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第16話

自宅のインターホンの音で飛び起きたのは初めてだった。


「んはぁっ!!やっべ・・・!」


ソファから転げ落ちるように玄関へ向かって、乱れた髪の毛をかきあげてドアを開けた。

出迎えると、ふわふわのセーターを着て、その上から茶色のコートを羽織った灯くんが、キョトンとこちらを見ていた。


「・・・ふふ・・・思いっきり寝起き・・・w」


口元に手を当てて静かに笑う彼に、思わずキュンとして、同じくヘラヘラ笑みを返しながら招き入れた。


「ど~ぞ。」


玄関の鍵をかけて、「お邪魔します。」と言いながら靴を脱ぐ灯くんの背中にそっと触れると、振り返った彼は俺のトレーナーをぐいっと引っ張った。

昨日散々味わった灯くんの唇の感触が、また食べるように重なって、目先の快楽にまた何も考えられなくなっていく。

甘い音をたててゆっくり灯くんが唇を離すと、何とも妖艶な上目遣いが目に入った。


灯 「ねぇ・・・」


「・・・なに?」


「どうして何も言わずに帰ったのさ。」


「え・・・いやぁ・・・起こすのも悪いかなぁって思って・・・。ぐっすり寝てたし。」


「そっか・・・理人の優しさだったんだ・・・。」


何か勘ぐっていたのか、当てが外れた様子で灯くんは視線を逸らせた。

奥の自室へ通して、暖かいココアを淹れて戻ると、何故か灯くんは俺の枕を抱っこしていた。


「・・・何してんの?」


「ん?匂い嗅いでただけだよ。」


「んふ・・・・ふふ・・・・」


マグカップを置いて笑いをこらえると、灯くんは枕を置いて俺に密着するように覗き込んだ。


「なあに?そんなに可笑しかった?」


「えぇ?ふふ・・・いや・・・灯くんがそういうことすんのちょっとイメージになかったからか、ツボっちゃった。」


「ふぅん?・・・・・理人は俺の事どれ程知ってるんだろうね。」


そう言ってココアにそっと口をつける彼が、物悲しそうな目をするもんだから、俺はまた問いかけたくなるんだけど、灯くんは口が上手くて、だいたいのことはあしらわれるし、本心を探れない気がした。


「・・・わかんないけど・・・」


「理人、もう何も気を遣わず、後先なんて考えないでおこう?」


黙って見つめ返すと、灯くんは小さくため息をついて半ば諦めるような表情をした。


「腫れ物に触るように、理人が俺に気を遣うのが嫌なんだ。俺は理人と同じく、目先の誘惑に負ける愚か者だし、どうしても甘えて絆されそうになる理人を見てて、我慢が出来る程理性ある大人でもなかったんだよ。俺たちは失敗したんだ。」


「失敗・・・」


「俺は理人が何を考えて何を選ぶのか知りたいし、理人が決めたことを尊重したいとも思うけど・・・。このまま俺の掌で転がされてくれないかなぁなんて思ってたりもする。理人の今の気持ちはどう?」


「・・・・・もっと知りたい。灯くんを。」


また呆れた表情を返されるかなと思ったけど、灯くんは真剣な表情でじっと何かを考えていた。


「・・・知らなくていいよ。」


「・・・何でぇ?」


「だって理人は・・・・・俺のことが好きなわけじゃないし、俺と付き合いたいわけじゃないでしょ?知ったらもっと情が湧くし、離れづらくなるよ。」


「じゃあ遊び相手になってよってこと?」


「・・・・・・そうだね・・・・。でも頻繁に会ったらお互い家族から妙に思われるかもしれないし、会うのは時々にしようか。」


「・・・・も~~」


「なに?」


思わず脱力してテーブルに突っ伏した。


「昨日は冷静じゃなく襲ってきたくせに~・・・。『会いたい』とか俺をその気にさせといて、時々にしよっかって~・・・・俺が悪かったの?安易で馬鹿なことするガキだから、灯くんは所詮俺なんか遊び相手にしかしないの?・・・ってか俺が真剣交際するのはなぁって足踏みしてることに気付いてるから?」


「・・・ん~・・・合ってるところもあるし、的外れな所もあるけど・・・・。そうだ、そういえばね、資金がある程度溜まったからさ、俺もうすぐ実家出ようと思ってるんだよね。」


「んえ?・・・ほう・・・」


「今物件を色々サイトで見ててさ、今度内見も行こうと思ってて・・・。理人、良かったら一緒に住まない?」


「え・・・・・・・」


「お互いそこそこ家が離れてるから、行ったり来たりするの大変だし、不審に思われやすいよ。でも理人が一人暮らししてみたいけどちょっと不安、みたいな理由を抱えてたとして、俺がほとんど養ってあげるなら、叔母さんも安心だし了承してくれるんじゃないかな?」


「ん?ん?ちょっと待って・・・・何か急展開してない???」


「まぁ・・・思い付きで話してはいるけど・・・」


「さっき会うのは時々にしよっか?とか言いましたよね?」


「それに対して理人はごねたじゃんか。だから打開案を出したんだよ。」


「・・・うん・・・・。え・・・・あのさ・・・灯くん俺とどうありたいの?」


「・・・俺は理人が誰かのものになっちゃうなら、その時までは俺のものでいてほしいなって思ってる。」


「お~~~ん?なかなか本音っぽい・・・」


「本音だよ。」


ベッドの下の引き出しに、用意しているゴムとローションを横目で見ながら、果たして灯くんの案に乗るべきなのかどうか、急展開過ぎて混乱していた。


「別に今すぐ決めてくれなくてもいいよ。でももし、理人が周りにばれることを恐れてるなら、そもそも同居っていう形を取れば、一緒に居る理由を探さなくていいよっていう話だから。」


「・・・・俺がぁ・・・好きな人と上手くいったらどうすんの?」


気になる部分を率直に尋ねると、灯くんの綺麗な瞳から光が消えた。


「・・・・・行かないでって泣いて縋るかもね。そしたら理人は優しいから俺を選んでくれるかも。でも・・・本当はそうさせたくないんだよ。」


「え・・・?どゆこと?」


「だって理人は俺じゃない誰かがいいって、この先も思うはずだから。だったら・・・理人が想う人と一緒になってほしい。・・・それが俺の『理想』だよ。」


目の前にいる灯くんが、まったく知らない人に見えた。

それ程まで誰かを好きになったことない自分には、わからない感覚だった。

今の俺には、到底灯くんの気持ちを推し量れないし、寄り添ってもあげられないんだ。

だって俺は・・・自分の損得を考えて、灯くんと付き合うのは現実的じゃないって思ってるんだから。

何だか無性にやりきれない気持ちになって、思わず親指の爪を噛んだ。


「理人・・・イライラしたら爪噛む癖、治ってないんだね。」


「・・・俺は灯くんの気持ち全然わかってやれない・・・。俺みたいなガキでクズだと、灯くんの優しさの一片にも報いるの無理かも。」


「・・・言ったでしょ?理人の全部が好きだよ。全部っていうのは、理人が想う自分自身も全部ってことだよ。」


「だったら尚更その提案には乗れない。」


「・・・そう?」


「うん・・・・。俺は自分の事ばっかだし・・・。俺は・・・灯くんに夢中になってもらえるほどの人間じゃないよ。」


「・・・・相応しくない、みたいなこと??」


「うん・・・。」


「変なの・・・。なんか勘違いしてない?俺は理人を好きになってる時点で、人として大差ないよ、5年前のあの時から・・・。再会した時も言ったでしょ?俺は変わってないよって。でもまぁ・・・理人は賢いから、同レベルの人間を好きになっちゃいけないって本能が、ちゃんと働いてる証なのかもね。」


「・・・・・・・・・・・あ~~~~・・・・・・んも~~・・・俺の気持ちを色々削がないでよ。」


「?ごめんね、どういう気持ちを削がれちゃったの?」


安心する笑顔を崩さない彼が、悲しい程大切で、大事な家族で


「ごめん、灯くん・・・。人として大好きだし、灯くんに好かれてることは嬉しいし、求められることも嬉しいけど・・・。エッチするっていう一線は超えても、好きになるっていう気持ちがどうしても一線超えられないのかも。」


「知ってるよ。」


「・・・・んじゃあ俺は灯くんのためにどうしたらいい?俺はすっげぇ今すぐエッチしたいけど・・・それが灯くんにとって、愛情が増長する行為につながるなら、やめたほうがいいとは思う。」


頭を抱えながら床に向かって呟いていると、数秒黙ってからまた落ち着く声が降りかかった。


「ブルガリのプールオムだね。」


「・・・・あ?うん・・・香水つけてるよ。」


「俺が昔つけてたことを、中学生だった理人に教えたらすぐ買ってたやつ。」


「・・・そだよ~?」


「・・・・枕からその香りはしないし、昨日もしなかったから、俺を待ちながらつけたんだね。」


「・・・そうだよ。」


灯くんは悲しむことをこらえるように、視線を泳がせた。


「俺の事好きじゃなきゃそんなことしないよって・・・さっきキスした時思ったけど・・・。そもそも理人は気のある人に、そういうことする子だよね・・・。」


「・・・・・・はい・・・。」


「・・・ここで俺が潔く、『帰るよ、もう二度と会わない』って立ち上がれたらカッコイイんだろうけどさ・・・・・・・・・・・・・・そんなの無理だよ・・・・」


細い体が縋るように俺に抱き着いて、泣かないでいようとする努力が、胸を締め付けていく。


「抱いてよ・・・・。」


優しくて、それでも強引にキスする灯くんを

本気で好きになれないでいる自分に、ずっとイライラしていた。



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