第15話
粗方話を聞いてもらった頃は、もう日が変わろうとしていた。
今日は泊まらせてもらうことになっていたので、帰る時間を気にする必要はなく、リビングから大人たちが自由に過ごしている雰囲気も、とうに聞こえなくなった時間帯だ。
灯くんは肩に頭を預けてもたれかかる俺を気にすることなく、同じくテレビをボーっと見つめていた。
「灯く~~~ん」
「ん?」
「んね~?正月番組ってさぁ・・・豪華キャストではあるかもだけど、そんな内容面白くないよねぇ・・・。」
「ん~・・・まぁ賑やかな雰囲気が出てればいいんじゃないかな。」
「・・・そだねぇ・・・。ね、灯くん」
「なに?」
「こっち向いてよ。」
「向けないよ、肩に理人の顔があるから。」
「んふふ・・・ね~~え~~俺がさ、灯くんのことさ、『灯』って呼び捨てにしたらさ、どう思う?」
「ん~・・・。弟から、親友にシフトチェンジしたのかな?って感じ。」
「あ~~~・・・なるほど・・・。シフトチェンジする?」
「どっちでもいいよ?」
俺が重くなった頭を上げて、じっと横顔を見つめると、透き通った色白の肌に乗った、綺麗な目が瞬きと共に俺の方へ動いた。
「灯くんと一緒にいるとさ・・・やっぱ好きだなぁって思っちゃうなぁ。」
浮ついた言葉を吐くと、彼は特に責める表情を返すでもなく、いつもの笑顔で言った。
「そう・・・。」
「灯くんはさ、もう・・・・・・いや、何でもない。」
余計なことを言ってしまったら、もうそれは引っ込められない。
思わず口をつぐむと、灯くんは甘やかすように俺の頭を撫でた。
「なあに?」
自分よりすっかり大きくなった俺を、彼はまだ小さな子供を見る目をした。
「ふふ・・・そういう扱いされるとさ、甘えたくなっちゃうじゃん。」
「そうだろうね。・・・理人は甘えたいし、甘えられたい子だもんね。」
「あ~~そう!絶対そう。」
「・・・お酒を飲めるようになって・・・また正月に毎年会って、それを理由に戯言を吐かれるよりは、素直に何でも言ってくれる理人が好きだよ。・・・でもね、俺が好きな理人でいようとする必要ないんだよ。今理人の『好きな人』は、俺じゃないんだから。」
頭の中で芹沢くんの姿がちらついて、それでも幼い頃からよく見知っている灯くんが側にいると、悪いことを考えそうになる自分がいた。
「俺はさ・・・灯くんに嫌われたくないし、見放されたくないから、傷つけないようにしようとか、好かれるためにこう言っとこうとか、考えるよ。」
「うん、人間だいたいそうだね。」
「でしょ?・・・ねぇ、俺のどういうとこが好き?」
ゆっくり離れる灯くんの細い手を、ぎゅっと握ってみた。
「全部だよ。」
「全部!?all!?」
「ふふ・・・うん。」
「俺が『月が綺麗だね、灯くん』って言ったら、『死んでもいいわ』って答えちゃうくらい?」
「そうだね。」
灯くんはわずかに視線を外して、目を伏せるその物憂げな表情さえも、綺麗だなと思ってしまう。
「理人・・・」
「ん?」
「・・・間違えることも、地獄に落ちることも、理人にとって怖いこと?」
質問の意図がわからなくて黙っていると、彼は淡々と続けた。
「俺はあの時、一緒に堕ちようって言ってくれた理人を突き放して、ずっと後悔してたよ。理人にとって怖いことが、周りから認められないことだったり、俺が責められたりすることなら、身内を一生懸命説得し続けたら解決することだし、お互いもう大人なんだから、困難なことじゃないと思った。・・・すごく些細なことなんだよ、俺たちの隔たりは。」
「・・・・・」
頭の中で、灯くんと過ごしてきた家族としての日々や、恋人ごっこして幸せだった時間を思い返していた。
とても幼稚で、浅はかで、思慮の及ばない、若気の至りでしかない行為の全てを。
けど彼は、俺の全部が好きだと言った。
俺は昔からずっと、灯くんの言葉だけは疑わず信じたいと思っている。
「俺は・・・きっと灯くん信者なんだよ。全肯定マンでさ・・・怖いとかないよ・・・。でも手を離してあげなきゃ・・・・優しい灯くんが傷つくだけだと思ったんだよ・・・。」
正直にそう漏らすと、灯くんはその名の通り、パッと明かりが灯ったように、恍惚な笑みを浮かべた。
「ふ・・・・ふふふ・・・・変なの・・・。なんて子供らしい考えなんだろ。やっぱり理人は可愛いなぁ。」
俺が次に言葉を発するよりも先に、唇が重なって、それはまるでやっと会えた恋人に交わすような、甘くて強引でかつ、欲しくて堪らないのを我慢しているキスだった。
「・・・賢い理人はきっと・・・俺が何を説明しなくてもわかるんだろうね・・・。今まで・・・適当な人に抱かれてもつまんなかったよ・・・。だって心から好きなのは理人だけだから・・・。塗りつぶしてよ・・・。ほら・・・」
灯くんの綺麗な手が服の中に入って、誘われるままに細い首に吸い付いた。
信者なら、神様の言うことは絶対だから
灯くんの中に、俺を懐柔したい欲があったのなら、俺はそれを何も否定したくないし
キスを繰り返しながら服を脱がし合って、ベッドに転がるのも容易で
潤んだ目で俺を見つめながら、色っぽい表情をする灯くんが綺麗で
馬鹿みたいに腰を振って、気持ちよさそうにしながら声を押し殺してる灯くんに、
ずっと好きであってほしいと思うことも、誰にも否定されたくなかった。
灯くんは愚かであっても馬鹿みたいでも、それでも好きな気持ちを消せないんだと、自覚しているし、俺にも自覚してほしいと伝えている気がした。
「理人・・・」
一緒に横になるベッドが狭すぎる・・・。
それでも灯くんが幸せそうな笑顔で、俺の頬を撫でる。
「愛してるよ。」
その幸せそうな言葉から、途端に眉をひそめてボロボロ涙をこぼした。
苦しそうに堪える表情が、胸にぐさぐさ刺さって痛くて
苦しそうに泣き声を堪える様子が哀れで
灯くんが壊れてしまわないように、潰れんばかりに抱きしめた。
泣き疲れて彼が眠った後、最悪の事態を防ぐために、最低限服を着せてあげて、自分も寝巻を着直して部屋を出た。
あれこれ深く考えるのは得意じゃないのに
自分が寝室として借りる部屋に戻って、布団にくるまって灯くんのことばかり考えた。
俺は浅はかで、馬鹿な自分を、灯くんに愛していてほしかった。
別れ話をしたからって、嫌われるなんてことはないと確信してたから、もうやめようって決意したつもりだった。
このままセフレになんのかなぁ
灯くんが隠したままいる気持ちを、もっとちゃんと知りたかった。
それと同時に、このままじゃ俺は、まともに恋愛するなんて無理じゃないだろうかとさえ思う。
いとこである彼と付き合うという、周りの理解を求めることへの覚悟を持てる気はしないし
それさえも灯くんはわかっていたから、「こういう関係になろう」とは何も名言しなかった。
曖昧なことを続けて、誰にもバレなきゃ、いつでも無かったことに出来るから。
そういうの
ダメだって解ってる。
でもやめられない気がした。
翌日、深く寝入ったままだった灯くんを起こすのもあれだったので
母さんと一緒に朝食をご馳走になり、昼前には帰宅した。
家で母さんとしばらく家事をこなして、昼飯を食べた後リビングでのんびりしていると、母さんのスマホが鳴って通話し始め、同じく俺のスマホにも通知音がした。
忙しそうに仕事の電話をする母をよそに、パッとメッセージ画面を開くと、灯くんから短い言葉が送られていた。
『理人、会いたい。』
その瞬間心臓がドクっと跳ねて、全身の骨を揺らした気がした。
同時に昨晩エッチした場面を生々しく思い出して、体が反応しそうになるのを堪えて、スマホから目を離して息をついた。
「理人、母さんちょっと会社行ってくるわね。」
「え、ああ、うん・・・。」
「ふぅ・・・なんかちょっとトラブルがあったみたい・・・新年早々大変だわぁ。」
母はバタバタと身支度を始めたので、俺は指先を滑らせて手早く灯くんに返信した。
「理人~?遅くなるかもしれないから、晩ご飯適当にしてね~。」
「あ~は~い。」
玄関で靴を履く母の元へ向かって見送った。
バタンと静かに扉が閉まって、ガチャリと施錠された音を耳にしながら、しばらくボーっと玄関に突っ立っていた。
その後は思い出したように自室の掃除を始めて、無駄な物は捨てて、ローテーブルは綺麗に拭いて、掃除機をかけて窓を開けて換気してから暖房を入れた。
あまり使っていないデスクの引き出しから、まだ使えそうなゴムとローションを取り出して
別の棚からお気に入りの香水を取って、少し手首とうなじにつけた。
何とも落ち着かない気持ちを抑え、時計を確認しながらまたテレビを眺めていると、まだ外は明るいのに睡魔に襲われて、いつの間にか転寝していた。