お風呂で話しました
「うち、神子。曲守の一人」
ゲーミングロングヘアの少女はマグロの寿司を自身の取り皿に取ると、ネタだけに醤油を付けて口に運ぶ。そして残らせたシャリは隣に座る空の取り皿に移される。
「好き嫌いは良くないわ」
「酢飯、美味しくない……」
どうやら彼女の自己紹介はこれ以上ないらしい。
「こんなだが神子はなあ、なげえこと飯櫃神社や歪み使いを守ってんだ。曲守で最も欠かせない存在だ」
代わりに宮司が彼女を紹介してくれるようだ。日本酒をあおりながらだが。
「すごく強いとかそういうことですか?」
空によってシャリを口に詰め込まれている神子の姿を見ているととても強そうは見えない。手足も華奢というより貧相という方がよく合うくらいには細い。
「さあ。戦ってるとこを見たことはねえからなあ」
「じゃあどういう……?」
「ま、すぐに分かんだろ」
そこまで言っておいて最後まで言わないのかよ。
「ちなみにうちは強い」
「へ、へぇー、そうなんですねえ」
無表情で抑揚ない声。本気か冗談かもよく分からないからなんとも反応しづらい。体格はアレだが、歪みがある以上外見では何も判断できないしな。
「強いといえばまなちゃんの実力が気になるわ。桃花ちゃんの弟子なのよね」
口元までいかの寿司を運んでいたまなの手が止まる。注目が集まり桃色に染まった顔を隠すように俯く。
「そ、その……わ、私はそんなに……です」
「嘘。陽ノ下ひかりが現れる前、一人で街を守ってた」
「桃花さんの協力のおかげです……」
まなとは何度も一緒に戦っているが、負けているところは当然見たことがないし、ギリギリの勝負をしているイメージもない。俺としてもまなの実力の底はしれないところではある。
「そうだわ。あとで戦ってみるのがいいわね! そうすれば実力が分かるわ」
こいつさては脳筋だな。
拳を交えれば分かり合えると思ってるタイプだ。
「え、えっと……」
「はいはい、あまりまなさんを困らせないでくださいね。危険な遊びも禁止です。喧嘩ならまたひかりが買いまーす」
俯いたまま目を泳がせているまなを見かねて間に入る。
遊びじゃないわと不服申立てをしてくる空を尻目にサーモンの寿司を一つ食べる。よく脂がのっていて普段行く回転寿司よりも数段美味い。かといって高級って感じでもないが。
「あ、ありがとう。ひかりさん……」
俺の耳に口を寄せたまなは囁くように言った。
「……宮司の酔いが回る前に本題に入るべき」
神子は抵抗を諦めた空の醤油皿にノールックでシャリを放り込む。その視線はウィスキーをラッパ飲みしている宮司に向いている。
「おらぁ飲んでも酔わねえから気にすんなぁ」
うわ、呂律が怪しくなってるし。これはすでに手遅れなくらいに酔っぱらっているのではないだろうか。
「そ、そうだわ。本題があるなら早くした方がいいわね」
「本題って言うと曲涙珠のことですよね」
そう、俺たちは休暇がてら曲涙珠というアイテムをもらいにここまで来たのだ。
「あー、石な、石」
石って。貴重なアイテムなんだろ、それは。
「帰り際にでももらえればそれでいいんですけど」
「いいや、明日取ってきてもらう。いまはここにもねぇんだ」
「……取ってくるっていうのはどこにですか?」
おつかいクエスト中におつかいクエストが発生するオンラインゲームみたいだな。なんて思いつつも、ものをもらう立場だしそれくらいはしないとな。
「裏の山の奥の社。曲涙珠はそこにあるわ」
「つまり登山ですか」
「似たようなもんだ。明日を楽しみにしてるんだな」
宮司は上機嫌でそう言った。
「それ以外にももっと大事な話があるわ」
宮司の上機嫌とは裏腹に空の言葉からはぴりりと緊張感が感じられる。全員の箸の動きが止まる。
「おっと、今は酒の席だぜ。面白くねえ話は後にしようや」
酒を飲んでいるのは宮司だけだけどな。
「……まあ宮司殿がそう言うのならそれでいいわ」
「そんなことよりお前ら全員ちびなんだからちゃんと食って大きくなれよ」
宮司はガハハと笑うとおちょこを傾ける。
何の話かは分からないが、ここは宮司の言う通り楽しむことにしよう。まなも美味しそうに寿司を食べているしな。
うーむ。
男湯か。
女湯か。
浴衣とタオルを手に赤と青ののれんの前で立ち止まる。
まなが風呂に入っている間屋敷を歩き回ってみて分かったことだが、この屋敷には多くの人間がいるようだった。魔法少女が空と神子の二人、それから宮司と巫女やらなんやらで大人の男女が十数名と言ったところか。思ったより屋敷は広いようで、全員に個室があるようだ。
まあ何が言いたいのかというと、どちらに入っても人と遭遇するかもしれないということだ。
入らない選択肢も考えたが数日滞在する以上風呂には入っておきたい。
時刻は二十二時。せっかくのお泊まりだから夜更かしする! と意気込んでいたまなが眠ったのを見計らって部屋を出てきた。
二十四時には浴場の清掃をするということでこのタイミングに入る他ない。
まあ、でもこっちだな。
俺は迷った末に足を踏み出した。
「お、ひかりちゃんかぁ」
どうやら選択を間違えたらしい。
そう気づいたのはシャワーを浴びていざ湯船につかろうと振り向いた時だった。
露天ではないが、壁の一面がガラス張りになっており開放的な大浴場。ガラスの向こうには雪原が広がっている。
そんな浴場の奥、湯けむりの向こう側から手を振ってくるシルエットは細身でありながらつくべきところにはしっかりと筋肉がついている細マッチョ。声と合わせて考えるに宮司のもので間違いないだろう。不幸中の幸い。他には誰もいないようだ。
「こ、こんばんは……」
男湯で何かあっても返り討ちにしてやればいい。そんな風に思っていたが、この人が相手だと分が悪い気がする。
「そんな警戒すんなよぉ。こっち来い、何もしねぇから。おらぁ男にゃ興味ないんでな」
警戒しないわけないだろ。
とはいえこいつの言うことも一理ある。今の俺は見た目こそ超絶美少女だが、中身は冴えない成人男性だ。正体を知っていれば変な気を起こされることもないだろう。
宮司から一番離れた位置に腰を下ろす。
「もう酔いは覚めたんですか?」
先程は途中で寝てスーツの男に担がれて退場していたが。
「おれぁ酔ってねぇ」
何言ってんだこいつ。
「そっすか……」
しかしこの風呂熱いな。四十三度くらいありそうだ。
「なあ、一応訊いておくがお前さん、歪み使いになる前から吉田月姫と知り合いだったとかじゃあないんだよな?」
いくらか低い声での確認。どうやら本当に泥酔しているというわけではないらしい。
「俺の知り合いにあんな危険な美少女はいないですね」
「だよなぁ。分かんねぇな。どうして月姫ちゃんがひかりちゃんにそこまで興味津々なのか」
「思い当たるとするなら、俺が男から魔法少女になった珍しい存在だからってことでしょうか?」
「実際それはかなりデカいだろうがな。どうもそれだけたあ思えねぇ。もっと明確な目的がある気がするんだ」
「と言いますと?」
「ひかりちゃんを歪み使いに変えた先に何かあるんじゃないかって気がしてならねえ。ひかりちゃんがその姿になって半年以上経ったが、今のひかりちゃんは他の歪み使いと大差はないだろ? ならもう特別興味を持つ理由もねえじゃねえか、本来」
言われてみればそうだ。
珍しい例だから気に入られているだけというのも否定しきれないところではあるが、やはりそれ以上の何かを俺に望んでいると考える方が自然なのかもしれない。
それに彼女から期待しているなどと言われたことも引っかかる。
吉田月姫は俺に何を望んでいるんだ……?
「だが正直なところ目的なんて知ったこっちゃねえんだ」
宮司は頭に乗せたタオルを手に取り、額の汗を拭った。
「これは千載一遇のチャンスだ。月姫ちゃんは必ずまたひかりちゃんのところに現れる」
「……そうかもですね」
十年近く姿を現さなかった彼女がここ数ヶ月で何度か俺の前に姿を現している。そしてきっとまた会うことになるのだろう。それこそ、彼女になんらかの目的がある以上は。
「これは普通の歪み使いには頼めないことなんだが……」
宮司はバツが悪そうに、濡れた前髪をかき上げた。その表情、声音から軽薄さが消え失せていた。
「次、吉田月姫に会うことがあれば彼女を殺してほしい」
身体が熱くなって浴槽の縁に座り直し、膝より先だけを湯に入れる。足を少し揺らすと波紋がどこまでも広がっていく。
おそらくこれがさっきの食事の場では話さなかったことなのだろう。
「もちろん無理にとは言えねぇが」
宮司からの依頼。吉田月姫を殺す。修正でも退治でもなく殺害。
なるほど宮司の言う通り、通常の修正以上に子供には任せられないことというわけだ。
「……桃花さんはまず話を聞いてからでも遅くないと言っていましたけど」
「桃花ちゃんはそう言うだろうな。だが十年前、月姫ちゃんが度々姿を現していた頃に対話は何度も試みている」
「……それでもダメだったと」
「最近ひかりちゃんが修正した歪物も彼女の被害者だったんだろ?」
そうまさに葉子は吉田月姫によって歪物にされている。彼女を野放しにしておけば似たような被害者をまた出すことになってしまうのだ。
だからこそ彼女を止める以外の選択肢はない。そして対話がダメなら無理やりにでも……というわけだ。
「引き受けることはやぶさかじゃないですが、俺では実力不足じゃないですか?」
「曲守にも協力させる。それに正太郎からひかりちゃんは見込みありと聞いているからな、この数日で強くしてもやる」
「強く……。俺は強くなれますかね?」
「あー? なれんだろ、知らんけど。なんだぁ、ひかりちゃんは強くなりてぇのか?」
まあ嫌だと言っても強くするけどなガハハと宮司は言葉を繋げた。
「そりゃ、強くなりたいですよ。なれるものなら」
「ほう、それはどうして? 頼んどいてなんだが、そもそもこの件は別にひかりちゃんが請け負わなくたっていいことだ。嫌なら嫌といえば俺らとしては無理強いはできない。次に月姫ちゃんに会ったら逃げたって構わねぇんだ」
「吉田月姫さんの件だけじゃないんです。俺はまなさんが戦わなくていいようにしなくちゃいけない。そのために一人で戦える力が必要なんです」
「そうかい」
理由は言うまでもなく察しているのだろう。宮司は静かにうなずいた。
本当はまなだけじゃない。すべての魔法少女が重たい使命を背負わなくていいようにしたい。しなければならない。
だが俺なんかがそう何でもかんでもはできないから、まずは身近なマナだけでも救いたい。
「それに今のままじゃ逃げることもままなりませんからね」
冗談めかしてそう付け加えておく。前回、吉田月姫と対峙した時のことを思い出しながら。
「逃げられるようにくらいはしてやるよ」
宮司はお湯を跳ね上げながら立ち上がると、どこを隠すでもなく堂々と歩いて風呂を出ていった。
「ま、頑張ってこうや」
そう言い残して。
いつもうるさい桃花がいないのでドライヤーを簡単に済ませて、バスタオルで髪を拭きながら部屋に戻る。この屋敷内は真冬なのにどこにいても適温なので非常に過ごしやすい。ここに永住したい。
そんなことを考えながらスマホのわずかな明かりを頼りに暗い部屋を進むと、まなの健やかな寝顔が見えた。先ほどまで夜更かしすると息巻いていたのが噓だったかのような熟睡である。
うんうん、寝る子は育つって言うしいいことだ。
そんな天使の寝顔から癒しを得つつ、彼女の布団に並べて敷かれていた俺の布団を引きずって移動させる。間違ってもまなを起こすことがないよう静かに物音を立てぬように。
万が一にも事案を発生させてはならないからな。
自らの居場所を部屋の隅っこに追いやる。
「それじゃあ、おやすみ」
誰にでもなく小声でそう呟いて俺は布団に入る。そして寝落ちすまでツイッターに入り浸った。
1000年ぶりです。




