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第八十一話 やっぱり家篇

ミカが変身した狼は、四つん這いからすぐに上体をもたげ、後ろ足と尻で座るような姿勢をとった。それから、まるで人に懐いた犬のように吸血鬼の方を見ると、口を薄く開き、弱々しく鳴いた。


「クゥーワッ……ワォン……」


 昨日大暴れした狼とは様子が違うようだと、吸血鬼は少しだけ警戒を解く。狼は不満げに首を数回捻り、「クゥー……クゥー……」と、探るように数回鳴き続けた。しばらく後に、口をパックリと開き、喉奥を見せつけるような格好で人語を発声した。


「キ、吸血鬼さん」

「……アッ、ミカ!?」


 狼が発した言葉は、動物の鳴き声が何かの加減で人の言葉に聞こえる、というような曖昧なものではない。それは、はっきりと吸血鬼に向かって呼びかけた声で、吸血鬼は動揺に思わず声を裏返した。


「意識があるのかい?」

「はい。自分の意思で、変身できるようになりました。昔はやってたと思うんです。研究所では……」


 狼になったミカは、獰猛そうな見た目のわりにもじもじとした仕草をして、首を左右に振りながら顔を俯かせる。まだ狼としての動きに慣れないようで、そのあまりに人間じみた姿に吸血鬼は安心して、狼のことを改めて「ミカ」と呼んだ。


 吸血鬼は、ミカの太い首に腕を回す。頬を毛皮に擦り付けると、多幸感に包まれた。


「おお…………!!」

「どいてください、吸血鬼さん」

「一度やってみたかったんだ。狼を抱いて、おお……!!」

「どいてください」

「トラディショナルなヴァンパイア・ロードみたいだろう? 要は金持ちっぽいって話だ……」

「グワン!!」


 吸血鬼の耳元で強く吠えると、彼は即座にミカから後退りし、緊張した面持ちでミカを見つめた。本当は、ミカは少し強めに「ねぇ!!」とでも言うつもりだったのだが、いかんせん、狼の姿で喋ることには慣れておらず、少し力んだだけで怒った猛獣の声が出てしまった。全然可愛い声が出なかった。


「別に怒ってないっすよ」

「ごめんね……失礼だったね……」


 本当に怒っていないのだが、吠えられた吸血鬼は余程驚いたのか、はたまた昨夜の恐ろしい様子がまだ印象強く残っているのか、シュンとして顔を俯かせた。しかし、手元はまだワキワキと動き、狼の毛皮を愛でることを欲している。もう少し怖がらせてもよかったかもしれない。


「いいから、そこどいてくださいよ吸血鬼さん。部屋から出たいんですよ、俺は」

「ええ? そうは言うけど、どこに行くの? ていうかなんで突然狼に変身したの?」

「姉さんが茨の壁を治してるんでしょ? 下から金槌の音が聞こえるっすね。俺も手伝いに行ってきます」

「え? 朝ごはんはどうするんだい」

「後で食います」

「お昼になっちゃうよ!」

「もう!」


 ミカは一度部屋の奥へと戻り、狼の長い鼻先で皿をシーソーのように弾いてパンを宙に浮かせると、大きな口でキャッチしてそのまま丸呑みしてしまった。スープも皿ごと食べる勢いで口に流し込み、一分もかからず完食してしまう。


「これでいいでしょ。姉さんばっかり働かせてらんねぇっすよ。吸血鬼さんったら、力仕事とか全然しないのはダメっすよ。これからも三人で住む家なんだから、みんなで修理しないと」


 ミカは四つの逞しい脚をしなやかに使って、トットットットッというように廊下を階段へ向けて進んで行った。その後ろ姿が見えなくなる前に、吸血鬼は困惑から脱する。


「待つんだ!」


 吸血鬼の呼びかけに、ミカが首だけクルリと振り向いた。


「君、過去の記憶を思い出したんじゃないのかい?」


 昨夜、ハチミツミルクを飲んで眠ってしまう前のミカは、館に来る前の記憶について口を滑らせていた。それに、彼は今、狼になる能力を自在に操っている。これは、明らかに、彼が過去の記憶の全てを取り戻したことを意味しているだろう。


 ミカはずっと、極夜の館から出て、故郷へ帰りたがっていたはずだ。記憶を取り戻した今、彼の故郷は特定できる。故郷に残してきた家族だって恋しいはずだ。なのに、どうして、「これからも三人で住む」だなんて。


「俺の家は、やっぱりここになりました」


 ミカはそれだけ言って、狼の顔でありながら、寂しそうに笑った。


「後で、俺の話聞いてください」


 そう言い置いて、ミカは身軽にも階段を2歩で降りきり、突貫工事の音がするキッチンの方へと向かっていった。吸血鬼は二階に取り残されたまま、階段の上からミカの行先を見送る。


 数秒後、エリザベス嬢の野太い悲鳴が響き渡った。それから、体長二メートルの狼が彼女に背負い投げされた時の地響きも、狼の呻き声と共に。

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