第三十三話 ウィジャボード篇――その一
ウィジャボードを知っているか。
「レディ・アンデッドには、テーブルターニングと言った方が伝わるかもしれないね」
サロンのローテーブルに、問題の木の板を置きながら、吸血鬼はそう言った。話しかけられたゾンビ嬢は、怯えたようにビクッと体を震わせる。その後、彼の言葉を頭の中で反芻するかのように目玉をキョロキョロと動かすと、テーブルを使った占いの名称に心当たりがあったのだろう、体を前に曲げて頭を抱えた。
ウィジャボードは起源こそ昔に遡れるものの、目の前にあるような、板に文字が刻まれた体裁のオモチャとして知られるようになったのは、最近のことだ。最近とはいえ、吸血鬼はまだ生まれてもいなかったが。逆に、ゾンビ嬢が生きていた頃には、まだウィジャボードの方がなかった。ミカの場合は知らん。この青年が生きる時代については、詳しく特定できていない。それも、これから降ろす霊に訊いてみようか。
ウィジャボードは降霊式の占術である。
しかし、吸血鬼は、その生の多くを科学が発達した時代で過ごした。すなわち、ウィジャボードの仕組みについて、もっと精神科学寄りの説を信じている。
「さて、二人にはやり方から説明しないといけないかな。まず、この木の板は、質問になんでも答えてくれる人と交信するためのメッセージボードだよ。このプランシェットが示す文字が、質問の答えだ。ウィジャボードの参加者は、プランシェットに手を置いて、質問が終わるまで絶対に手を離してはいけない。でも、プランシェットを自分で動かしてはダメだよ。これを動かすのは、質問に答えてくれる人の役割だ」
「質問に答えてくれる人って?」
「霊」
ミカの顔が、サッと青ざめた。それから、ゾンビ嬢と顔を見合わせることで若干血の気を取り戻したが、代わりに、小さく眉を顰めるような、微妙な顔になる。そういえば、隣にいる人はゾンビだったし、目の前の人は吸血鬼だった。そんな感じ。
実際のところ、「質問になんでも答えてくれる霊」なんて存在しない、と、吸血鬼は思っている。こんな突貫的な方法で霊が釣られるわけがないし、釣られたとしても、霊だって自分の生活があるわけだから(?)、彼らがどんな質問にも答えられるなんてこと、あるわけがない。
けれど、ミカには「霊の仕業だよ」と伝えなければいけない理由があった。すなわち、ミカのオートマティスムを利用するためだ。
ウィジャボードの霊の正体は、オートマティスムであると、吸血鬼は以前に聞き齧っていた。
オートマティスム、自動筆記などと同じ仕組み。つまり、「プランシェットを動かしてはいけない!」と思っていても、人は無意識に動かしてしまうというわけだ。人の手とは、動かしていないと思っていても、常にいくらかは勝手に動いているものらしい。「霊が来る! 霊が教えてくれる!」と思っているほどに、無意識は質問の答えを自分の中から引き出してくる。
要は、ミカの無意識に、ミカ自身の記憶の中へ潜ってもらおうというわけだ。
ミカの記憶は、突発的に思い返される。彼の記憶は、完全に消えたわけじゃないのだ。ただ、思い出せないだけで。なら、無意識に思い出してもらおうじゃないか?
吸血鬼は、雫のような形のプランシェットに右手を置いた。
「さあ、二人とも。同じようにして」
ミカとゾンビ嬢は、渋々ながらプランシェットに右手を置いた。
「質問は私がするよ。問題ないね、ミカ」
「はい、お願いします」
「『アルファベットで答えて』」
ミカの記憶を呼び覚すために、どんな質問をするのか。それを決めるために、吸血鬼はこう考えた。
記憶を取り戻したミカに、どうなってほしいのか。
記憶がないために泣いてしまうような不安から、解き放たれてほしい?
館がどんなところか思い出して、生活に困らないようになってほしい?
館の住人である自分たちに、以前のような信頼を向けてほしい?
いいや、もっと先に。もっと先まで。
ずっと館で暮らしたいと思えるように、都合よく記憶を継ぎ剥いでほしい。
「『青年の名前は?』」
プランシェットに空いた一文字大の穴が、任意のアルファベットを囲む。プランシェットは、『MIKA』と示して動いた。
「ミカだ」
「だから、名前は合ってるって言ったじゃないっすか」
「ジャブだよ、青年」
「ジャブ? ミカ!!」
「すまない、わかってるよ」
まずは段階を踏んで、質問を重ねていこう。それから、徐々に彼の故郷の記憶に繋げていく。
なぜ、私がミカの記憶を呼び覚すことに積極的になれるかわかるかい、レディ・アンデッド?
吸血鬼はゾンビ嬢の様子をチラリと見た。彼女は、プランシェットに釘付けになって、こちらが視線を向けていることにも気づきやしない。
君も察しているんだろう、彼の深層心理に、傷つけられた過去が潜んでいることを。だから、先程彼を抱きしめたんだ。先程、大食堂で。
大食堂での、ミカの様子を思い出してみてくれよ。ミカの中にある故郷の記憶は、決して良いものばかりではない。
そんな記憶を繋げていこう。これから、私の質問で。




