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第1話

法学部に入学した理由は特にない。

せっかくT大入るなら、出来るだけ偏差値高い学部がいいかなぁと思ったくらいだ。

別に法律に興味があるわけじゃないし、検事や弁護士になりたいってわけでもない。

ただ何となく・・・そう


ホント、何となく、だ。


「武井く~ん、今日暇だったら買い物行かない?」


講義が終わった矢先、近くに座っていた同い年の女子が、そんな風に気軽に声をかけてくるほど、大学生活にもすっかり慣れた。


「買い物~?どこに?」


愛想よく周りに振舞っていると、わりと男女問わず声を掛けられるので、人付き合いはそつなくこなしていた。


「渋谷、まみたちと。適当にブラブラするだけだと思うけど。」


「あ~・・・ん~・・・俺はいいや、ちょい金欠だし。」


適当な理由をつけて誘いを断り、席を立つ。

嘘は言ってない。

学生のうちは学業を優先しなさい、と母に言われてるものの、母子家庭だし金銭的余裕なんてうちには存在しない。

俺は生まれた時からずっと母さんと二人暮らし。


慣れた廊下を歩いて階段の手すりに手をかけて、淡々と自分の足元を眺めながらボーっと降りていく。


大学には人が多いし、いい人出来るかなぁなんて期待してたけど、目を付けたイケメンや可愛い男の子は皆相手がいた。

ま、当たり前か・・・

心の中でため息と苦笑を漏らして、当たり障りない毎日を今日もなかったことにする。


平和に毎日を享受できていることは素晴らしいことで、不平不満はなかった。

ただ心の中が隙間だらけなだけで、人肌恋しかった。


季節はもう束の間の秋が過ぎた・・・

学生は年末が迫ると、クリスマスを寂しく過ごしたくないと躍起になるイメージだ。

かく言う俺も、イベントくらいは意中の人と過ごしたい気持ちがあるし、恋人が出来なくても、セフレくらいは作りたい。


伸びた茶髪をハーフアップにまとめて、そろそろめんどくさくなってくるなぁと思いながら、鬱陶しい前髪をかき上げた。

校舎を出て校門近くまで歩いた時、ふと視線の先の人物に目が留まった。


えらく頭身長いイケメンがいるな・・・


俺自身も背が高い方だと自負してるけど、その人は恐らく180以上あるであろう体型に見える。

スマホを眺めて佇んでいるだけで、モデルか芸能人のオーラを放っていて、物憂げに落とした目は時々長いまつげを瞬かせていた。

そこそこ近くまで来ると、ガン見してるこちらの視線にも気付かず、その人はさっと髪の毛をかき上げる。

自分がするそれとはまるで違う、綺麗な顔立ちが露になって、思わず生唾を飲んだ。

その時はたと気が付いた。

前に図書室で桐谷先輩に絡んでた時に、偶然居合わせた友人らしき人だ!


やっべぇ・・・カッコイイ・・・・


声をかけても取り付く島もないことくらいわかっているので、そのまま横目で通り過ぎようとしたとき、その人はパッと持っていたスマホに耳を当てた。


「もしもし、小夜香ちゃん?・・・・うん、大丈夫だよ。うん・・・そうなんだ・・・。ふふ、わかった、すぐ行くね。」


瞬間的に変わった表情は、キラキラという擬態語が適切なほどにイキイキしていて、満面の笑みは内面の魅力が溢れ出ていた。

終始ニコニコ会話した後、愛おしそうな眼差しでスマホを眺めてから、その人はさっと近くの横断歩道を渡って行ってしまった。


はぁ・・・・・・何だよぉあれぇ・・・イケメン過ぎて心臓止まるわ・・・・


案の定周りを歩いていく人たちからの視線を集めながら、足早に去って行く背中を見送って、また一人トボトボ駅へと向かった。


東京ってのは交通の便がよくていいな・・・


ほんの20分ほどで自宅の最寄り駅に到着して、改札を出て住宅街を歩いていた時、これまた前方から歩いてくる男性に目が留まった。

またもやイケメンで身長も俺くらいある爽やか系だ!

その人もまた、スマホ片手に通話しているようだった。


「うん・・・・うん・・・わかった、じゃあバイト帰りに買って帰るね。・・・全然いいよ、気にしなくて。ふふ・・・いっつもリサがご飯作ってくれてんじゃん・・・。うん・・・わかった・・・大好きだよ。」


少し照れくさそうに小声で言う最後の言葉で、恋人への電話だとわかる。


つーかあの人も何となく見たことある気がすんな・・・


隣を通り過ぎると、ふわっと香水のいい香りが漂う。


おいおいおいイケメンな上にいい匂いさせんなよぉぉおぉおお!!


ニヤけそうになる顔を堪えながら、夕日が落ちて来そうになる道を早足になって歩いた。


「あ~あ・・・ダメ元で桐谷先輩もっかい口説いてみよっかなぁ・・・」


顔を合わせる度に、あの涼し気な目元からは、めんどくさいやら軽蔑やらが消えて行って、俺をただの後輩として認識してくれているとわかった。

言動は粗暴な人だけど、内面は優しい人だと節々で伝わる。

加えて俺のような同性愛者に偏見も持たなそうだし、ワンチャン口説いていい感じになれたら・・・なんて考えていた。


いい男にはすぐ恋人ができる。


そんなことは今まで19年間生きてきて、とっくに理解していた。

その理由の根本は、顔がいいと周りから好かれやすい、好感を持たれやすいということは、自信が生まれる。

自信がある人というのは自己肯定感が高い、つまりは相手と仲良くなりやすかったり、その術を簡単に見つけられたりする。

悪い方向に行くと、その外見の良さと人当たりの良さを利用して、悪事に手を染める奴がいることも知ってる。

どこかで考え方や価値観を曲げられたりしなければ、自己肯定感の高いイケメンは、恋人を作ることなんて容易だ。

酸いも甘いも嚙み分けた上で、悪いことを悪いとも思わず行うイケメンも存在するけど。


なんて・・・俺が経験したことじゃなく、色んな知り合いから話を聞いただけだ。

俺自身、別に顔が悪い方じゃないとは思ってるけど、いかんせん意中の相手に好かれたことがない。

そうなると無理な相手を落とそうとするよりは、いけそうな手ごろな相手に、自分を好きになってもらう方が無難だ。

恋愛をゲームとしてとらえたらそうなるけど・・・

俺は別にそこまで、恋愛に対して妥協からスタートしたいとは思ってない。


「はぁ・・・」


歩いているうちに、何だか疲労感を覚え、喉も乾いてきた。

いつもは通り過ぎる公園が視界に入って、同時に自販機も奥にあるのが見えたので、少し休憩していくことにした。


アスファルトじゃない土を踏みしめて公園の中を進む。

時間帯的に子供たちが遊んでいてもおかしくはないけど、この辺りは小さい子が少ないせいか、人っ子一人いなかった。

シーソーもジャングルジムも、ブランコも公衆トイレだって、何だか寂しく夕焼けに染められている。

自販機の前に辿り着いて、また一つため息を落としながら鞄から財布を取り出し、小銭を入れた。

適当に目に着いたお茶を買って、腰を折って取り出すのを億劫に感じながら、引っ張り出したペットボトルの上部を持って、近くのベンチにドカっと腰かける。

カチリと蓋をひねり開けて、口元に傾けると、冷たい緑茶の香りと渋みが喉を通っていく。


「・・・ふぅ・・・」


喉が潤うと少し落ち着いて、体重を手放すように、肘を足について地面に視線を落とした。

普段目につくことない小さな小さな蟻たちが、右往左往しながら靴の周りを歩いていく。

近くを通る車の走行音や、木々を伝って飛んでいく鳥の鳴き声が、何か俺を急かしているように聞こえたけど、ノスタルジーな夕暮れの公園で、鉛のように重たい頭を上げられずにいた。

たぶん色々と気疲れやらが溜まっていたんだと思う。

その証拠に、足音をさせて目の前まできた誰かを、気にも留めなかったんだから。


「あの・・・大丈夫ですか?」


頭上から声がかかって、ボーっとしていた俺は現実に引き戻された。

パッと顔を上げると、少し前髪で目が隠れた、制服姿の男の子がそこにいた。

わずかに心配気に眉をしかめて、何も言わない俺をじっと見つめ返してから、キョロキョロ気まずそうに視線を逸らす。


「・・・あ・・・あ~・・・大丈夫。」


恐らく少年は自分より俺が年上だろうと思って、敬語で声をかけてくれたんだろう。

俺も彼が年下だとわかってしまったから、ため口で返事をした。


「・・・すみません・・・無遠慮に声かけちゃって・・・具合が悪いのかと・・・」


「・・・いやいや!ありがとね。ちょっと疲れて・・・・休憩してただけだよ。特に大袈裟に具合が悪いってわけじゃないかな。」


「そうですか・・・。それなら良かったです。」


少年は肩にかけた鞄をぎゅっと持ち直して、それじゃあ・・・と会釈してその場を立ち去った。

俺は尚もボーっとその背中を見送った。

何だか自分がいつもより少し疲れていることは事実だけど、良くないことが起こったというわけではないし、何でもないことに摩耗されているだけだ。


だからかな・・・何でもない話し相手がほしいかもしれない。


立ち上がって同じく公園を後にした俺は、帰路に就きながらも何となく、まだ背中が見える少年の後を歩いた。

閑静な住宅街は時折カラスの鳴き声が聞こえて、横断歩道の前で立ち止まれば、下校してくる小学生たちもチラホラ現れた。

楽しそうにはしゃぎながら友達と笑い合う彼らを、少年は少し気にかけるようにチラチラ見ている。

目の前に車が通りすぎていることもあり、小さい子たちを心配しているのかもしれない。

わざわざ公園で項垂れるよくわからん男を心配して声かけてくれる子だ、心優しいのはもうわかる。

長く変わらない信号を眺めていると、はしゃいでいた小学生の一人が、友達に押されてその場に尻もちをついた。

すると案の定少年は座り込んだ子に声をかけて、手を差し伸べていた。


何だかもうその光景が尊い。


そのうち青信号に変わって一同は歩き出し、後をつけるような真似はやめようかと思っていたけど、どうにも少年と帰り道が同じなのか、一向に道が別れない。


・・・尾行してるみたいであれだな・・・


何となく気まずさを覚えながら、俺は少し歩く速度を遅くした。

特別買い物もないし、コンビニに寄ってやり過ごそうとは考えない。

ちょっとしたことにお金を使うチリツモがいけないと、節約精神が働くからだ。

履き慣れたシューズを眺めて歩きながら、住宅が密集した奥へ進めば進むほど静かになっていく。

ふと目の前の横断歩道に気付いて立ち止ると、いつのまにやら少年の隣にいて、彼もふらっと現れた俺をちらっと見ると、あ・・・と気が付いた表情をした。

こうなってしまうと話しかけない道理はない。


「・・・さっきはありがと。たぶんめっちゃ近所に住んでるよ。」


苦笑して肩をすくめて見せると、少年は柔らかい表情を見せて笑った。


「そうなんですね。・・・ご近所さんなら、もしかしたらこれまでもすれ違ってたかもしれませんね。」


「確かに・・・」


青信号を一緒に歩き出して、また彼に声をかけた。


「もうすぐ近く?」


「あ、はい・・・そこのマンションです。」


指さした目の前のマンションは、特に何の変哲もないマンションで、真新しいというほどでもないし、年季が入っているというほどでもない。


「マジか・・・・・・・。俺も・・・・そこのマンションだわ・・・」


「え!!」


驚きと偶然に、思わずまた二人して笑みが漏れた。


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