第11話
迎えたクリスマスイヴ、芹沢くんと同様に俺も冬休み前、最後の講義を受けていた。
教授のダラダラグダグダと長い話を聞き流して、授業終了の鐘が鳴る頃は、皆いつもより解放感に満ちた雰囲気を漂わせて、ざわざわと思い思いに口を開きだした。
「理人~~」
「んあ?」
若干眠気を抱えながら鞄に筆記用具を詰めていると、同じゼミの女子数名がやってきた。
「この後暇?」
「・・・バイトで~す。」
「え~?ガチ?」
「ん~」
「え、夜は?遊ぼうよ。」
「え~?俺明日も朝からバイトだもん、ヤダよ。」
「非リアの準備万端じゃんw」
「うっせw書き入れ時だし働くんです~。」
何となく笑みを作りながら聞いていた中村さんが、ふと口を開く。
「デートの予定とかもないの?」
「でー・・・・」
芹沢くんとの予定は・・・デートに入るのか?
夜食事に行きましょう、は完璧にデートって言っていいよな?
「クリスマスバイトだけど夜はデートの予定あるよ。」
嬉しさでニヤつく口角を抑えられずに答えると、彼女は少し複雑そうな笑みを返した。
「そうなんだぁ・・・」
「え~マジで~?理人のくせにうざ~w」
ダル絡みしてくる女子たちをあしらって教室を出て、廊下で友人何人かに同じように誘いを受けたけど、男友達にゲイを受け入れてくれる人はいないし、相手にしても無駄だ。
あ~楽しみ~~~♪
芹沢くんみたいな可愛い男の子が誘ってくれるなんてなぁ~
にしても・・・何でわざわざ誘ってくれたんだろ。
マフラーをぐるぐる巻いて、冷たい廊下に出て歩き出した時、通過してきた誰かに軽くぶつかった。
「っと・・・すんませ・・・」
ギロっと鋭い目つきが返ってきて、思わずハッとなった。
「え!桐谷せんぱぁあい!お久しぶりです。」
学祭以来の再会に思わず声を上げた。
相変わらず整った顔立ちに、涼し気な釣り目がカッコよく、サラサラなグレーの髪の毛は、まるで2次元のイケメンキャラのようで素晴らしい。
「・・・ふん・・・」
先輩は俺を一瞥しただけでそのまま去って行く。
「え、え、どこ行くんすか?」
小走りについていくと、彼は振り向かないまま答える。
「図書室だ。付いて来ても相手しねぇぞ。」
「・・・くあぁ~相変わらずカッコイイっすねぇ・・・。はぁ・・・マジ彼女さんが羨まし~。」
「お前は相変わらずキモイな。」
「先輩とまともに会話出来る人なんて少ないんでしょうねぇ。俺は相手してもらえてるだけでラッキーなんすよ。」
「ふん・・・。就職して社会に出たら否が応でも他人と会話はするだろう。」
「あぁまぁ・・・。あ、そういえば先輩って就活中ですよね、3回生だし・・・」
そう尋ねながら図書室の近くまで足を運ぶと、マジで何でコイツついてくんだ、みたいな顔をされた。
「俺はもう就活は終わった。だからって暇じゃねぇんだよ。」
「え!!マジすか!内定おめでとうございます!」
「・・・お前に祝われる筋合いもない。」
なんか当たり強めだなぁ・・・機嫌悪いのかな
この手のタイプの人は、逆鱗に触れると二度とコミュニケーションを取ってくれない。
俺は今一度慎重に言葉を選んだ。
「先輩って意外とアナログ派で、書籍で情報集めたい人なんですか?」
戸を開けて図書室へと入る彼の背中をまた一歩二歩と追った。
すると桐谷さんは大きくため息をついて、俺に向き直った。
ちょうど目線がかち合って、彼が自分と同じくらいの身長なのだとわかる。
「武井、お前と会話するのは疲れる。他を当たれ。」
呆れるように半分閉じられた瞳が、前髪にチラチラ隠れて尚も見惚れてしまう。
「・・・すんませんした。先輩は優しいから、それについつい甘えちゃうんですよね。何で構いたくなるかってーと・・・俺マジで、先輩が心底魅力的な人だって感じてるから、関わりたくて仕方ないんですよ。」
「んなこと聞いてねぇよ。俺は自分の人生に必要な人間は自分で選ぶ。お前は不要。」
桐谷さんはそう突き放しながら、お前も自分で周りの人間との人付き合いを見直せ、と言ってきてるような気がした。
「・・・そういうとこが優しいんすよぉ。」
「・・・俺がお前を好かないのは、俺を恋愛対象者として見てるからだ。俺にとっては違う。・・・俺に関わってくれるな。」
桐谷さんはそう言うと踵を返して、本棚の奥へと消えて行った。
先輩はきっと、俺と時田桜花の関係性を知ったから、少しは気にしているに違いない。
そこに興味があろうとなかろうと、一つも尋ねて来ないのが、また彼の優しさを感じる。
無為に誰かを傷つけないために、ハッキリ意見を言うイケメン・・・・最高じゃねぇか。
ああいう人を好きになりたかった。
関わりたかったし、興味を持ってほしかった。
しかしハッキリ断られちまったら仕方ない!
今日も俺は玉砕して帰路についた。
大学からうちまでは大した距離じゃない。
最寄り駅に着いて、何でもない雰囲気の住宅街を歩くのも嫌いじゃない。
いつもはただ通り過ぎてた公園は、芹沢くんと出会った最初の場所になった。
今思えば、彼が俺に声をかけてくれたのは、具合が悪い人を手助けしたいという、看護師を志す彼らしい行動だ。
けど
実はずっと気付いていたのに、スルーしていたことがある。
項垂れる俺を心配して声をかけた芹沢くんに、「大丈夫だ」と返事をした後も
その後「どうしてわざわざ声をかけてくれたの?」と尋ねた時も
帰り道偶然見つけて声をかけた時も
どこかずっと、寂しそうだった。
隠しているのは丸わかりだった。
人見知りでたどたどしく応対する奥で、何かが揺らいでいる気がした。
名前を聞いた時に、苗字しか答えなかったことも
俺がT大だと教えた時も
何か違和感を覚えた。
普段なら別に、人があえて言いたくなくて隠している気持ちを、掘り返したりなんてしない。
誰もが自然な防衛本能で、隠していることくらいある。
けど、何でだろうなぁ
俺はずっと気になってる。