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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
記録:不死の美貌・エリザベス
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第六十四話 私の中の悪魔篇

エリザベスが診療所に持参した箱の中身を見て、フレベリンは目元を険しくして言った。


「これは?」


 エリザベスは悪びれもせず言う。


「16歳、若い女の顔の皮膚よ」

「どうやってこんなものを?」

「我が家には怪物が出るのよ。若い女を殺す怪物がね」


 フレベリンは首を緩く横に振った。アドラー家の前当主夫人が重い精神疾患の末、屋敷の離れに監禁されていることはフレベリンも知っている。フレベリンはアナ夫人本人に嫌われているため、医者として彼女を診たわけではないが、彼女を診察したアドラー領の精神科医から多少の話は聞いていた。


「領主夫人、いやエリザベス。こういったものが必要なら私が手に入れてくる。あなたが手を汚してはいけない」

「……」


 エリザベスは首を傾げて目を逸らす。


「……して、他人の皮膚をどうしろと?」

「わたくしに移植するというのはどう?」

「エリザベス!」


 フレベリンは今度こそ強く彼女を怒鳴った。自分の顔を変えるだけでは飽き足らず、他人の皮膚を自分の顔に貼り付けようとは、さすがにフレベリンにも受け入れられないと思った。しかし、エリザベスは怯まない。


「どうして今更怖がることがあるの? わたくしたちには、もう神の意志なんて関係ない。人道は既に踏み外したのに、そのまま一歩二歩外に進んで行ったって、何も変わらないじゃない」


 フレベリンはエリザベスの肩を掴んだ。エリザベスもいい歳だが、フレベリンは最初に彼女の顔を弄った時から、彼女に親のような感情を向けてきた。それは、悪魔をその身に許したエリザベス、同胞としてのエリザベス、そんな彼女に対しての親心だ。


「エリザベス、私は君をこの道に引き摺り込んだ者として、今、君を止めなければならない! 我々は同じ穴の六科ながら、我々同士を監視しているのです。行き過ぎようとしている者が居れば、互いに引き留め合うのが同胞なのです! それは、道から外れた我々を、それでも怪物の道へ落とさないための掟なのです!」

「そんな掟があるとは知らなかったけれど、それなら貴方には、ここでわたくしを止める必要はないわ」


 エリザベスはフレベリンの手を振り払おうとはしなかった。至極落ち着いた様子で、再びフレベリンの眼前へ皮膚が入った箱を突きつける。


「わたくしが顔を変えたきっかけを忘れたの? 貴方がわたくしを唆したのではないのよ。貴方が何を言おうと、母が何を言おうと、わたくしは止まらなかっただけ」


 エリザベスに取り憑いた悪魔が、ついに暴走を始めたのだとフレベリンは思った。何故なら、フレベリンもまた、彼女の口を使って悪魔が発する言葉に心動かされたからだ。

 フレベリンに責任がなく、ただエリザベスが一人で堕ちていくだけなのであれば、フレベリンは皮膚の移植手術をしたいのだ。なぜなら、彼は、医療の悪魔に取り憑かれているのだから。


§


 エリザベスは若返った。彼女の美は若々しさを取り戻し、皆が美の女神のようだと褒め称えた。


 しかし、その偽りの若さは代償のように非常な限りがあった。彼女は以前よりも高頻度でフレベリンの元に通わなければならなくなった。


「フレベリン! ああ頬肉の境目がよれて痛いの!!」

「エリザベス、そんなに叫んでは余計に歪んでしまう……」


 顔面の皮を更新する予定日ではなくても、こうやってエリザベスが診療所に駆け込んでくる日は多くあった。


 だが、もう一つ、彼らは重大な問題を抱えていた。

 それは、この先エリザベスが顔の皮膚を更新し続けていくには、若い女性の皮膚がどうしても足りないということだった。

 アナの暴走で殺された娘だけでは到底足りない。フレベリンが裏のルートから取り寄せるのにも限度がある。

 エリザベスは皮膚のストックがなくなるたびに絶望に苛まれていた。


「わたくしの中の悪魔よ……貴方ならどうするの」


 リアムが次の誕生日を迎える頃。九歳の誕生日会の最中にリアムの衣装を汚した罪で、ルーシーがアドラー夫人に罰された。


 離れに連れて行かれたルーシーは、拷問台の前で泣き喚く。


 リアムの世話を務める他の使用人たちは、ルーシーを庇って騒ぎ立てた。


「奥様、どうして今になって!」

「あれはただの不注意だったとお話ししたではありませんか!」

「誕生日会もうまくいったのです! なぜ1年経った今、ルーシーを処刑する必要があるのですか!?」


 エリザベスは使用人たちの抗議を黙殺するばかりだった。言われずともわかっているのだ。ただ、今、理由をつけて殺せるような若い女性が、ルーシー以外にいなかったというだけで。


 ルーシーを抑えつける下男たちの顔も青ざめていた。

 可哀想に、拷問台に乗せられるルーシーを遠くの方から見つめていたリアムが、ようやっと口を開く。


「……あ、お、お母様……。あの時は、僕が……」


 震える足で一歩エリザベスの方へ踏み出したリアムの脇を、何かがもの凄い勢いで走り抜けた。驚いたリアムがその背中を目で追えば、拷問台に真っ直ぐ向かっていったそれが、リアムは殆ど会ったことのない祖母であるとわかった。


 使用人たちやリアムは、突然走り込んできたアナに呆気に取られていた。困惑の空気に気づかないまま、アナは拷問台を動かすレバーを戸惑いなく回し始める。


「この女が! この女がエリザベスを苦しめるのね!」

「そうですわ、お母様。いつもわたくしを守ってくれてありがとう。これからもお願い致しますわ」


 エリザベスだけは、アナの狂気的な言動についていっていた。老婆の弱い力を振り絞り、体全体を使って拷問台を動かすアナの姿。まるで、狂ったカラクリ人形のようだった。レバーを回すと、拷問台の女が醜い悲鳴を上げるカラクリだ。


「神よ! ご覧ください! 私はまた道を誤っています! それでも私は我が道を行くのです! 卑賎な愚族をご覧ください! 貴方の目を楽しませる! 貴方の目を楽しませる!」


 ルーシーの悲鳴が一際大きく上がった。使用人たちはリアムを腕の中に抱きしめて、自らも両目を瞑ってうずくまっていた。ルーシーの肩や足の関節が外れても、彼女の腹が裂ける時まで、エリザベスとアナの親子は止まらない。

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