第19話
「あれ?芹沢くん・・・・奇遇だね。」
呆然と立ち尽くす彼は、ハッとなってペコっと腰を折った。
「こ、こんばんは。」
「・・・こんばんは。」
灯くんが挨拶を返して、チラっと俺を見上げる。
「あ、同じマンションの子。ほら、昨日ちょっと話した子。」
俺が平然と説明すると、灯くんまで表情を固まらせた。
あ・・・・やっべ・・・・
灯くんからしたら恋敵になることに、紹介した後に気付いてしまった。
芹沢くんは何に動揺しているのか、気まずそうにしながら、俺と灯くんを交互に見つめた。
「理人・・・食事はまたにしよっか。」
「え??なんで・・・」
「高校生がこんな暗い中、一人で帰ってたら心配だし、送ってあげなよ。」
何でもなく大人な笑顔を向ける灯くんに、更に気付くのが遅れて「まずい・・・」と思った。
俺が口を開くよりも先に、芹沢くんはパッと声を上げた。
「い、いえ!!結構です、すみませんお邪魔して・・・。大丈夫です、お気遣いありがとうございます。」
そのまま俺に何かを言わせる隙も与えず、去って行ってしまう背中を、引き留めるに引き留められない。
「理人、追いかけて。」
「え・・・・いや・・・・」
俺はまた灯くんを傷つける
流石に馬鹿な俺でもわかった。
「躊躇ってくれただけで嬉しいよ、ありがとう。・・・フラれたら戻って来てくれるんでしょ?俺の忠犬なら、言うこと聞いて・・・」
「・・・・・わかった。」
あ~~も~~俺はアホか~~
何をどうするのが正解かわからないまま、言われた通り踵を返して小さな背中を追った。
「芹沢くん、待って!」
灯くんを振り返ったらまた足を止めてしまう気がして、小走りに駆ける芹沢くんをただ追いかけた。
意外と距離が縮まらなくて、ついにもどかしくなったので、一つ息をついて全速力で走った。
これでも運動神経はある方なので、あっという間に彼の肩をポンっと捕まえた。
「はい、アウト~~!はぁ・・・・はぁ・・・まだ追いかけっこする?・・・・・はぁ・・・いや、夜道でそれは危ないか・・・」
近所のコンビニ前に一気について、芹沢くんは肩で息をしながら申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい・・・」
「・・・ん~?なんで謝んの?」
「・・・・一緒にいたお兄さんとの時間・・・邪魔しちゃったから・・・」
「ふふ・・・だいじょぶだって。」
若干汗をかいた髪の毛をかき上げると、芹沢くんはじっと俺の機嫌を窺うように見つめ返した。
「・・どうしたぁ?」
「・・・えと・・・・・な、何でもない。」
「ふふ・・・・」
また視線を落とす彼の小さな頭を、そっと撫でてみる。
「俺は何で追いかけて来たでしょうか。」
「・・・・何で?」
「芹沢くんのことが気になって仕方ないからぁ。」
「気になる・・・・?」
「だって・・・俺と一緒にいても、誰かを思い出したりしてるでしょ?」
芹沢くんは弱々しい目から、次第に青ざめるような表情に変わった。
「あ~好きだった人と重ねたりしてんのかなぁって、最近気づいたけどさ・・・でも芹沢くんは、俺に対して、ちゃんと中身を知りたいって言ってくれたじゃん。俺だってそうだよ、芹沢くんが誰を思い出していようが、どういう気持ちなのか知りたいだけだよ。・・・だからね~?正直に何でも言っていいんだよ。友達でしょ?」
我ながらさっきまで灯くんとデート感覚でウキウキだったのに、よく舌が回るもんだと思った。
「・・・・・うん・・・」
そっと彼の背中を押して、マンションの方へまた歩いた。
しばらく黙っていたけど、芹沢くんはポツリポツリとこぼし始めた。
「あの・・・あのお兄さんはその・・・・理人くんの・・・恋人?」
「んえ~?ふふ・・・親戚のお兄さんだね。」
「そうなんだ・・・。」
「・・・んでもその~・・・セフレっぽい感じになってたぁ・・・かな。もうそういうことはしないかもしんないけど。」
「・・・そうなんだ・・・」
「・・・聞きたいこと他にある~?」
横断歩道の前で、腰を折って芹沢くんの顔を覗き込むと、真っすぐ返ってくる視線が、俺の本心を探ろうとしている気がした。
「・・・理人くんと一緒に居た時に・・・他の人の事考えちゃってごめんなさい・・・。」
「ふふ・・・別にいいんじゃない?恋人関係じゃないんだから、俺文句言う立場じゃないしさ。むしろその思い出してた人の話、俺は聞きたいけどね。」
青信号をゆっくり一緒に渡りながら、マンションのエントランスが見えてきて近づくと、残念な気持ちになってくる。
「・・・うん・・・。あの・・・今度話すタイミングがあれば・・・」
「・・・今度はいつデート出来る~?♪」
ぐいぐい行くのはあれかなぁとは思っていたけど、何とももどかしくて気持ちは急いた。
すると意外にも彼は嬉しそうに顔を上げて、もじもじしながらスマホを開いた。
あ~~・・・どうしよ~~今日も可愛い~~~
その時しっかり自分の中で、この子と付き合いたいなぁという気持ちが湧いた。
けど今告白してもフラれる気がすんなぁ~
よし・・・芹沢くんとは時間をかけてでも、ちょっとずつ仲良くなろう。
この子の理想の相手が「優しすぎない人」なら、ちゃんと友達として人間同士仲良くなれた時、認められるかどうか決まるはずだ。
「・・・俺気が短いからなぁ・・・」
スマホでスケジュールを確認している彼が、またパッと俺を見上げて不安そうな表情をした。
「あ、いや、何でもない。」
「え、えと・・・またわかってから連絡してもいい・・・?」
俺の妙な独り言のせいで、少し怯えていることに気付いて付け加えた。
「んふふ、違うから、キレやすい宣言したわけじゃないからね?ほらあの~~・・・可愛い子にはすぐ手ぇ出しちゃうダメ男だからなぁって話で~・・・」
いや、これもだいぶ印象悪くなるか・・・?
俺が言いまわしに困っていると、俺より背の低い芹沢くんは見上げたまま、クスクス笑って甘えるような表情を返した。
俺と違ってそういう態度は天然で行われてるもので、あざとさがないと思うと末恐ろしい。
結局その日はそのまま二人でマンションに帰り、灯くんからは後々メッセージが届いた。
「昨日は大丈夫だった?」と様子を窺う内容で、問題ない旨を伝えた。
それから俺は、灯くんにお礼の文章を送った。
今までいい加減な言動で気持ちを振り回してしまったことを詫びてから、
俺のことを考えて優しく接し続けてくれたこと、
俺の気持ちや意志を尊重してくれたこと、
家族としてこれからも大事に関わっていきたいことも含めて、伝えきれない感謝をしていると綴った。
本来ならそんなこと送るのはガラじゃない。
けど俺は、間違いなく灯くんが幼い頃から心の拠り所だった。
片親で朝から晩まで日々働く母に、心配をかけたくなくて、いつでも陽気に振舞っていた俺を、解ってくれていたのは誰よりも灯くんで
母親を独りぼっちで待つということは、ほとんどなかったんだ。
それがどれ程俺や母にとってありがたいことだったか、大人になりつつある今になるとわかる。
メッセージを送った後、ボーっとテレビを眺めてソファにだらけていると、また通知音が俺の意識を引き戻した。
灯くんからのメッセージを開くと、「理人が元気でいることが、俺たちへの恩返しだから、立派な社会人にならなくてもいいから、心身ともに元気でいてほしい。」
と綴られていた。
「・・・・・あ~~~~~~~~~・・・・俺あれかなぁ・・・・・灯くんの母性に惹かれてたんかなぁ~~?」
大きな独り言をリビングに響かせて、俺も灯くんに対して同じように思ってる!と返信をしておいた。
そしてふと思う。
芹沢くんも同じく母子家庭なわけだけど、お母さんが看護師ともなれば昼も働くだろうし、当然夜勤もあるだろう。
となると日によって彼は、家で一人切りの時が多かったりするんだろうか・・・。
でももう高校生だし、独りぼっちで寂しい、なんて年頃じゃないか?
頭の中で、どうにかもっと一緒にいる時間を設けられないだろうかと、画策していた。