第六十二話 茨のタブー篇
エリザベスがリアムの誕生日パーティー会場である大広間に到着するや否や、扉をくぐったエリザベスを押し返さん勢いで向かってくる男がいた。先ほど、廊下の向こうにも聞こえるほどの怒号を轟かせていたゲストの男である。彼は人差し指をエリザベスの喉元に突き立て、血走った目でエリザベスを睨んできた。
「貴様、このアマ、いいご身分だな、ゲストを放ってどこに行っていたんだ!? 私の娘を連れて行ったんだろう、私の娘はどこだ! 私の娘に何をした!?」
エリザベスはわずかに眉を寄せたが、この男の子女の顔を思い浮かべた後、得心した。彼はアドラー家の親戚筋の者が昨年婚姻を結んだ家の当主で、要するに新しく親族に加わった遠縁の貴族であった。確か、昨年結婚した娘の他にもう一人、彼女の妹に当たる十五歳くらいの娘がいたはずだ。その年頃の少女に関する「アドラー家のタブー」について、アドラー家の使用人からはもちろん、娘が嫁入りした家の方からも説明があったはずだが。
「忠告をお聞きにならなかったのですか? 中庭の、野茨が植わる一角に近づいてはならないと」
「聞いたぞ。それがどうした?」
「……茨の園に近づいたのなら、お嬢様はもう、助かりませんわ」
そもそも、「十五歳の娘がいなくなった」と聞いた時点で、その娘が既に亡くなっているだろうことは予想できていた。その父親が、「アドラー家のタブー」について大した関心を抱いていない様子を見て、予想が確信に変わっただけだ。
去ろうとするエリザベスの行く先を、男はしつこくも立ち塞いだ。
「おい、逃げるのか! きちんと説明しろ! 娘をどこにやったんだ!」
「レンブラン卿」
エリザベスは男の名を呼び、男の正気を失いかけた目と目を合わせた。それから、その目を再び周囲に向けて、パーティー会場を見渡すように男を促した。
娘を失った哀れな父親は会場を見渡して、ようやっと、この場で自分だけが間違っていることに気づく。凍てついた空気感の中で憐れむような、痛ましく思うような視線が男に向かって伸びて、肌に突き刺さっていた。
「アドラー家に出入りするなら、わかっていなければならない。若い娘が茨の園に近づけば、助からないのですわ」
パーティーの招待客たちは、男が娘を探してむやみに怒鳴りつけている間に、全ての事情を察していた。既に、啜り泣いている者もいた。男の長女が嫁入りした家の当主までもが、男に向かって、ゆっくりと首を横に振ってみせた。
男は絶望の悲鳴を上げて、エリザベスを突き飛ばし、パーティー会場を出て行った。
通夜のような会場内でも、やはりエリザベスが先立って現実に戻って来た。
「……リアム。どうして服を着替えているの?」
壁の隅で、使用人と一緒に小さくなっていたリアムを見つけ、そう問いかける。
「ワインを零してしまったのです」
正直に白状したリアムの肩を、使用人たちが慌てて抑える。
「違うのです、奥様。我々が給仕中にミスをいたしましたのです」
「……ルーシー?」
「そ……いいえ? わ、わたくしが……」
大方、リアムがパーティーの最中に遊んでいたせいで、零したのだろうと思った。
エリザベスは一つ頷いて、リアムに声をかける。
「リアム、お客様へご対応をしっかりとするのよ」
「はい!」
それから、エリザベスはまた、会場の出口へと足を向ける。
「奥様。どちらへ行かれるのですか」
「お母様のご様子を見舞ってくるわ」
使用人たちはハッとして、こわごわと両手を胸の前で握りしめながら頭を下げた。
「どうかお気をつけて行ってらっしゃいませ」




