第六十七話 エリザベス討伐隊篇
「エリザベス討伐隊」は、離れの玄関扉を突破し、大食堂ですぐにエリザベスの姿を見つけた。
無断で屋敷に入ってきた二十人ほどの集団、その先頭に立つ三人の見慣れた顔を、エリザベスは椅子に座ったまま、瞳孔だけを動かして確認した。
しばらくの間、その空間からは音が失われていた。それは生が失われるということであり、文字通り、討伐隊の皆は息を呑み、死を肌で感じ、戦慄するような感覚に襲われた。
彼らが怯えた理由といえば、人によって様々だった。
彼らの中にはエリザベスの姿を初めて見る者もいて、そういう者は彼女の造詣の美しさと相反して纏う死の気配に薄寒さを感じていた。
エリザベスと会ったことがある者、とりわけウィリアムやフレベリン、リアムなど彼女と近しかった者たちは、彼女が失った生物らしさに背筋を凍らせていた。見た目が怪物然としたというわけではない。彼女が今どのような姿でいるのかは、数年ぶりの再開だとしても予想がついていた。彼女の「生物らしくない」というのは、その立ち振る舞いのことなのである。
エリザベスは二十人の訪客たちを前にして、ぴくりとも動かなかった。背筋を伸ばして上座の椅子に座り、入り口の方向に顔を捻ったまま何もしない。突然現れた人々に驚くこともなく、逃げ出すどころか立ち上がることすらしない。ただ、自分をどうにかしに来たらしい者たちを、無感情な様子でじっと見つめ返していた。
「エリザベス……」
ウィリアムが、震える声でそう呼びかけた。しかし、彼の娘が答える気配はない。ウィリアムはその場に崩れ落ちた。静かに涙が落ちていく。あのエリザベスが遂に、喋ることも動くこともできなくなってしまったのかと。
「違うよ、爺様」
リアムがそう言って、ウィリアムの背中を叩いた。リアムは首を横に振りながら、大食堂の中に歩みを進める。彼がエリザベスと残りごくわずかな距離まで接近したのを見て、誰かが悲鳴を上げる準備のように息を吸う。
リアムとエリザベスは正面から見つめ合ってみた。母を前にしても、リアムの厳しい表情に変化はない。息子を前にしても、エリザベスの目に母らしい何かは現れず、そのことにリアムは内心でほっとした。
「彼女は何もかもを失ってる。それを嘆く気力さえも」
リアムはエリザベスに背を向けた。
「皆さん、始めてください。多少時間がかかったとて、この怪物は逃げません」
エリザベスは忙しく動き始めた人々を眺めながら、こう考えた。自分は終に恨まれるべき存在と成り果てたらしい、この二十人ほどの人々に、今日殺されるのだろうと。
しかし、彼らは三日ほど経っても、エリザベスを殺そうとはしなかった。
この「エリザベス討伐隊」というのは、フレベリンが声をかけて集まってきた者たちだ。彼らの中にはアドラー領とは縁もゆかりもない者もいるくらいで、何もエリザベスに恨みを持って集まったのではない。彼女を急ぎ殺すことがないのはそういう理由で、むしろ、彼女を殺してしまえば、彼らが本当に関心を寄せる実験を開始できないわけである。「エリザベス討伐隊」といえども、フレベリンの人脈から寄せ集められた人物たちだ。彼らは普段、あのロンドンの地下あたりに息づいている人種であって、長年、仮定と想像を繰り返してきた「ある方法」について、この度、「怪物討伐」の大義を借りて、試しに来たという者たちである。
「エリザベス討伐隊」の隊員が、ある程度事情を知る誰かに自己紹介をするならば、皆が皆、「悪魔信仰者」と答えるだろう。
これは、アドラー家の離れを使った、悪魔信仰の珍妙な実験なのである。




