仮面より素顔
(本当に疲れたー!よく耐えた俺!よくやった俺!)
輝は色々なことがあったが何とか全てのことを耐え抜いた。
入室から夕飯までのことだ。
後は風呂に入り寝るだけという所までに行けたのが輝自身感動している。
(晩飯、また美神の食べれるかな?)
このことがふと思った。
美神はさすが完璧と言われている分料理も完璧だ。
味付け等全てが上手くできており食材の強みを全て使っているのが美味しさの秘訣だと言ってた。
ここまで完璧だと褒め言葉がたくさん出まくるがあまり言いすぎると美神が照れて殴ってくるので言えない。
(でも、なんかあいつ料理中の顔…)
美神の料理中の顔を思い出した。
何か命の駆け引きをしているくらい必死な形相だったことだ。
普通の料理ならそこまで強ばらなくても良いのにと思っていたが美神は違っていた。
何かあるような気がするが聞くのは野暮だと思うし失礼なので今は忘れることにした。
そんなことをしていると美神はお風呂セットを持って輝の座っているソファーに座った。
「ちょっ!近っ!」
「あ、あの…良ければ入浴中、ドアの前で待ってて、私も輝が入ってる時待っているから…」
「ふぇ?」
一瞬美神は馬鹿なのかと思ったが顔を見るとかなり怯えていた。
やはり放課後のホラー映画が原因だろう。
さすがに拒否することは今できない。
「だ、大丈夫なのか?お、俺がもし…襲ったりしたら」
輝はどうしても気になって言おうとしたが行ってる最中に恥ずかしくなりどんどん声が小さくなった。
顔も赤くなりどんどん俯く。
とんだ羞恥プレイだなと叫びたくなる本心を抑えたがやはり恥ずかしい。
しかし輝よりも恥ずかしい人間はいたようだ。
美神の顔が一度フリーズすると急速に赤くなる。
美神は顔を真っ赤にしてお風呂セットで頭を思いっきり殴った。
「っー!私が輝を信用しているからに決まってるでしょ!」
そう言うと美神は顔を手で隠して風呂場に向かった。
輝は美神に少し信用されていることが何より嬉しい。
オリエンテーションの時に比べてだいぶ軟化してくれた証拠だ。
輝は一応言われたので近くまで行くことにした。
(俺の自制心耐えてくれよ)
「脱衣所の前で待っていてね!絶対だから!」
「わかってるわかってる」
脱衣所の入口のドアを背もたれに座って輝は美神が風呂を上がるのを待つ。
(ドアの奥で…ダメだ!まず俺は美神をそんな目で見てない、友達としてだ)
そう心に言い込ませるしかしないとどうにかなりそうだ。
でもやはり高校生の男子だからそういう妄想が浮かんでくる。
そこで付け焼き刃だがあることをネットで探し何とか耐えることを決めた。
「摩訶般若波羅密多心経観自在菩薩行深般若波羅密多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不・・・」
「何やってんのよ」
「ふぇー!」
煩悩を払うために付け焼き刃の知識で般若心経を唱えていた輝の後ろから美神はいたのだ。
後ろを振り向くと可愛らしいパジャマを着ている美神が居る。
華奢なのに凹凸がありそのボディーが輝の精神を邪な気持ちに連れて行ってくる。
地味に美神の来ているパジャマが体の体型を主張させてくるため余計目が合ってはいけないところに行ってしまう。
煩悩ゲージがどんどん高まってくる一方だ。
(おいおいおい色気!色気がぁぁ!そしてなんだ少し胸が空いてるんだ!明らかに合ってないよな!)
少しパジャマが小さいせいか胸が出ている。
学校では優等生なのに家の姿ではこれほどまでのものだと思うとすごいギャップで背徳感が生まれてしまう。
その姿は今の輝にはとても刺激的すぎて目が離したくても離せない状態に陥ってしまった。
「さっきからどこ見て…っーーーーー!?」
「あ、いやその〜なんというか」
「このバカー!」
パチーン
「へぶし!」
美神の鋭い平手打ちが目を覚ましてくれたようだ。
今まで脳に溜まりすぎていた煩悩が一気に捨てられた気分。
しかしとても痛い。
すごくヒリヒリする。
「わ、悪かった、とにかく俺は風呂に入る…じゃあな」
「ちょっ!」
輝は今日使わなかった体操服とまぁまぁ大きめのタオルを持ち風呂場に入った。
美神は何か言いたげな様子だがそれを無視して風呂場に向かう。
(今日急いで来たから変なタオル持ってきたと思ったけど思わぬ所で役立ったな)
軽く朝の自分に感謝すると初めての女の子の家の風呂に入った。
輝の家には無い高級そうなシャンプーやボディーソープがとても目に入る。
(これ絶対高いやつだよな)
こういう美容系のことにはとことん疎い輝でさえもここにあるものは高いというのは理解できるくらい高級感が滲み出ている。
「これ使うのなんか躊躇うな〜」
果たしてこれを使って良いものかと少し悩む。
でも普通ならどれが使って良いか言うだろうという謎の理論を展開させ少しだけ使った。
そうでもしないと今の自分がどうすれば良いか分からないためだ。
(うわぁすげぇ良い匂い…こりゃ高級になるよな)
かなり良い落ち着くアロマ系の匂いだ。
匂いからも気品等が感じられる明らかに男の輝が使って良いか分からないくらい良い匂いだ。
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風呂は裏切らない。
どれだけ煩悩が体を包んでいても風呂に浸かると心に邪な気持ちが流される感じだ。
「ふぅ〜極楽極楽」
オーソドックスでありおっさんが言いそうなセリフを言いながら浸かる。
とても暖かい。
(というか今日の美神、何か強くね)
今日の美神の行動を風呂場で考えてみるととてもいつもに比べて大胆すぎる行動が多く感じて仕方ない。
輝は自制心をフル回転させなんとか耐えたがさすがにモーターが焼き切れそうな気分だ。
(というか普通に好意があるような行動をしまくるって勘違いしてしまう)
今の美神は輝の事が好きなのか知らないが明らかに段階がかなり飛んでの行動だ。
「はぁ、勘違いして俺、馬鹿みたゴボゴボゴ」
どんどん顔と風呂の水が知らず知らずの間に近づいていたみたいだ。
そのことに気づいたのは口に水が入った時だ。
「はぁはぁはぁはぁ、風呂で溺れかけるって」
何か調子が狂っているのは輝自身わかっている事だ。
(どうにか耐えるか…どうせあとは寝るだけだし)
そう考えれば自然とやる気が生まれてきた。
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「美神ー、風呂上がったぞ」
「っー!風呂場から出る前に一言ぐらい言いなさいよ!」
美神が風呂上がりの輝に高速で振り向いて言った。
よくよく見れば輝が話しかけた時に体が大きくビクついていた。
よっぽど怖かったのだろう。
「わ、悪いってというかそこまで驚くことか!」
「うぅ、ごめん…後は寝るだけね」
「あぁそうだな、俺はソファーで寝る・・・」
これは輝の自制心が持つためにできる唯一の足掻きだ。
しかし輝に言い切るまもなく答えは返ってきた。
「言ったでしょ今日は一緒に寝てって!」
「え!」
一緒に寝るということは冗談だと思っていたがまさか本当だと気づきもしなかった。
それが顔に出ていたのか美神はさらに理由すら答えてくれた。
「だって言ったじゃん・・・今日は」
「わかった!わかったからそんな顔するな!」
美神の今にも泣きそうな顔にもう覚悟を決めた輝は強い。
だがさすがにこの服の美神は刺激がとても強すぎる。
良い匂いが間近に近づき一緒に寝るということはどこかぶつかるトラブルがあるに違いないという変な知識のせいで脳がまたもやショート寸前だ。
「着いてきて」
今にも消えそうな声で美神が話すと輝の手を固く握った。
もうこの頃の輝は煩悩と激しい戦闘なため手を繋いでるなど分かるはずもない。
しかし寝室に着くと想像以上にデカイベッドがあった。
明らかに1人用では無い。
「なぁ、これ今までずっと1人だったのか」
つい心から漏れてしまった。
どうしても見てそれが真っ先に出てきたからだ。
「逆に私が毎日男を呼んでヤッてるとでも思ってたの、サイテイ」
美神は顔を赤くし俯いた。
さすがにデリカシーがない質問なのは輝自身痛いほど理解はしている。
「いや、ひとりでこれは切なくないかって思っただけだ…」
輝はずっと真剣な様子で聞いていた。
それを汲み取ったのか美神も真面目に答えてくれた。
「・・・孤独よ」
「え?」
「このベッドで寝る度に自分の孤独さをさらに痛感したわよ」
どんどん美神の顔が曇っていく。
「・・・」
「学校でも自分の居場所が無いと思う…だから私は常に完璧の仮面を被らないといけないの!」
「・・・」
美神の目にうっすらと涙が浮かんできている。
その姿を見る度に心がどんどんと締め付けられて来ていく輝は自分に対する怒りでいっぱいだ。
(俺は少し美神のことを知った気でいた・・・でも本当は…あいつは!)
勝手に美神のことを知った気でいた輝は激しく自分を責めるしかできない。
「学校でもあの仮面があってこそ私はやっと人と話せるのよ」
「・・・」
「きっとこの仮面を外せば私は孤独になる…でも孤独はもう嫌なの…だから何度も何度も!」
「・・・」
遂に美神の中の何かが陥落したと同時に輝にもあるものが生まれた。
「きゃっ!」
美神の細く華奢な体を輝の方へ抱き寄せた。
それと同時に耳元で輝は囁く。
これは自分の新たな目標と同時に知っていただけの自分との別れの言葉だ。
「・・・なら俺が美神の最初の友達として美神の青春を変えてやるよ!俺の力と美神の力で!」
輝にだって孤独は分かる。
しかし美神の孤独は輝の経験している倍苦しいものだった。
ダサいのはこの上なく承知している。
それでも美神を助けたい輝なりの思いだ。
「ふふっ、やっぱり輝って良いヤツね」
「うるせ、俺だって恥ずかしいわ」
「ううん恥ずかしくなんてないよ、ありがとう」
とろけてしまいそうなふわふわとした言い方は輝の耳を溶かしそうだ。
しかしこのままだと本当に理性が切れてしまう。
次は心の中で般若心経を唱え始めた。
美神はあのセリフを聞くと何かが陥落した。
(私の仮面ではなく素顔を見てくれるのって今までで輝が初めてな気がする…彼なら私を救ってくれる)
輝は乙女心をわかっていない。
これは輝も美神も承知している。
しかし人間性が良くないと乙女心がわかっていても何も惚れはしないだろう。
逆の場合はどうだろう。
乙女心が分からない、でも人間性は良い人間だと自然と好きになれるかもしれない。
恋愛は乙女心を知るだけでは無い。
ブックマーク、ポイント等やって欲しいな|ω・)