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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
記憶の水の中で溺れ死んでごらん
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第三十三話 ウィジャボード篇――その二

「ミカの出身地は?」


『フィンランド』


「仕事は?」


『羊農家』


「家族は?」


『父、母、姉』


「なんか。今まで聞いたことある質問ばっかりっすね。パッとしないっていうか」

「確かに、耳新しい話はないかもしれないけれど、今まで聞いていたっていうのは私からの話でしょう? 私の話は予想だもの。いいじゃない、予想が的中していたと知れた」


 それに、このゲームの成果がまずまずだということも知れた。プランシェットは、ウィジャボードのアルファベットの上を躊躇なく滑り、意味のある単語を順々に示してくれていた。


 今のところ、ウィジャボードの霊もといミカの無意識の記憶が、質問に答えられない様子はなかった。


「じゃあ今度は、現在予想もついていないことを訊いてみようか」


 ミカは、俯いた姿勢から両目をそっと前に向けて、吸血鬼の顔を盗み見た。ゲームが始まってから、吸血鬼の顔には一切の皺が寄らなかった。冷徹だ。この人はずっと、クールで美しいけれど。


 正直、いくらかゲームを繰り返した今となっても、ミカからしてみれば、この状況に対する懐疑心はゼロになっていなかった。現在、ミカが吸血鬼に送るのは、何を訊く気なんだろう、そういう、警戒の視線である。


 吸血鬼は、ミカの視線に応えることなく、ウィジャボードに質問を続けた。


「ミカの誕生日は?」


『24、3、1965』


「1965年……」

「三月って、春生まれなんすね、俺。祝ってくれます?」

「う……」

「……ていうか、今日は何月何日なんすか?」

「わからないよ、ここにはカレンダーなんてないもの。それより、君は1965年生まれなんだね。年齢で言うなら、この中では私が君に一番近い」

「え!? そうなんすか!? てっきり、姉さんの方が吸血鬼さんより年下なんだと思ってました」

「うん。レディが生きていた時代は、私たちの時代よりもずっと以前だからね。対して、私が生まれたのは、君が生まれた十数年前だ。そういう意味で、私が一番、君に年齢が近い。もちろん、レディはアンデッドだから、実年齢よりずっと若く見えるだろうけ、痛いっ。ごめんね、女性に年の話をしてはいけないね。私が悪かったからテーブルの下で脛を蹴らないで」


 ふいに、ミカがプランシェットから手を放した。「うっわああああああ!」と、ゾンビ嬢が慌てて、ミカの膝へ仕舞われかけた手を元の位置に戻す。彼女は本格的なテーブルターニングの時代の貴族なので、交霊術中に魔術道具から手を放してはいけないことをよく心得ているわけだ。


 しかし、このゲームは実際に霊を降ろせるような代物ではない。むしろ、ミカ自身に何か思うところがあるのであれば、そちらを優先して、彼に話を聞くべきであった。吸血鬼は、自ら率先してプランシェットから手を放す。信じられないものを見るように、ゾンビ嬢が、目玉が落ちそうなほど目をかっぴらいた。


「いいよ、レディ・アンデッド。少し休憩しよう」

「う、うあ、ああ……」


 吸血鬼が端的に、冷静な声で促すと、ゾンビ嬢は、その恐怖にプルプルと震える手を戸惑いがちにプランシェットから離した。吸血鬼からじっと目を離さぬまま、ゆっくりゆっくり、まるで、森でクマに出会った時の危険回避行動みたいだ。異文化に生きる吸血鬼を、存分に警戒しているわけ。それでも従ってくれるのだから、いい加減、彼女も人がいいというものだ。


 吸血鬼の表情は、一貫して変化がなかった。


「俺、家族の中でも、一番年下で」


 ミカは、おもむろに、自らの口で記憶を語り始める。


「さっき、質問の答えにもあったけど、家には姉さんが一人いて、仲がよかったんです。誕生日には、年老いた羊の肉を母さんが料理してくれて、姉さんが、凍ったベリーとシロップで。ケーキを焼いてくれました。田舎だし、お金があるわけじゃなかったから、地味でそんなに豪華なものじゃなかったけど」

「そっか」


 吸血鬼は、テーブルの天板を見つめてポツポツ喋るミカに、目が合わないまま言った。


「じゃあ、次の君の誕生日には、そうやってお祝いパーティーをしよう」

「え?」


 ミカは顔を上げた。吸血鬼は、表情筋の緩やかな力加減で微笑んでいた。ミカは、何やら薄ら寒い思いを感じながら、スカーフの中に指を突っ込み、首の後ろを掻いた。


「でも、日付はわからないんじゃないんすか?」

「春だなぁって思った時期に祝えばいい。それか、君がやりたいと思った時期にやればいいよ。だって、君は、この館でも、末っ子さんなんだから」


 ミカは、はあああ、と大きく息を吸って、「ありがとう、ございます……」と、吸った息の三割くらいの勢いで言った。残りの七割は、うまく言葉にできなかった。いや、言っていいのかわからなかったので、抑え込んだのかもしれない。


 自分の感情が、うまく理解できないような事態に陥った。「でも、俺、その時まで館に居るかな?」と、吸血鬼に向かって言ってしまいたかったけれど。


 どうして、自分がこうも館から出られることを信じきれているのかすら、どうしてこうも、自分が館から出たいのかすら、いざ、言葉にしようと思えば、理解できないのだから。


 まるで、喉が乾燥した木肌のようにささくれだって、思考と言葉がそのささくれに、引っかかってしまうみたい。


「せっかくだから、君の故郷の話をもっと思い出してもらおう。君が、故郷でしていたような生活を、できる限りここで送れるようにしよう。それが、故郷から離れてここで暮らすことになった君に、私からしてあげられる唯一と言っていいほどの気遣いだからね」


 吸血鬼は、プランシェットに手を置いて、ミカ、それからゾンビ嬢に目くばせし、最後にもう一度ミカに目を留めて、あざとく首をかしげてみせた。そして、「ねえ、いい考えだろう? 違うかい?」とミカに言う。


 「それ、確かに、楽しみっすね」と、ミカはゾンビ嬢の手を取って、二人分の手をプランシェットに軽く乗せた。


 霊との交信が再開する。

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