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第八十五話 ビリヤード対決、世紀の天才篇

 勢いよく飛び出したキューが球を突き、台上のゲートを回ってポールにカツンと当たる。

 時に、球は走り幅跳びのように飛んでゲートの上を越えたり、ポールの周りを一周してからゴールしてみるなどする。

 吸血鬼が打った球はアーティスティックな動きをしてエリザベスの球を妨害し、コツン、コツンと何度だって、エリザベスの球より先にポールに当たってゆく。それも、全て絶妙な力加減で、間違えてポールを倒してしまうというようなことがない。

 エリザベスが悔しそうにキューを握って、キッと吸血鬼を睨んだ。


「貴方の時代のビリヤードどやら、がなりやり込んでいだようでずわね!」

「まあね」

「吸血鬼さんうめぇ……。ほんと、できないことってのがないっすよね」

「まあね」


 賛辞を受ける吸血鬼だったが、この状況に一番驚いているのは彼自身だった。吸血鬼はキューを持ち上げて平静を装いながら、激しく鼓動する心臓をなんとか落ち着かせようと息を吸う。内心では、こんなことを思っていた。


 仲間内では「世紀の下手くそ」として名を馳せていた僕とは思えないーー。


 そうだ。大学時代、友人に誘われてビリヤードを始めた吸血鬼といえば、キューが球に当たらない・球が球に当たらない・球が穴に落ちない、と散々な有様だった。


 だが考えてみれば、現代のポケットビリヤードで吸血鬼が不得意にしていた要素は、旧代のビリヤードではことごとく排除されている。


 まず、エリザベスの時代のキューは、先端がヘラのように平べったく、幅広になっている。これなら、さすがのヘタクソでも狙いを外すことはない。

 次に、手球を球に当てて動かすことが苦手だった吸血鬼だが、目の前にあるビリヤード台には、球がたった二つ。一つは吸血鬼の手球、もう一つはエリザベスの手球だ。つまり、球を直接打ってポールに当てればよいルールなのだから、球と球の位置関係とか弾き方とか考えることが減ったおかげで、比較的簡単に思える。

 最後に、球を穴に落とす必要がない、むしろ落としてはいけないとくれば、吸血鬼の独壇場と言わざるをえない。以前から、吸血鬼は「ビリヤードでポケットインできない呪い」というものに侵されていた。今だって、ビリヤード台の側壁に均等に空いた穴と穴の隙間を狙って球を打ち、球をその狭い面積しかない壁に弾かせてポールに当てるというのを容易に行っている。狙おうが狙わなかろうが、吸血鬼が打った球が穴に入ることなどないのだ。


 明らかにこっちの方が向いてるじゃないかと、吸血鬼は特徴的なキューの先を感慨深く撫でた。


「ねえ、吸血鬼さん。ルールは覚えたから、俺も、俺もやってみたいんすけど!」


 キューの順番待ちがてら、二人のゲームを観戦していたミカだったが、ついに我慢できないというように吸血鬼に手を伸ばした。キューを受け取ってプレイヤーの交代を強請るミカに向き合って、吸血鬼は一度頷きかけたものの、少し惜しくなってキューを見つめる。なにせ、一生に一度出会えるとも限らない才能に出会えたかもしれないところだ。要するに、今いいところなので順番を代わりたくない。


 すると、見かねたエリザベスが大きくため息をついて、吸血鬼のかわりにミカへ自分のキューを手渡した。


「まっだぐ、大人気ないでずわ~……。ほらミカ、わだぐじはこれ以上やっでも彼には勝でないでじょうがら、若い力でわだぐじの仇を取ってぐだざいまぜ」

「ええっ、いきなり吸血鬼さんと対決っすか」

「なんでずのそれは、嘗められたものでずわね。一応言っておぎまずげれど、わだぐじがひどく負けでいるのは、今日初めてやったからでずのよ。初めてにしではおそらく、きっと、上手い方だど思いまずわよ」

「いやいやいや、姉さんが下手とか言ってないでしょっ。見てた感じ、ビリヤード難しそうっすから、熟練の強プレイヤーといきなり勝負ってのにビビっただけですって」

「熟練の強プレイヤー」


 吸血鬼は、その称号を噛みしめるように口にする。極夜の館に迷いこまず、元の時代で平和な生活を送っているだけでは絶対に得られなかった称号だった。

 

吸血鬼はそれを、決して否定しない。


 しかして、吸血鬼とミカによる第二回戦は始まった。ミカの腕前は最初、エリザベスと変わりなく、しばらくは吸血鬼が一方的にスコアを伸ばしていった。しかし、戦線から身を引いたエリザベスが両プレイヤーのプレイを俯瞰して見られるようになった結果、なんとミカに適切なアドバイスを与えるようになったのだ。それは、吸血鬼が「なんとなく」「まぐれで」「天性の癖で」やっているショット時の姿勢とか、狙いの定め方とかを、ロジカルに把握して繰り出される「ビリヤードのコツ」の教示だった。


「あーっ、すげえ! 姉さんの言うとおりにやったら、本当にポールに当たった!」

「やりまじだわっ。それど次でずが、彼のショットを何度か見たどごろ、どうやらこういう場合は一度球の端を狙っで……」


 エリザベスの助言は非常に小声で、吸血鬼の耳にまでは届いてこない。しかし、ミカは教示される「ビリヤードのコツ」を若さゆえの飲み込みの速さで確実にものにしていき、開始から十数分後には、吸血鬼となかなかいい勝負をするまでになってしまった。吸血鬼が自ら知りえない「吸血鬼の技」を、エリザベスが勝手に解析して、ミカが覚えていっている。このままでは、吸血鬼のまぐればかりの腕前など、すぐに抜かされてしまうだろう。


 吸血鬼は焦った。

 せっかく手に入れた「熟練の強プレイヤー」という称号が、早くも失われようとしている。

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