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私怨

作者: 雑賀崎紫蘭

娘の美晴は、春に高校受験を控える中学三年生だ。

普通なら内申点のためにきちんと授業に出席する時期だが、美晴は違った。

美晴はちゃんと勉強がしたいのだ。しかし実際、反抗期真っ盛りの子ばかりの環境ではまともに勉強なんてできない。

小学生の頃は学校から帰ってくると、今日はこういうことを習った、友達とのグループワークでの発表で先生に褒められたなどと、毎日楽しそうに話してくれていた。

それが小学校の終わり頃から、授業中に同じクラスのなんとかくんがうるさくて授業が進まないとか、休み時間に小テストの勉強をしているといじられるとか、そういう愚痴が増えた。


最近美晴の愚痴によく出てくるのは、佐々木健吾くん。

近所に住んでいるので、小学生の頃からよく知っている。

お調子者でやんちゃ坊主。

美晴の話によると、授業中に度々先生に対して、また発言している生徒に対しても茶々を入れているらしい。その茶々に乗っかる仲間も多いとか。

悲しいことに健吾くんと美晴は、中学の三年間同じクラスになってしまった。

小学生の頃はほとんど休まず毎日学校に行っていた美晴は、中学に入ってから欠席や早退が増えた。

あからさまにいじめられているわけでもないし、中学に仲の良い友達もいるおかげか、幸い不登校にはならずに済んでいる。




今朝、美晴は元気に学校へ行った。

昼間も学校から早退の連絡はなかった。

私が夜勤の前に夕食の下ごしらえをしていると、美晴が帰ってきた。

自室に入って部屋着に着替えた美晴はリビングにやってきて、ちょうど今始まったアニメを見ながらおやつを食べる。

「今日はね」と言って学校での出来事を話してくれる。

今日も相変わらず健吾くんたちが騒がしかったそうだ。

アニメが終わって、美晴は勉強をしに自室に戻った。


四十分ほど経った頃だろうか。

私が仕事の支度をしていると、ガチャッと美晴の部屋のドアが開く音がした。

スタスタスタと足音がして、リビングのドアが開く。

「お母さん」

美晴に話しかけられて私は振り向いた。

「なんかもえてる」

一瞬、何のことかわからなかった。

「なに?」

「なんか燃えてる」

燃えてる?

遠くで火事でもあったのだろうか。

美晴の部屋は道路に面していて、大きな窓もあるので遠くまでよく見える。

燃えているのはどの辺りなんだろうと思い、一緒に部屋まで見に行った。

探すまでもなかった。

狭い道路を挟んだ向かいの家のすぐ裏の建物が、激しく燃えていた。

あれは佐々木家だ。

黒煙を出しながら、真っ赤な炎が上がっている。

これだけすぐそばで火事が起きて、下手したらうちにまで火が回ってくるかもしれないというのに、美晴はあまりにも冷静だった。

「ね。燃えてるでしょ?」

佐々木家の方を真っ直ぐ見つめて美晴が言った。

ゾッと寒気がした。

その表情は一見無表情にも見えるが、静かに怒りを抑えているようにも、また嘲笑しているようにも見えた。その瞳に真っ赤な炎が見えた。

しばらくするとサイレンが聞こえてきて、ようやく消防車が到着し、消火活動が行われた。



数日後、近所の人たちと話す機会があった。

この前の火事のことが話題に上がった。

あの火事は謎が多いらしい。

あの時、佐々木家には誰もいなかった。だから余計に発見が遅れたようだ。

最初に放火の線が上がったが、近くの防犯カメラには怪しい人影は映っておらず、この辺りで放火事件も起こっていないことから、放火ではないとわかった。

火元は健吾くんの部屋だった。

はじめは健吾くんが実はタバコを吸っていて、燃え殻の不始末でもあったんじゃないかという噂もあったが、そんなことは全くないらしい。

他にも、家電によるものなども疑われたが、調べたところその可能性もないと。

そして燃えたのは、健吾くんの家だけ。全焼だった。田舎とはいえ両隣の家はすぐ側に建っているはずなのに、周りの建物は一切被害を受けなかったのだ。


「誰かに呪われたのかしらねー」

呪い。

その言葉を聞いた時、美晴の瞳が浮かんだ。

「でも佐々木さんご夫婦、良い人たちじゃない。健吾くんも恨みを買うような子じゃないし」

それは違う。

少なくとも美晴は健吾くんを恨んでいた。


思い返せば昔から美晴の周りでは度々不幸が起きていた。

幼稚園の年中の時、友達の咲ちゃんがうちに遊びに来て、それは大事だから触らないでと美晴が言ったおもちゃにふざけて触り、取り合いになっておもちゃが壊れてしまったことがある。咲ちゃんはその日、泣きながら家に帰る途中で交通事故に遭った。

小学校ニ年生の時、学校のブランコでなかなか順番を譲ってくれない年上の男の子がいた。ある日その男の子がいつものようにブランコを占領していたら、突然ブランコの金具が外れて大怪我をした。

小学校の修学旅行の時、見学に行った歴史資料館で館長さんが解説をしている間、ずっと大声でおしゃべりをしている男の子たちがいた。美晴は解説が聞こえないから静かにしてと注意したがおしゃべりは止まなかったそうだ。その日の夕食、その子たちだけが食中毒になった。

ずっとたまたまだと思っていた。

たまたま美晴が気に食わない子がたまたま不幸に見舞われただけだと。



帰宅してもなんとなくモヤモヤしたものが残っていた。

美晴は今日も学校へ行き、いつもの時間に帰ってきた。健吾くんの家が火事になって以来、美晴は毎日きちんと登校している。

今日は私の夜勤がないので夫が帰宅したら夕ご飯になるため、美晴はおやつを食べずに勉強していた。

夕方六時。夫が帰ってくる時間だがまだ帰ってこない。

美晴は先に風呂に入りに行った。

なんだか嫌な予感がする。


夫は国立大学の理系の学科を出ていて、今は高校教師をしている。

そのせいか、美晴が子供の頃から理系科目をしきりに教えたがった。美晴は小学生の時はどの科目もバランスよく出来ていたが、中学に入ると先生との相性が悪く、数学の成績がガタ落ちした。それをいいことに夫は、やたらと美晴に数学を教えようとした。

美晴は基本的に自分で勉強をしたいタイプだが、夫には気を遣って素直に教わっていた。ただ夫は話が長い人で、余計な解説が多く、他の勉強の時間を奪われてしまっていた。

美晴本人から夫への不満を聞いたことはないが、側から見ていて美晴がいつもイライラしているのはわかった。


まさか今度は夫が…?

そんなはずはないと気持ちを切り替えようとしていたら、美晴が風呂から出てきた。

「お父さん、遅いね」

「学校で何かあったのかしらね。帰り際に先生につかまったりもするし」

私は美晴に不安を悟られないように振る舞った。

だが美晴は納得していないような顔で言った。

「お父さん、もう帰ってこないかもね」

その瞳には、真っ赤な炎が映っていた。

その時、自宅の電話が鳴った…。



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