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第5.5話 天井画の描写

 それは四枚のタブローだった。

十字に走る梁は天井を四つの区画に分け、丁度額縁のように嵌って、おどろおどろしい絵画を飾っているのだった。


 そう、それは正に、おどろおどろしいものだった。描かれたものにモデルはいただろうか。いたとするならば、それは人であっただろうか。

人であったならば、画家はどんな神経をして、人体をここまで醜く歪ませたのだろうか。


 大食堂の天井画は、全面を使って一つの場面を描いているわけではなく、例えば四コマ漫画のように、四つの区画ごとに別々の場面が表されていた。おそらく時系列順で、食堂の入り口から見て左奥が最初の場面、その次が右奥、右手前、左手前……。最初の場面の真下に立って、じっと見上げたまま、青年は、食堂をぐるりと一周するように歩きはじめる。


 主人公は一匹の魔物だった。影のように黒く、針金のように細い体で、街道を闊歩する姿。爪が地面をこすり、レンガを抉っていく様が描かれている。その魔物の不気味な姿に堪え、ふと目を逸らした先にあるのは、魔物の背後に倒れる人間たちだった。街の人々が、列を作って倒れこんでいる。ある者の腹は引き裂かれ、ある者は倒壊した瓦礫の下で息絶えている。ネズミを湧きたたせて率いる笛吹きのように、死体を湧いて出でさせながら、その真っ黒い顔に笑みを浮かべて、魔物は次の場面に歩いていく。


 次の絵で、魔物はすぐに捕まっていた。黒鉄の逆十字へ磔にされて、頭を下に、苦悶の表情を浮かべていた。場所の推測はできない。画面中央の逆十字が、白い輪郭でぼんやりと浮き出ている以外、何も描かれていないのだ。全てが黒く塗りつぶされている。その黒さは均等ではなく、上に行くにつれてだんだん青が混ざり、どこか静謐さを感じさせていた。誰もおらず、何も聞こえない、魔物自身の呻き声さえも聞こえてこない。




 3枚目の絵は。

 何だろうか。




 最後の絵に魔物はいなかった。この一つ前にいたかどうかも怪しいが。4枚目の絵には、魔物ではなく、裸の男が片膝をついて立ち上がりかけている場面が描かれていた。吸血鬼が視界の外れで、「マニエリスムな体だね」と誰かに向けて言ったのが聞こえた。青年の言葉で言えばマッチョであった。男の爪先あたりには黒い布切れのようなものが引っかかっている。脱皮をした蛇の抜け殻のようで、さては、一枚目から登場していた魔物が人間に生まれ変わったのだと、青年にはわかった。あのナナフシのような生物がこんな筋骨隆々の男になるのか。2枚目の絵とはうって変わって白い光に照らされて、背景には森が茂り、芝に覆われ、針葉樹のささやきが聞こえる。天井の対角上に白と黒の絵画が配置され、全体で見ると、真ん中でテーマが二分割されているようにも見える。しかしストーリーを追えば確実に、危険な魔物が人間になるまでの過程を描いた連作であった。


 3枚目の絵は、何なのだろうか。入り口から見て右手前、両扉から入室した人間は、もしかすると気付かずに素通りする位置だろう。わざわざ真下に来て見上げても、わからない。描かれているのは、きっと魔物の変身の場面だ。魔物の体が自然に反して崩れ、人間に組み換えられる様子だ。でもそれは、ストーリーを追うからこそわかることであって、画面から何かわかるものを視認しようとしても。じっと見ていると、うっかり血液でも吸い取られそうで。血液だろうか? この脳天から失われていくものは血液か? 血や肉や脳汁のような、人間の体に含まれているものか? そんな、手で触れられるような物体か?

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