第17話
灯くんと愛し合ってる間は、それはそれは幸せで
あの頃から変わらなくて、本当に愛おしくて大好きで
俺は永遠に甘えていいもんだと思ってた。
灯くんが俺の頭を撫でて、何でも許してくれるから、俺はいつも彼を都合のいい相手に仕立て上げた。
体の相性がバッチリなのもいただけない・・・。
いつ帰宅するかわからない母が戻った時、跡形もなく部屋を元通りにしておかなきゃと考えながら灯くんを抱いていた。
俺の名前を呼んで、二度と忘れないように刻み込むみたいに、灯くんは「好き」や「愛してる」を繰り返した。
ハッキリわかってることは、俺の「好き」という感情と、灯くんのそれとではズレがあることだ。
俺はまるで灯くんを飼い主のように慕ってる。
幼い頃は、それが恋だと思ってた。
けど今は、灯くんが向ける気持ちと違うのはわかる。
灯くんの愛を、俺にはいまいち伝わり切れてなくて、受け入れきれないのはそういうことだ。
「ねぇ理人・・・」
「ん~?」
お互い服を着直して、シーツを剥いで洗濯機に入れて、替えのシーツを敷いていると、灯くんは徐に問いかけた。
「人間が死ぬことってさ、不幸なことだと思う?」
少し思案してから、静かに座ってマグカップを持つ灯くんを振り返える。
「なんで??」
「・・・それはどうしてそんなことを聞くの?っていう疑問?」
「うん。」
「理人の考え方を知りたいからかな・・・」
「・・・ん~~・・・生き物は皆死ぬしなぁ・・・。事情があって死にたくない人が死ぬのは、悲しいことだけど、そうじゃないなら生き物としての終わりってことで、別に不幸じゃないよなぁ。」
「そうだよね。」
「なに~?俺に心理テストでもしてんの?」
「ふふ・・・ううん、ただの雑談だよ。」
「・・・・。雑談ついでにすげぇ勝手なこと言うんだけどさ・・・」
「なあに?」
「俺さぁ・・・灯くんにはさ、昔からずっと思ってたけど・・・・知り合いとか友達とか、自分が関わった誰よりも、一番幸せな人生送ってほしいなぁって・・・思ってんだよね。」
「・・・・理人が思う幸せな人生ってどういうの?」
「え~~?・・・・まぁ・・・灯くんがさ、相思相愛な相手を見つけてさ、好きな仕事が出来て、お金に困ることなく、愛した人と末永く一緒に暮らしていけるような・・・そういうのかな。皆から祝福されて結婚式やってさ・・・可愛い赤ちゃんが2人か、3人くらい産まれてさ・・・家族増えたね~つって、年末年始集まってさ、灯くんが幸せそうに笑ってて、奥さんもいい人で、夏の休暇には沖縄旅行行くから、お土産期待しててね、とか俺に言ってくれんの。もう・・・そんな灯くん見れたら、ほんっと幸せだなぁって思う。」
勝手な妄想の幸せは、もしかしたら自分の理想なのかもしれないけど
ニヤニヤしながら語った後彼を見ると、茶色いキラキラした宝石みたいな目から、ポロポロ雫がこぼれていく。
「・・・・そっか・・・」
「ごめん・・・・。灯くん俺・・・・一緒にいたら、何度もこうやって泣かせちゃうんだよ・・・。」
「ううん・・・いいんだよ、わかってるよ・・・。同じように愛されないんだなっていう悲しさよりさ、そんな風に一番幸せになってほしいって、想ってくれてることも嬉しいんだよ・・・。理人が・・・そうなってほしいなら・・・・そうなれるように努力しようかな・・・・。」
「・・・・・同じになれなくてごめん・・・。」
灯くんはまた無理に笑顔を作って俺を抱きしめた。
「いいんだよ理人・・・。同じ気持ちになれない自分が悔しいんでしょ?俺が大事だから、何で自分は同じになれないんだろうってことでしょ?・・・・そんなのしょうがないよ。合わない人とは合わないんだよ。理人が悪いわけじゃないんだよ。もちろん・・・・俺も・・・。」
「うん・・・・。あぁ~・・・・灯くんあのさぁ・・・・・」
「うん・・・」
「やっぱりセフレになんのも、一緒に住むのも・・・やめよう。」
先のことを想像して、灯くんを何度も傷つける自分の未来が見えた気がした。
「・・・・・そうだね・・・・。」
「・・・本音はぁ?」
俺が意地悪に問いかけたのは、我慢してほしくなかったからだ。
「・・・やだよ・・・。首輪つけてあげるし、養ってあげるから・・・俺のものになってよ。」
「えへへぇ・・・まぁそういうのも悪くないんだけどさ♪」
「ふふ・・・」
「・・・はぁ~・・・俺は好きな子と上手くいく自信まったくないなぁ・・・。」
灯くんは俺の頬をスリスリ撫でた。
「いつでも恋しくなったら会いに来てよ。別にただの愚痴聞き役でもいいし、イチャイチャしたくなったら、エッチだけでもいいし・・・」
「それはダメだってぇ・・・聞いてた?」
「うん・・・。でもいいじゃん。俺は何度理人のことで傷ついても・・・理人に会いたいよ。」
「・・・なんか・・・・灯くんが女の子じゃなくてホント良かったなって思ったわ・・・・」
「??なんで?ああ・・・女の子に執着されたくないから?」
「いや・・・そんな考え方してたら、絶対ダメ男に付け込まれて、散々じゃんか・・・」
「はは!理人は俺に付け込んだりしないから、大丈夫だね。」
「・・・まったく・・・」
また一つ落とすように笑う彼は、そっと俺の手を握った。
「・・ねぇ例えば・・・俺が死んだら・・・理人はどう思う?」
その瞬間ドキ!っという擬態語が正しいとわかるくらい、心臓が鳴った。
「会いたい」とメッセがきたあの時と同じように。
「・・・・・忠犬だから灯くんの後追うよ?」
迷いなく答えると、意外だったのか灯くんは目を見開いて、瞬きもせず凝視した。
「理人・・・・理人が・・・部屋から出ずに会うことを避けてた俺に、何度も会いに来てたのはさ・・・俺が死んじゃわないか気がかりだったから?」
「・・・・・まぁ・・・・ちょっと・・・」
灯くんは目を伏せて、その手をわずかに震わせながら、また力を込めて握った。
「・・・・・俺が絶望しない言葉を・・・かけてほしい。」
「・・・・・」
ここ数年で一番頭をフル回転させた瞬間だと思う。
手を離して見送ったら、灯くんは本当に死んでしまう気がした。
何気ない日常の時間が、恐怖の時間に変わっていた。
選択肢を間違ったら、やり直せない気がした。
「灯くん・・・・」
俺は弄んで間違ったから、彼を引き留める責任がある。
俯いてた瞳が、上目遣いで俺を覗く。
「・・・・俺・・・どこにでもいるようなガキなんだよ・・・。でも灯くんが俺の理解力を超えるくらい、俺の事好きでいてくれてるのはわかってる。・・・・どこにも行かないでよ・・・。ほら・・・全然気の利いた事言えない馬鹿なんだからさ・・・。」
何だかホントに自分が情けなくなって、目の前の灯くんのことを、俺は今まで真剣に考えてきただろうかと思った。
彼が俺を思って行動してくれたことや、かけてくれた言葉ほど、俺は灯くんに一生懸命だったことなんてない気がした。
「幸せになってほしい」って・・・無責任で、勝手にやってくれって感じで、生きていてくれりゃあ結局どうでもいいのと同じだ。
叶わない恋に苦しんで、それでも傷つけられたいと願う程の「好き」を、どうにもわからないガキな俺に、振り回されてる灯くんが不憫で仕方ない。
どうしようもなく涙がこぼれた。
安い涙だ。俺は自分が情けなくて泣くことしか出来ない。
自分を愛してくれる人を愛せなくて、死にたい程の思いをさせても、俺は役に立たない。
俺が鼻水をすすりながら涙を拭っていると、灯くんはまた、慰めるように俺の頭を優しく撫でた。
「十分だよ・・・。ありがとう、理人・・・。重苦しいこと言ってごめん・・・。責任を負わせようとか、報いてほしいとか、そういう風に思っての事じゃないんだ・・・。質の悪いことを・・・強要してたと思う・・・ごめんね。理人は・・・まだ子供なのにさ・・・」
その言葉に既視感を覚えた。
けど、俺はそれでもやっぱり灯くんを信頼してる。
もし彼が俺に対して歪んだ愛情を持ってのことだったとしても、それでも大切だった。
「灯くん・・・」
「・・・なあに?」
かつて彼が、中学生の俺に、天使のような笑顔を向けながら、悪魔の囁きを言葉にしたのを、俺は何となく覚えていた。
けど俺はそれを上書きして、灯くんにお願いをしたんだ。
理人 「お互いもし・・・おじさんになってもパートナーがいなかったらさ、結婚しようね。」
それを聞いて嬉しそうにするどころか、灯くんは若干顔をひきつらせていた。