第百七話 執事室の探索篇
朝食の後、ミカと吸血鬼は二階の執事室に入った。
執事や使用人などさっぱりいなくなった今でも、執事室の家具などはそのまま残されている。客人を出迎えるのは、簡単な応接用のソファが二脚と、正面奥の執務机だ。その他にあるのは、暖炉と小さな本棚だけで、シンプルな印象の部屋である。執事室の窓は、他の部屋と同様に板が打ち付けられて塞がれていたが、その前にかかっている緋色のビロードカーテンは、きっちり折り目をつけてまとめられている。カーテンをこんなに整えたのは、エリザベス嬢だ。
茨の枝が壁を貫くようになったことで、今まで使っていなかった部屋にも、修理のために入る機会が生まれた。エリザベスは壁の修繕に限らず、荒れた内装や溜まった埃を丁寧に掃除していった。その掃除にはミカと吸血鬼も加わって作業したのだが、そのうち気づいたことには、使っていない部屋のカーテンは軒並み開きっぱなしにされていたり、中途半端に閉じられて不格好だったりしたのだ。それを見て、ミカはエリザベスのことを書いた例の日記の内容を思い出した。エリザベスが完全に怪物に成り果ててから、彼女の息子が引き連れて来た人々は、館の内装を黒魔術の実験用に改造していった。その時、彼らは窓に木の板を打ち付けたのだが、そこで開いたカーテンをわざわざ整えることはしなかったのだろう。また、部屋の中を大勢で踏み荒らし、家具を動かしても置き直すなどしなかった。エリザベスは、自分を館に閉じ込めた人々の痕跡を、丁寧に整えていったのだった。
吸血鬼は、執事室をぐるりと見回すと、
「ベッドが無いな。住み込みじゃなかったのか」
と言った。
「そこ、そんなに気になるところっすか?」
「壁際のスペースが大きく空いているじゃないか。ふむ、やはり、床が少しへこんでいる。元はここにベッドがあったはずだ」
「昔は住み込みの執事がいたけど、途中で通いに変えたんじゃないすかね。ほら、エリザベスの姉さんの過去を考えると……そりゃ嫌でしょ、あの環境に住むのは」
「そう考えるのが妥当だろうね」
吸血鬼はそう頷くと、執務机の内側に回った。その机は木製で、表面に塗られたニスが経年劣化で黒くなっている。大小の引き出しが合計七段ついていて、左の一番上の引き出しが鍵付きであった。
「館の間取り図なら大事なものっすから、ここに入ってるっすよね。鍵はどこにあるんでしょうねぇ」
ミカは神妙な顔をして言った後、左手に壁掛けの鍵保管箱があったのを思い出した。そして、揚々とガラスの扉を開けたが、中にかかっていたのは各部屋のものらしき鍵束だけで、引き出しの鍵を開けるような小さな鍵は見当たらなかった。
「引き出しの鍵なんて日常的に使うはずだから、あまりにもわかりにくいところには置かないはずだ。とりあえず、引き出しを全部開けるぞ」
ミカと吸血鬼はイタズラ小僧のごとく引き出しを全開にしていったが、鍵も間取り図も見つからない。吸血鬼は腕組みをして首をぐるりと回すと、再び部屋の中を見渡し、ふと、最後に位置する本棚の前に立った。
「なんか見つけたっすか?」
「この本棚、やけに統一感があると思ったら、種別や作家順ではなく、背表紙の色ごとに並べられている」
「あー、確かに。見た目綺麗っすね〜。本の背の高さも小さい順に並んでます。あれ? でもここだけ間違ってないっすか? 緑の本が黒い本の中に挟まってる。一段下に置かないと」
そう言って、ミカは分厚い緑の本を取り上げたが、手に持った瞬間驚いた。
「えっ、軽!」
「ミカ、それを開いてみて」
吸血鬼に言われるがまま、恐る恐る表紙を開くと、そこにあったのは本のページではなかった。それは、あたかも本の中身を切り抜いたかのようなデザインの箱であったのだ。その中には、小さな金属製の鍵が画鋲で止められて保管されていた。
「おおっ……これもしかして?」
「試してみよう」
画鋲を引っ張ると、その鍵は問題なく箱から取り出された。ミカは引き出しの鍵穴に、小さな鍵を慎重に差し入れ、回す。
すると、鍵穴から当然のごとく開錠の音がして、感動しているミカに代わって、吸血鬼がすぐさま引き出しを開けた。
中には、封筒に入れて整理された重要書類がいくつも仕舞われていた。その中に、目当てである館の間取り図も、しっかりと存在した。
「あっ、あった!」
「よかった。机の上に広げるよ」




