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読書のあとに

本編28話「知識の箱」あたりのお話です。盛大に遅れてしまいましたが、バレンタインに寄せて書きました。

 図書館の閉館時間を知らせる魔法具が作動しました。顔を上げつつ、読んでいた本を閉じます。古い言葉で書かれているものだったので、すぐに調べられるよう横に置いていた辞書も一緒に。


「よし、宿へ戻るか」

「そうしましょう」


 当たり前のように差し出されたフレッド君の手を掴めば、彼は無駄のない動作でわたしが立ち上がるのを支えてくれます。


 ……あれ?

 けれども、今日はいつもとは少しだけ力加減が違うようです。どこかの芯の緩んでいるような……疲れている、のでしょうか。

 いえ、それもそのはずなのです。よく考えてみれば、普段から手もとで作業をすることの多いわたしと違って、フレッド君は身体を動かすことのほうが多いのですから。


 それでも彼は、明日もわたしが図書館へ行くときにはついてきてくれるのでしょう。北部領の図書館はこの国でいちばんの大きさだから楽しみにしていただろう、などと言って。

 何気なく支えてくれる手もそうですが、こういう気遣いを自然にしてくれるのが彼の優しいところで、けれどその優しさがいつか彼自身を壊してしまわないか、不安になることがあります。ですからわたしは、そんなフレッド君が安全で元気にいられるように頑張らなくてはなりません。

 ……頑張ると、決めたのです。


 そのためには小さな疲労感だって、放っておくのは良くないでしょう。……そうですね、確か、疲れには甘いものが効くのでしたっけ。

 わたしは良いことを思いつきました。


「……ふふ」

「リル?」

「な、なんでもありません。……そうだ、宿へ戻る前に、市場へ寄っても良いですか? 買いたい物があるのです」


 そう言えば、フレッド君は「また新しい調合でも思いついたのか」と納得しました。

 ……本当は、お菓子を作るつもりなのですけれど。

 いつもであればむぅと口を尖らせてしまうところですが、今日ばかりは都合が良いと言わざるを得ません。せっかくですから、ギリギリまで秘密にしていたいと思います。自分の、普段の言動に感謝です!




 そうして領都らしい賑やかな市場で無事に買い物を終えて、今度こそ宿へ戻ります。

 念には念をということで調合に使えそうな素材も買ったため、隣で買い物を見ていたフレッド君に怪しまれることもありませんでした。

 さらに都合の良いことに、この街でとった宿は料金が高めの分設備がしっかりしていて、宿泊客も利用できる簡易調合室がついているのです。これはもう、作戦成功の予感しかありません。


「……フレッド君、」

「どうせ夕飯前に調合をしたいとか言い出すんだろ?」

「う、どうしてわかるのでしょう……」

「その浮かれ具合と買い込んだ荷物を見てわからないほうが難しいと思うが」

「むぅ」


 フレッド君の意地悪な笑みに、わたしはやっぱり口を尖らせてしまいました。


 さて、見ていようとするフレッド君をなんとか説得して部屋に戻し、一人になった調合室で素材を広げます。

 作るのはフィコスの甘菓子。すり潰したフィコスというほろ苦い木の実に砂糖を加えて固めたものが基本形で、果物にかけたり、パンに練り込んだりと様々に使えて美味しいお菓子です。

 市場では、ここ北部領の特産品である乾燥果実と琥珀色のお酒を買えたので、二種類のものを作ろうと思います。


 ちなみにフィコスの甘菓子は本来、たくさんの砂糖を必要とします。けれどもあまり買うと怪しまれてしまうので、甘さの強い花蜜で代用するのです。

 調合が得意な人は料理も得意だと言いますが、こうした知識なども応用できるからなのかもしれませんね。


「……そういえば」


 すり潰し、溶かしたフィコスに花蜜を加えながら考えます。

 図書館で読んでいた古い本。効果の気になる魔法陣。詰め込まれた宝のような知識たち――。

 そして今、わたしは調合室にいるのです。


 フレッド君に秘密にしておくために「調合」ということにしておきましたが、本当にそうしても良いのではないでしょうか。……ほ、ほら、嘘をつくのも悪いですし。


「よし」


 そうと決まれば実行です。わたしは左手に魔力を集中させ、杖を出しました。

 それぞれの“気”の様子を確認します。

 ……これなら疲労回復の効果や、感覚を研ぎ澄ませるような効果も期待できそうですね。

 フレッド君に魔法は効きませんが、こうして元々素材の持っている力を強化することで影響を与えられることは実証済みです。


 乾燥果実には一つずつ魔法陣を刻み、お酒のほうは……うーん、酒精が空気中へ逃げ出してしまうので、フィコスに混ぜてからのほうが良いかもしれません。


 魔法陣を刻んだ乾燥果実に熱して溶かしたフィコスをかけます。

 転がしながらゆっくり冷ましていくと、不格好ではありますがころりとまぁるくなりました。


 それから余ったフィコスに琥珀色のお酒を混ぜれば、煙のような匂いがふわりと素敵に香ります。フレッド君の、準成人の初酒をしたあの日を思い出します。

 ――と、少しだけじんわりしながらも、わたしの手はうきうきで魔法陣を描いていました。それはお酒を混ぜることで冷えてきたフィコスに定着するようにして、光ります。

 完全に冷えてしまう前に魔法で形を整えてしまえば、こちらも完成です。


 料理の上手い下手はあまり関係のない工程でしたが、一応味見をしておきましょう。

 大好きなプァロの乾燥果実にフィコスをかけたものをつまみ、口へ入れます。


「ふふ、甘くて美味しいですね」


 魔法の効果もばっちりのようです。普段のフレッド君が進んで甘いものを口にすることはありませんが、これなら気に入ってくれるかもしれません。


 お酒を混ぜたほうも食べてみます。

 酒精はある程度消えているので子供のわたしでも食べられるようになっていますが、風の魔法を使って香りを残しているため口の中で大人の味が広がるようです。

 フレッド君はこのお酒が好きなので、喜んでもらえたら良いなと思います。




 予定通りに翌日も図書館へ行き、そこで思わぬ話を聞いたわたしたちは、残念ですがこの街を出ることにしました。本当はもっと知識を取り込みたかったのですけれど、仕方ありません。

 わたしがなにより優先したいのは、フレッド君と旅を続けることなのですから。


 次の目的地までは、なだらかではありますが、雪の積もった道が続きます。疲れを覗かせているフレッド君には勿論のこと、バランス感覚のないわたしにとっても危険な道のりとなるでしょう。

 考えていた渡しかたとは違ってしまいますが、絶好の機会です。


「フレッド君」

「ん?」


 リュックから取り出したお菓子を広げてみせると、「フィコスの甘菓子か?」と言って目ざとい彼はお酒を混ぜたほうをつつきました。


「全部、フレッド君にあげるつもりで作ったのです」

「……リルが、作ったのか?」


 フレッド君は一瞬固まったようにこちらを見て、徐々に目を丸くさせます。

 それから、なにか思い当たったのかいつも通りに溜め息をつきました。


「昨日のあれか。薬でも混ぜたか?」

「ひどいです! ちゃんとしたお菓子ですよ!」

「悪い悪い、冗談だ」

「……ふ、フレッド君には調合だと言ってしまったので、魔法で効果をつけたのは本当ですけれど」


 もう一度、今度はわざとらしく溜め息をつかれてしまいました。


「ほ、ほら。久々に本を読んだので疲れてしまったでしょう? そういうときは、甘いものがいちばんなのですよ!」

「……もしかして、そのために作ったのか?」


 どこかぽかんとした様子の彼に頷けば、フレッド君は先ほどつついたお菓子を口に入れました。味わうようになされる咀嚼は艶っぽく、なんだか緊張してしまいます。

 その口の端が持ち上がるのを、わたしはふわふわした心地で見ていました。


「美味いな。それに、目の奥の痛みが引いたような気がする。ありがとう」 

「どういたしまして。……ん」


 お礼を受け取りほっとしたのもつかの間、ひたと唇になにかを押し当てられました。反射的に口の中へ受け入れてしまいます。

 舌に当たったそれはほろ苦いような、甘いような、丸いお菓子。


「中はプァロだろうな。それ、お前は好きだったろ」


 ……わたしがプァロを気に入っていることを覚えていてくれたことに、嬉しくなります。

 カリッとフィコスを噛めば、中からじゅわりと果実の甘味が滲み出してきました。魔法の効果もあって、その甘さが身体に染み渡るようです。図書館で聞いてしまった話や、まだまだ続く雪山の道も、これなら乗り越えられるでしょう。


 ふふ、とつい緩みすぎてしまった頬に気づいてフレッド君を見ると、彼は静かにこちらを見ていました。

 雪景色に凛と浮かぶ深い青色の瞳は、思いのほか温かくて。

 味見をしたときよりもずっと甘く感じるのは、わたしの気のせいなのでしょうか。

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