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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
記憶の水の中で溺れ死んでごらん
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第二十五話 支離滅裂な君へ篇ーーその一

「あのね、前も言ったと思うけれど」


 吸血鬼はわざとらしい溜息をついて言う。


「この館は常に場所を移動している。それは、私と君の出身地が異なるという証拠だけで十分理解できるはずだ。そして移動をするからには、私のコウモリ(愛し子)たちが森の外から見つけてくる物資も、時所(ときところ)によって変わってくる。いつでもお肉が食べられるというわけではないんだよ。今はたまたま、この森がお肉を調達できない場所にあるというわけさ」

「でもそれ、これから一生お肉を食べちゃだめな理由にはなりませんよね」

「確かに。うーん、どう言おうかな」


 その吸血鬼の煮え切らない回答に青年は目を丸くし、腹が立つより先に不安になった。それから、吸血鬼の一連の不審な言動を総じて、ついに本人の前で眉を顰めることとなった。


「ねえ、やっぱりあんたまだ、休んでた方がいいんじゃ……」

「えぇ!?」


 青年がおずおず進言した途端、吸血鬼は肩を跳ねさせて、丸く開いた口にパーにした手を当てた。なんだその無駄に可愛らしいのは。


「君ったら、私なんかいらないって言うの!?」

「え? 全然そんなこと言ってないっすけど? つーか今日、会話のテンポ感がまるでわからねぇ……」

「ひどい、私は君が館から出て行かなくていいように頑張ってるのに!」

「えぇ……?」


 青年は頭を掻いた。吸血鬼の言うことは、もうすっかりこんがらがっている。文脈が通らないと感じるのは、青年の頭の問題ではないだろう。


「肉食べられなかったら、俺絶対館から出て行きますけど」

「確かに。うーん、じゃあ、」


「一旦考えるから後にして」、との言葉を合図に、吸血鬼のエプロンの裾から沢山のコウモリたちが飛び出した。コウモリらはまず青年をキッチンから押し出して、それから戸口で二人の様子を窺っていたゾンビ嬢にも、キッチンから離れるように促しをかけた。


「う、わ、わあわあわあわあわあ」

「うああ……」


 コウモリに押されるがまま廊下を歩いて、玄関ホールに至ったところで振り返ると、真っ直ぐ伸びる廊下の奥、キッチンに繋がる扉の前には、コウモリたちがバリケードを作るように滞空しているのが見えた。

 どうあがいても吸血鬼との会話を再開させてくれそうにはないので、青年とゾンビ嬢は顔を見合わせると、一度二階のサロンに移ることにした。


§


「吸血鬼さんは、」


 青年は、彼との会話を事細かくゾンビ嬢に報告する。


「吸血鬼さんは、俺が館から出て行かなくていいように頑張ってるって言ってましたけど」

「うああ」


 ゾンビ嬢は深く頷いて、ふと視線を下げてうつむいた。青年と吸血鬼の会話はゾンビ嬢も始終聞いていたので、その内容自体を繰り返し報告される必要はない。問題はその会話の中で、青年が吸血鬼の言葉をどう受け取ったのか。要は、どんな気持ちになったのか。目の前の青年の顔は、キッチンを追い出されたときから曇りっぱなしだ。


「俺、館から出て行きたいって、ずっと言ってたはずなんすけどねえ……」

「う……」


 ゾンビ嬢が短く唸って、上目遣いで青年の目を見た。その情けない様子を見て、深刻そうに寄っていた青年の眉間が少し和らぎ、その顔全体にいたずらっぽい笑顔が戻った。


「なんすか、姉さん、俺がいなくなるのは寂しいんすか」

「うああ」

「俺、今日も森の脱出方法を探して、森の中を走っていたのに?」

「うああ」


 ゾンビ嬢が、青年の袖を両手で引っ張る。彼女は青年より体格がよく、ドレスのフリルも相まって床に座り込んだ姿勢にも迫力があるのに、その仕草はまるで小さな子供みたいだった。

 青年は少し考えて、ゾンビ嬢の顔を覗き込む。


「俺が森に出るの、怖いっすか?」

「あ……」


 わかってくれたの? という風に、ゾンビ嬢の目に感動の光が宿った。


「やっぱすか。人魚さんが何の気なしに森に出て、そのままいなくなっちゃったからっすよね」

「うあ……」

「あっ、や、泣かないでくださいよ? 哀しい気持ちにならないように頑張るって言ったじゃないっすか」

「うああ……」


 ゾンビ嬢が頷いてまっすぐ青年を見返すようになるのを待って、青年は話をつづけた。


「人魚さんのことは、つまり、森の中をさまよっていれば、いつか出口への道が開かれるって証拠だと思うんすよ。俺からしたら、毎日森を走っていたことは無駄じゃなかったんだなって思って、少しは嬉しいし、一歩進んだ感あるけど。ゾンビの姉さんからしたら、俺がいつものように森を走りに行ったと思ったら、ある日突然いなくなるかもって。そういう話なんすよね」

「ううう……」

「だって俺、人魚さんがいなくなったのびっくりして、正直、吸血鬼さんが落ち込んでるの見るまで、実感なかったし。なんていうか、いなくなったことは知ってるのに、いなくなったと思ってないっていうか。いなくなるって、どういうことかわかってないっていうか。もうどうにもできなくなった時点で初めて、哀しくなってくるっていうか……」

「うああ」

「あっ、そうだった。哀しい気持ちにならないように頑張るんだった」


 青年は一つ深呼吸して、ポツリとつぶやく。


「吸血鬼さんも、そういう気持ちなんすかね。だから、俺がいなくなること嫌がって、今日馬鹿みたいに甘やかしてくれたんすかね」

「うああ……」


 ゾンビ嬢は青年の袖をつかんだまま、青年のうつむいた顔からそっと視線をそらした。


「もし俺がいなくなって、姉さんや吸血鬼さんがまた、人魚さんの時みたいな哀しい気持ちになるくらいなら、俺、もう森に出ない方がいいんすかねえ」

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