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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
記憶の水の中で溺れ死んでごらん
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第二十四話 お肉が食べたいです篇

「おはよう、君、昨夜はよく眠れたかい? モーニングティーを淹れてみたのだけど飲んだりはするかな?紅茶は目覚めによくて、昔の貴族は大抵使用人に用意させていたものだ。 君のことを考えて、ちゃんとミルクも用意したんだよ。それとも普段飲まない分、逆に体内時計を壊してしまうだろうか」


「ねえ君、新しい柔軟剤を手に入れてみたのだけど、この香りは君の好みに合うだろうか。やはりいつものヤツの方がいいかな? ほら、君は私より鼻がいいだろう、それも随分。あまり匂いのキツイものは選んでいないつもりなのだけれど、もしこれが嫌なら……ああフローラルだよ、ホワイトフローラルブーケエクストラチャージ」


「ねえ君、いつもつけてるスカーフの端がさ、この前見たときほつれていたと思ったんだけど……、ああほら、ここの糸が出てきているだろう。私に預けてくれれば直しておくよ。だめだめ、切ったら布までほどけていってしまうよ。……うん、では直しておくからね」


「焼きあがったよ、おやつにしよう、君。私が手ずからホイップしたクリームを上に山盛りにしてあげるからね……。いやいや、ケーキはケーキでもパウンドケーキだよ。以外と簡単で短い時間にできるものでね、そのわりにバリエーションを展開しやすいから、毎日作るおやつにうってつけだと思ったんだ。え、ああ、安心してくれて構わないよ。パウンドケーキだけじゃない、タルトタタンとか得意だ」


「君、暇ならマッサージをしてあげようか? 今日も森の中を走ってきたんだろう? タイムがどんどん上がっていて、私も見ていてうれしいがね。それほど運動しているわりに、君ったらろくにストレッチもケアもしないだろう。それだと筋肉が硬くなってしまうものだよ。……ふふ、気にしたことなかったんだね。ほら、……これから森を走った後は、必ず館に帰ってきて、すぐに私の元に来るんだよ。ほぐしてあげるからね」


「お肉はだめ」

「なんでですか」


夕飯準備の厨房にて吸血鬼と対峙して、青年はスンと真顔に陥りながら、肉食NGの理由を尋ねた。なんでだ。絶対いけると思ったのに。


「今日は贅沢デーか何かじゃないんですか」

「誰かそんなことを言った?」

「いや……だって……、今日の一連ってそういうことじゃないんすか……?」


 きっとそういうことだろうと、ゾンビ嬢との協議の結果、そう結論至ったのだ。

 実際、青年と共にお肉ディナーを狙っていたゾンビ嬢も、キッチンの入り口の外から顔だけ出してこちらを覗く格好のまま、期待が外れてシュンとしている。

 エプロンをつけて包丁を握る吸血鬼は、それからジャガイモを千切りにし始めた。フライドポテトを作る気である。いつもの感じの夕飯じゃないか。


「お肉どころか、今日からお野菜中心のご飯にします」

「なんで」


 そう疑問を投げつけながら、青年は今日の朝食のことを思い出していた。そういえば、今日の朝にはウインナーが出てこなくて少し不思議だったんだ。ついでに昼も、あれはチャーハンだったが、米中心のメニューということは言い換えれば肉非中心の食事である。ベーコンは入っていたっけ、入ってなかった気がするぞ。


 青年はそっと、ゾンビ嬢を振り返って顔を見合わせた。「今日の夕飯にはお肉が食べたいです」という二人からのおねだりは、こうして吸血鬼に無碍にも断られてしまった。おねだりを聞いてくれないのなら、今日の吸血鬼が青年たちを随分と甘やかしてくれたのは、どういう了見だったのだろう。


 そう、吸血鬼は、青年とゾンビ嬢……、とりわけ青年のことを、たんと甘やかしていた。


「姉さん、なんか吸血鬼さんがすげえ優しいんすけど」


 違和感に耐えかねた青年がゾンビ嬢にそうこぼしたのは、三時のおやつの後だった。


「今日の朝は、部屋まで起こしにきてくれたんすよ。それだけならまあ、俺が寝坊したのかなって思うくらいなんすけど、その後、ミルクティーが出てきたんすよ! で、時計を確認したら、まだいつも起きるような時間だったんすよ! だからさ、何もないのに起こしにきてたわけ! えっ、姉さんも?」

「うああ」


 頷いたゾンビ嬢は、今日あったことを身振り手振りで教えてくれる。しかし何を伝えているのかさっぱりわからなかったので、青年は自力でゾンビ嬢に関わる記憶を思いだすことにした。そういえば、朝や昼のご飯の後、ゾンビ嬢がいつものように片付けを手伝おうとしたところ、吸血鬼から「いいから座っていなさい」と言われていたように思う。なるほど、今日の吸血鬼さんは、ゾンビの姉さんに対しても確かに優しい。青年はゾンビ嬢に向けて、大きく頷いてみせた。


「で、極めつけは今日のおやつっすよね。ケーキでしたよ、ケーキ! クリームがいっぱい乗ってました。今までおやつにクリームが乗ってることなかったのに。しかもあの人、これからあんな豪華なおやつを毎日出すつもりって!」

「うああ!」


 そうこういう話をゾンビ嬢の部屋でこそこそやっていたところ、コンコンとノックされてドアが開き、おもむろにマッサージを申し出られたのだ。驚いた青年はこんな風に返事するしかなかった。


「え、あ、はあ、あんまり気にしたことなかったっすね」


 実は、ゾンビ嬢と相談するだけにとどまらず、吸血鬼に直接事情を尋ねることも既に試みていた。とはいっても、朝、ミルクティーを出されたのを承けての「今日はどうしたんすか」という反射的な疑問の投げかけという形であったので、これに対しての返答が事実かどうかは疑わしいのだ。吸血鬼は、青年の疑問をまるで想定していたようで、「何、昨日の夜は君に面倒をかけたからね。そのお礼だよ」と軽く流して答えた。なるほど、昨日の彼は非常に消沈して、青年に甘えるような行動すらとった。その間、家事はゾンビ嬢にまかせっきりになっていたというわけだし、昨日のお礼というのであれば二人とも納得して、今日の吸血鬼の奇怪な世話焼きを受け取らないわけにはいくまい。

 しかし青年の体感としては、気が沈んだ吸血鬼の相手をしていたというだけで、ここまでのお礼をさせるのは大袈裟すぎるのだ。ゾンビ嬢だってそうだ。彼女は普段から家事の手伝いをしているので、今さら一晩くらい任されたところで特に苦ではない。吸血鬼の様子が優れないというなら尚更である。だが、ここでもう一度吸血鬼に事情を尋ねたところで、最初に「お礼」と答えた以上、何度でもその回答が返ってくるに違いない。


 そこで青年とゾンビ嬢は、二人で相談し、ある仮説を立てることにしたのだ。つまり、吸血鬼は人魚が館から居なくなったショックを紛らわせるため、いつもより多くの家事を担って忙しくなりたいのではないだろうか。その意思はこうして、青年やゾンビ嬢を甘やかすという形で表に現れたのではないか。

 この仮説が正しければ、もし青年から吸血鬼に何か我儘かおねだりをすれば、なんとしてでも希望を叶えようとしてくれるに違いない。

 そう思っての「お肉が食べたいです」だったのだが、吸血鬼の返答は予想とは全く異なるものだった。


「これからこの館では、一生お肉を食べさせません」

「だからなんで」

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