肩を掴んでこちらにもたれさせた。

するとはたと気が付いたように目を覚ました母は、膝の上に置いた袋をぎゅっと持ち直した。


「・・・それ、何持ってんの?重いなら持つよ。」


「ああ・・大丈夫よ。見本誌なの。」


透けた袋の上からは、ボヤっと男性が表紙を飾っている姿しかわからず、「ふぅん」と返事をした。

その後母が再び寝ないようにか、他愛ない話を振ってきたので、そつなく答えていると、あっという間に最寄り駅に辿り着いた。


家に着くとどっと一日の疲れを感じて、上着を脱ぎながらどかっとソファに腰かけた。

目の前に置かれた袋が気になって、キッチンでお茶を飲む母に問いかけた。


「ね、さっきの見本誌・・・ちょろっと見てもいい?」


「・・・あら、珍しいね、ファッション誌気になるの?」


「え~?これでもそこそこ気ぃ遣う方ですけど~。」


「そうなの?ふふ・・・。別にいいわよ。もう撮影済んで、撮り直しない予定だけど・・・。海外から来てくれた方でね、パリコレとか・・・大きいショーに出てる本場の人で、若者が読むようなライトな内容じゃないかもしれないけど。」


母の説明を聞きながら「ふぅん」と言いつつ、袋からそれを取り出した。


「・・・え・・・黎人さ・・・」


黒のロングコートを着てポーズを取り、こちらを睨むように表紙に飾られていたのは、明らかにあの時一夜を共にした、黎人さんだった。


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