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第八十七話 生きてる自覚篇

 時間はそろそろ午後二時になるころ、ようやく壁の修復も終わって、三人揃って昼食を迎えることができた。

 大きな大食堂の広い長机だが、館の住人はたった三人で、誰が主人ということもない。三人はいつも通り、長机の下座あたりに寄り集まって、三人分の椅子と、一人につき二、三の皿程度のスペースしか使わずにいる。


 エリザベス嬢は壁の修復がすべて終わった後、木屑で汚れたドレスから着替えていた。白地に黒のラインが入ったドレスは、ゾンビゆえの灰色の肌に馴染み、ゴシックな雰囲気で可愛らしい。吸血鬼の金髪より少し色の濃い髪も、ほこりをかぶったため一度ブラシを通して三つ編みに編みなおしている。彼女は紛れもなくゾンビであるため、濡れることはかなわず、お風呂には入れない。


 ミカと吸血鬼は昼食を食べながら、エリザベスに、先ほど厨房で交わした会話の内容を話した。昼食にハムのステーキが出てきたことに、エリザベスが喜び、同時に驚いていたからだ。しかし、エリザベスはことの経緯を聞くや、肉解禁についてではなく、まずはこっちに触れてこう言った。


「え゛!? ミカ、記憶が戻りまじだの!? まあ、薄々気づいではいまじだげれど」

「みんな薄々気づくんすね」


 ミカは、吸血鬼が厨房で言ったセリフを思い出しながら、そんな風に返した。ミカは「みんな」と言うが、この「みんな」が示すのは吸血鬼とエリザベスの二人しかいない。今のミカにとって、「みんな」とは二人のことである。


「薄々でずわ、本当に薄々。今朝、初めて話しがげてぐれだ時に、精神年齢が戻っでいるような気がじでいまじだの。触れでもいいものがど、ウズウズじていまじだのよ」

「ウズウズ」

「ウズウズ」

「薄々、ウズウズ」

「よがっだでずわ、記憶が戻って。ああ、安心しだら食欲が出てきまじだわ!」


 エリザベスは途端に笑顔を浮かべて、ハムステーキを大口でほおばった。吸血鬼はふと気が付いたように、ナイフでハムを切る手を止める。


「レディって、死んでるのに食欲があるのかい?」

「ないでずわよでもお腹が空っぽだと人間の本能がうずきますのよ」

「食欲とは違うんすか?」

「ええ。どっちかというと、人間らしく生きるごどへの欲求でずわ。食べるごども、寝るごども、着替えをするごども、必要ないけど、わだぐじが「生きている」と思うために大事なごどでずもの」

「生きてると思うために? それって、生きてるとはまた、違うこと?」

「どっちかというどね」

「いいなあ」


 吸血鬼が、ぽつり「いいなあ」とつぶやいた。まるで、無意識に出た言葉のようだった。

ミカとエリザベスは、その言葉の意味がいまいちわからないままだったが、吸血鬼は勝手に言葉を続けてしまう。


「そういえば……、ミカ。朝に、またあとで話したいことがあるって言ってなかったかい?」

「ああ、そう、その、思い出した記憶のことなんすけど」


 ミカはステーキを口に運んでいた手を一度止め、それからやっぱり一口かじってから続ける。


「俺、村に帰っても居場所がないので、ここにずっといられないと困るんです」

「……居場所がない?」


 吸血鬼とエリザベスは、不穏な言葉に顔を見合わせた。同時に、吸血鬼の頭には、昨夜の弱ったミカの姿が思い出される。


「はい。帰りたいとも、思わなくなっちゃいました」

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