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第2話

少年とマンションのエレベーターに乗り込みながら、俺はふと疑問に思ったことを問いかけた。


「ねぇねぇ、さっきなんでわざわざ公園で声かけてくれたの?」


自分よりだいぶ小柄な彼に、少々腰を折りながら尋ねると、前髪からわずかに覗く大きな目がこちらを見て、答えに困ったように視線を泳がせる。


「えと・・・・本当に具合が悪いなら、助けが必要かなと思ったくらいで・・・」


「・・・ふぅん・・・そっか。・・・・いやね?普通に君くらいの学生がさ、知らない人を心配して声かけるって、あんまないことだろうなぁと思ったからさ」


少年の部屋がある階層にエレベーターが到着して、俺は中途半端になった会話を無理やり区切ることにした。


「気遣ってくれてありがとね。ちょっと精神的に疲れてたから、声かけてもらえて嬉しかったよ。」


そう言うと少年はホッとしたような笑みを落として、また「失礼します」と頭を下げて降りていった。


扉が静かに閉まって、また自分の階層までエレベーターは静かに上昇していく。


俺はいつも大抵・・・好きになる相手は一目惚れなことがほとんどだった。

インスピレーションが働くというか、急激に惹かれた相手を一生懸命追いかけてしまうタイプ。


ん~・・・さっきの少年は可愛いっちゃ可愛いけど・・・ズキューン!とはこなかったなぁ


偶然同じマンションに住んでるだなんて、漫画だったらこれきっかけで急激に惹かれ合う展開だ。


でもなぁ・・・・・・

いや、そもそもそんなまごまごと贅沢なこと言ってるから、いつまで経ってもいい関係の人が出来ないのでは?

よし・・・こうしよう。

また別の機会にもし、少年と会うことがあったら、名前を聞いて、連絡先も聞こう。

そんでゲイだってことも話して、そういう対象として俺はありかなしかも聞こう。

手っ取り早くいくんだ。ちまちま関係値なんて積んでられない。

こちとら悠長に恋愛シュミレーションゲームやってるわけじゃないんだ。


自宅の前に着いて、取り出した鍵をガチャリと勢いよく回した。


「目指せ、イチャイチャクリスマスだ。」


目的と希望を持ちながら、その日も一人、遅くに帰宅する母を待ちながら課題をこなした。

夕方になれば適当に夕飯の準備をして、多く作り過ぎた分をタッパーに詰める。

すると徐にスマホが鳴って、エプロンを解いて充電器に繋がれたそれを手に取り、ベッドに腰かけた。


「もしもし~?」

「あ、理人~おつ~」

「おつかれ、どした~」


何でもない大学の友人からの暇電だった。

適当に会話をしているうちに時間が経って、そのうちガチャリと玄関ドアが開く音がした。

電話を切り上げるタイミングを逃して、ただいま~と部屋の向こうから母の声が聞こえる。


「んじゃもう切るわ、飯食うし・・・じゃね~」


ほとんど聞き流していた会話を無理やり終わらせて、リビングへと戻った。


「おかえり。」


「ただいまぁ。・・・」


母は少し俺の様子を窺うようにじっと見て、着替えるために寝室に歩いて行った。


「?なに?」


もうすっかり自分と比べて小さく感じる母の背中に問いかけると、何気ないいつもの調子で言った。


「ん~ん。彼女と電話でもしてたのかなぁと思ってね」


「ふ・・・・・彼女なんていません。」


ハタチで俺を産んだ母さんは、今年で39歳。

雑誌の編集者の仕事をしていて、時期によっては多忙を極める生活を送っている。

つっても息子からしたらそこまで老けてるようには見えないし、美人な母だと思う。


「・・・母さんこそいい人いないの。」


おかずを温め直すために再びキッチンに立っていると、母も部屋着に着替えて、スリッパを履いて戻って来た。


「ふふ、いい人ねぇ・・・どうかしら。」


「・・・もう息子も成人年齢だし、別に好きな人と一緒になったらいいんでね~の?」


母は仕事も出来るし人当たりもいい人なのは見て取れる。

周りに頼りにされているようだし、先輩後輩を年末年始に招いて食事をしたりもする。

会社の人も同じく俺を可愛がってくれていて、毎年お年玉をくれるくらい世話になってるもんだ。

そんな会社の人たちの中で、上司部下問わず、俺に母の好みを聞いてきたり、父親がほしいと思うことはないかとか、不躾に聞いて来た連中もいた。

別に俺はそれに対して嫌な思いをしたわけじゃないし、皆基本的に優しい大人たちなので、無難な返答をしてきたが、実際母がいい仲になったかどうかなんて知らないし、そもそもそんな気配を俺に感じさせたりはしない。

徹底して隠しているのか、それとも興味がないのか・・・はたまた好みの男性が社内にいないだけなのか。


そんな風に不思議に思っている息子をよそに、母さんはまた話を適当に逸らせて、俺が作ったおかずを美味しいと言いながらつまみ食いした。


「中高生の頃は、何だか色々しんどそうだったじゃない。大学生活は順風満帆?」


母なりに俺を心配してか、向かい合ってテーブルについた時には、いつもこっちの話ばかりだ。


「ん~・・・まぁ普通かな。支障ないよ。」


「支障ねぇ・・・」


「・・・なに、もっと内容ある話聞きたいの?」


母はおかずを頬張ってもぐもぐさせながら、少し仕事の疲れが見える眼差しで、俺をじっと見据えていた。


「・・・ホントに理人は私に似てるわねぇ。」


「・・・そ?」


「理人の『理』ってことわりって読むでしょ?賢い子になってくれたら嬉しいなと思ったの。」


「ええ、存じてますよ、何回も聞いたし。」


「・・・でもちょっと賢い子になり過ぎちゃったのかなぁ。」


母は優しい笑みを落としながら、お茶が入ったコップに口をつける。


「・・・母さん」


「なあに?」


「俺さぁ・・・ゲイなんだよ。」


「・・・・」


俺の一言に、一瞬母の表情は停止したけど、コクリと頷いた。


「そうなのね。もしかしたらそうなのかなって思ってた。」


「ん・・・まぁ・・・別にだからどうってわけじゃないし・・・。カミングアウトしなきゃとか、重荷に感じてたわけでもないんだよ。ただたぶん結婚して孫の顔見せるとかは、無理かなぁくらいで。」


「ふふ、何それ・・・そんなことまで考えてたの?」


母は笑みを漏らして、目じりにしわを寄せた。


「そんなこと理人の自由じゃない。私が好きなように生きてきた人間だもん。あんたも好きになさい。」


「・・・言うと思ったぁ」


母さんはこういう人だ。

俺が悩んで苦しんでたことも、きっと何となく察してた時はあっただろう。

けど俺が泣きついたりしないから、見守ってただけだった。

同時に仕事人間だから、自分が好きなように生きてることを自覚しながら、俺には出来るだけ好きなように、干渉し過ぎずいてくれた。


父親がいないからとか、母子家庭だからとか、そういう事情は家庭内じゃなく、周りの現実世界から不自由を押し付けられるもので、俺たち親子は何らそれを障害だと思って生きていない。


「人生色々ですよねぇ~」


「・・・理人はでも、女の子にモテるんじゃない?」


「ん~モテちゃうこともあるなぁ。んでも・・・そういうのは相手の時間が無駄になるだけだから、丁重にお断りするよ。」


「そう。・・・私はね・・・お付き合いとか再婚とか、考えてないの。」


急に断言しだした母に、思わず視線を返すだけで、正しい返答が何かわからない。


「・・・なんで~?」


「・・・何でかな。気が向かないのよ。・・・理人の父親に当たる人と、なんやかんやお付き合いしてたあの時期が、一番楽しかったのかもしれない。だからね・・・もしこれからお付き合いしたり、結婚を考えたりすると、あの人のことを思い出しちゃうのよ。そういうのがしんどいの。面倒なのよ。」


「あ~・・・・ほ~~・・・・そっかぁ・・・・。ま、母さんがいいなら全然いい。」


先々月の大学の学祭で

俺はその父親に当たるその人と、面と向かって会話をした。

偶然学祭に来ることになった父は、俺が息子だなんて知らないし、恐らく俺が幼い頃の姿しか、写真で見たことないだろう。

産まれてから一度も会ったことなかったその人と、対峙して会話したことは、母に話していない。


母と俺に向き合わず、自分の人生を選んだ人だ。

その事実だけは変わらないので、関係性が変わることを望んでいなかったし、恨んでいるわけでもない。

恨みが湧くほど相手を知らない。母さんが話さないから。

俺が分かるのは、きっと話したくないんだろうなぁということだけ。

だから聞かない。

けど・・・俺の中で、桐谷先輩に言われた一言が、何となくつっかえていた。


『じゃあ何で父親の背中を追ってる』


「・・・わかんないなぁ・・・。」


「?何が?」


「ん~ん、何でもない。」


十分幸せな日常を過ごしながら、俺は少しずつ渇きを覚えていた。


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