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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
記録:不死の美貌・エリザベス
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第五十九話 共犯者たち篇

 それから次の冬が来て、その次の夏が来た。


「ねえ、ご覧になった? アドラー家のお嬢様。あんなにお綺麗な方だったかしら」

「以前見た時は、もう少し素朴な感じだったはずですけれど」

「化粧だろう、まさか顔の形が変わるわけでもあるまい。女は怖いねぇ」


 とある貴族の邸宅で行われた社交会では、誰もがエリザベスに目を奪われていた。真紅のドレスに身を包んだエリザベスは、周囲から頭ひとつ抜けるほどに身長を伸ばし、豊満な胸を張って、パーティー会場の中央に佇んでいた。どれだけ視線を受けようとも構わない。今のエリザベスに恥入る所などどこにもなかった。


 円だが小さかった目は大きく切れ長に整い、小鼻の幅は狭くなって、鼻梁は高く通った。余分な頬肉が落ちて頬骨の美しさが際立ち、輪郭は鰓が落ちて理想的な卵形の顔となっている。小さな顔面の中心に鎮座する、両目と鼻の頂点が作り出した三角形は正に黄金比だ。

 エリザベスの美しさは顔の造形だけによるものではなかった。キャラメリゼされたお菓子を思わせる金髪は、毛先まで念入りに手入れされているのがわかる潤いを持ち、その長い毛を後頭部で高々と結い上げた姿は艶やかと言わざるを得ない。また、美しい姿勢や上品な仕草も人目を惹きつける所以であった。

 エリザベスは、己の価値は己の努力が報われた証だと自負していた。姿勢、仕草、言葉遣い、髪や肌の手入れ、それら小さな努力の積み重ねが、顔を変えたことで他人の目にも入るようになった…‥否。手術で顔を変えたことだって、エリザベス自身の努力の内である。それというのも、たとえ自分の顔に不満を持っていたとして、エリザベスのように顔にメスを入れるまで踏み切る勇気のある者が、世の中に一体どれほど居る? 即ち、エリザベスが手に入れた美しさは、全てが全て、エリザベスが努力によって勝ち得た結果なのである。


 エリザベスは、自らの美しさを誇っていた。彼女が美しくなったことで名家からの求婚も増えており、父ウィリアムもまた、喜びを隠しきれていない。父の喜ぶ姿を見れば、エリザベスだって嬉しいのだ。ウィリアムはエリザベスが顔を変えた後も、彼女を叱責したり勘当したりせず、ただ身体を心配しながら、素直な感想で美しさを褒めてくれたので。


 社交会で壁の花をしていた令嬢の一人が、エリザベス・アドラーを遠巻きに見て呟いていた。


「なんだか、お人形さんみたいなのよね」


§


 英国某所の医療大学教授舎から地下に降り、最奥の壁の隠しドアを開けると、赤煉瓦造りの地下道に出る。元は大雨が降った際の貯水槽として設計されていた地下道だが、諸々の事情で計画が断念され、煉瓦壁で覆われた構造物だけが残った。

 その地下道へ、大量の雨水の代わりに流入したのが「学会」である。もちろん、正規の学会とは違う。地下で行われる学会で議論されるのは、表の世界で禁じられた学問だ。錬金術、魔術、悪魔学、地球科学、宇宙学……フレベリンが顔を出しにきたのは、もちろん解剖学会だ。


 解剖学会の会場に入ったフレベリンに声をかけてきたのは、彼がこの世界に入ってからずっと懇意にしている闇医者の男だった。


「Dr.フレベリン〜、ああ、Dr.フレベリン。やあやあ、読んだよ論文。何あれ」

「何あれ、とは、Dr?」

「人間の顔面の骨格、筋肉及び神経の働きの詳細な記録……っていうのもさ、気になるのが……あれ、誰の顔面なんだい? 貴殿が弄り倒したのは?」

「いつもと変わらぬ。行き場のない死体の顔を切って、考えうる動きを記録したまで」

「そんなことは他の人もやってるよ。俺が『何あれ』って言った意味、わかるだろ?」

「なんだ」

「死体の顔を動かしただけじゃ、あんな確信的な書き方はできない。それに、あんたが今回書いたのは、『切ると危険な場所、切っても問題ない場所の別』だ。これってさ、もしかして、誰か貴重な協力者でも見つかったってことなんじゃないの?」

「何が言いたい?」

「え? 冷たいねぇ? 別に俺は、何か知ってて訊いてるわけじゃねえよ? カマかけようとしてるわけでもない。でもさ、俺になら教えてくれるかなぁ? ……ってぇ、思っただけだってのに」

「仮にそんな便利な人物が私の元にいたとして、君に教えるわけはないだろう。他の奴にもだ。同業者には絶対に教えられない。なぜなら私の患者だ」

「君の患者だ、もちろん。下手に手を出されちゃ困るよなぁ、わかるわかる。だけど水臭いぜ。『表じゃ言えないが限りなく興味深いこと』を共有するのが、この地下学会だろ?」

「……」

「はあん、いいぜ。今日はあんたの発表もある。どこまで言ってくれるか、楽しみにしてるよ」


 闇医者の男はそう言って、フレベリンの側を離れていった。


 フレベリンの『詳細かつ正確な顔面機能の予測』は、最近の解剖学会を一際賑わせていた。フレベリンは元々高かかった本来の医者としての評判に加えて、闇の学会界隈でも名声を手に入れた。

 これより、フレベリンは解剖学会での名声を保つために、より一層エリザベスと結託することになる。もし第三者がその一部始終を見ていたとしたら、二人のことを共犯者と呼んでいたに違いない。


 そうしてフレベリンが守り抜いた名声だが、この狭い地下道内での出来事だ。その広がりは解剖学会のみに止まらない。医師フレベリンの腕前の噂がアドラー領外にも伝播しているように、解剖学者フレベリンの評判についても、あの悪魔学会に至るまで実しやかに囁かれた。

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