第18話
とっくに日が暮れて18時を回って、お腹が空き始めてた。
灯くんが俺のうちに来てくれたのは実は初めてで、自室に招き入れたのももちろん初めて。
俺はいつだって幼い頃から、彼のうちへ押しかけて部屋で弟のように寛いでいる存在だった。
儚くて繊細、なんて印象を見た目から感じさせる彼は、細くてふわふわな茶髪と茶色い目をしてる。
元々色素が薄い遺伝なだけで、外国人ってわけじゃないし、毛を染めているわけでもない。
伯母さんに似てハッキリした顔立ちで、色も白くて、男性を表現するには失礼だけど「お人形さんみたい」だ。
物腰柔らかで温厚で、知的なところは伯父さんによく似ている。
俺は幼少期から、灯くんがどこか普通の人とは違う、特別な人間なのだと感じていた。
他人から嫌味を言われても、特に動じることなく接するし
学力が高くて、でもそれを鼻にかけることもなく、俺に勉強を教えながらも、難関な中高に受かって学生生活を送っていた。
留学したいという夢を語る彼と、海外のことをネットで調べて、パソコンを一緒に眺めることが好きだった。
そんな灯くんに、俺が「実はゲイなんだ」と打ち明けた後
灯くんは次第に、俺に対して見せる顔を変えてきた。
スキンシップ多めなのは初めからだけど、抱きしめたりキスしたり、彼のことが好きで仕方なかった俺にとっては、嬉しいことこの上ないので甘えていた。
そんな或る日、いつも通りエッチをした後、ベッドで二人して寛いでいる時の事だった。
「ねぇ理人・・・」
「ん?」
「内緒で撮った動画さ・・・俺が一人で観てるだけだから、誰にも見せてないけど・・・お金になるって言われたら、いくらで売りたい?」
「お金・・・?」
「俺は気が進まないし・・・理人は俺のものだから・・・当然撮影したものは俺に所有権があるわけだけど・・・世間ではさ、俺たちみたいな男同士のそういうのって、ありえない価格で売れるかもしれないんだってさ。」
誰に何を吹き込まれたのか、灯くんは受け売りのような言葉を吐いて、いつもの彼らしくない言動だと、中学生の俺でも分かった。
「それはさぁ・・・売春じゃない?俺は・・・灯くんに犯罪犯してほしくて、撮影許可したわけじゃないよ・・・。」
俺の言葉に彼も罪悪感を覚えたのか、視線を泳がせて謝罪した。
そしてまた或る時、灯くんは一緒にベッドに横になりながら尋ねた。
「理人・・・・・・ずっと・・・・俺の事・・・好きでいてくれる・・・?」
「・・・好きじゃなくなっても、セックスは出来るよ?」
今思えば俺も大概だし、灯くんもどこで心のバランスが崩れたのか、予想外な言葉を吐いた。
「そうだね・・・。でも俺のことはずっと好きでいてよ・・・。じゃないと・・・・理人がどんなにいい大学行って、成功しても・・・・俺があの動画一つネットに流しちゃったら・・・社会的に終わっちゃうよ?」
灯くんは俺が賢いとわかっていたから、脅しまがいなことを言ったんだと思う。
でも俺は、灯くんの心を捻じ曲げたり出来ないし、考え方を変えてやろうなんて思えない。
だからあの約束は、俺なりの誓いだったんだよ。
「ねぇ灯くん、ずっと好きでいられるかなんて、未来のことは俺何もわかんないしさ・・・いい加減なことは言えないけど・・・。でもさ、お互いおじさんになってもパートナーがいなかったらさ、結婚しよう。」
初恋の人に宣言した、堂々としたプロポーズのつもりだった。
けど5年経った今、まったく同じその言葉は、彼にとって脅しのように聞こえただろう。
「・・・・そ・・・・・・・・・・」
俺が思い出したように同じセリフを吐いて、何も言えなくなった灯くんは、また項垂れるように俯いた。
「・・・覚えてるよ俺、忘れるわけないじゃん。んでも・・・・梨花ちゃんの『脅されて性行為したんじゃないのか?』っていう問いかけに、俺は違うって答えたじゃん。だって違うしさ・・・合意の上なのは間違いないし、俺は心底それが恋だと思って、求め合ってると思ってたんだから。」
「ん・・・・・そう・・・だね。」
「灯くん、別に怯えなくていいよ。灯くんが俺を脅した証拠なんて、何一つないしさ。それはダメだよって俺が言ったら、納得してくれたじゃん。・・・・それとも、知らない間にもうネットに出してお金受け取った?」
「そんなことしてない!!」
弱々しい彼から発せられたと思えない大声が放たれて、悲しそうな目をする彼は続けた。
「そんなことしたら・・・理人を好きでい続ける資格も失うってわかってた・・・。だから会わなくなってからすぐ動画は消したんだよ・・・。」
「そっか、じゃあいいや。俺は灯くんの言葉を疑わない忠犬だし。・・・てか、灯くんがホントに犯罪に手を染める人なんて、俺は一ミリも思ってない。」
「・・・・・どうして?」
「え~?・・・ん~・・・信頼?」
「・・・・人間って魔が差す生き物だよ?」
「灯くんは人間だけど、俺を可愛がって愛してくれる人じゃん。俺は家族を疑いたくないよ。」
「本当は・・動画消してなかったらどうするのさ・・・。」
「え、もっかいちゃんと観せてほしいわ・・・それおかずに出来るし。てか、灯くんがおかずに必要なら、新しいの撮り直す~?♡」
「・・・・・まったくこの子は・・・・」
複雑そうな表情を浮かべて、灯くんはため息を落とした。
「てかぁ・・・そんな昔の会話覚えてただけでさ、そんな怯えなくてもいいじゃん。さっきも言ったけど、灯くんが脅しまがいなこと俺に言った証拠なんて、今更提示出来ないんだからさ。」
「・・・俺が怯えてたのは・・・訴えたり、今になって家族にバラされたりすることに怯えてたわけじゃないよ・・・。わかるでしょ。」
「・・・・?」
依然としてピンとこず空腹のあまり腹を鳴らす俺に、灯くんは「ふふ」といつもの笑みを見せた。
「どこか食べに行く?奢るよ。」
「え~?マジで~~?行く~~♪」
灯くんと大人になってから、外を出歩いてデートなんてしたことなかったし、俺はウッキウキで身支度をして一緒に家を出た。
マンションを出て、寒い空気が降りてくる夜空の元、灯くんの手を繋いでぐんぐん引いた。
「ちょっと・・・理人、ゆっくり歩いて。」
「え~?ふふ・・・既視感あるなぁ、子供の頃も俺が引っ張ってって、灯くん困ってたっけ。」
「もう・・・小さい子じゃないんだから、ちょっと落ち着いて・・・」
「ごめんごめん、どうしても灯くんが一緒だと甘えちゃうからさ~。」
歩幅を合わせて並んで歩くと、彼はまた愛おしそうにニッコリ微笑んで言った。
「・・・ねぇ理人・・・理人の気持ちはさっきハッキリ聞いたし・・・その・・・そういう関係でいることが、お互いよくないっていうのも、わかってるから・・・用事がなければこれから会う機会はないかもしれないんだけど・・・」
「うん。」
「・・・・・やっぱりいいや・・・。また同じことを言って、話が振り出しに戻りそうだ・・・。」
お互いの味を知ってしまったばっかりに、もうエッチ出来ないとか勿体ないなぁって思ってることくらい、お互いわかっていた。
「ん~・・・・じゃああれだなぁ・・・フラれたら慰めてもらいにいこっかな。そん時はさ、行きたいとこどこでも付き合うから、思いっきりデートして楽しんで、んでついでにラブホ行こ♡」
灯くんは「しょうがないなぁ」って顔で嬉しそうに歩いて、すれ違いそうになった目の前の人影に視線を向けた。
俺も釣られてパッとそちらを見ると、暗い夜道の街灯に照らされて立ち尽くす人影があって、2秒ほど見つめた時、それが芹沢くんだと気づいた。