蛸足でした
七人乗りのアルファード、その二列目はマッサージチェアのような独立したシートが二つ並んでおり真ん中が通路になっている。そんな立派なシートを置いてもなお余裕のある車内空間だからまなや俺のようなお子様が乗るととにかく広い。こんな立派な車に乗るのは初めての経験だが実に快適である。
さて、どうしてそんな車に乗ってるかといえば、飯櫃神社の本社までこの車で送ってくれるとのことだからだ。
黒塗りのアルファードで、スーツを崩して着こなした兄ちゃんが恭しくお迎えに来た時はヤクザの親分にでもなった気分だったね。
「ていうか本社から迎えに来たのなら、曲涙珠も持ってきてくれればよかったんじゃないですか。それならわざわざひかりたちがおつかいに行かなくても済むじゃないですか」
さきほどまでスマホアプリで一緒に遊んでいたまなが寝てしまったので、暇を持て余して運転手の兄ちゃんに話しかけてみる。
「そういうわけにはいかないんすよね。俺らでは不測の事態に対処できませんから」
「……不測の事態ですか?」
「曲涙珠は希少で強力なものっすから、輸送中を何者かに狙われないとも限りません。特に最近は物騒っすからね」
「輸送のリスクが高すぎるということですか……」
「そっすね。俺らが死ぬだけならまだしも、あれが悪者の手に渡れば一大事っす」
この兄ちゃん覚悟決まりすぎじゃね。もっといのちだいじにでお願いしたいね。
ていうか危険はないと聞いてきたんだが、このおつかい本当に大丈夫なのか?
「とはいえ、そんなに不安に思うことはありませんよ。ずっとそんなことを言われていますがここ数十年何事もありませんから」
「そういうのフラグって言うんですけど……」
「ひかりさん! 見て見て! 雪だよ!」
今しがた目を覚ましたまなの寝ぼけまなこはすぐにきらきら輝きだす。
窓の外は銀世界だ。
車道の中心には六方向に十センチほどの高さまで水が吹き出す噴水のようなスプリンクラーが等間隔で設置されている。雪を溶かし、凍らせないための機構なのだろう。それに加え雪かきも短いスパンで行っているのか、車道に雪はほとんど残っていない。その代わりに道端には二メートルほど壁のように高く雪が積もっている。
数十メートルに一軒しかない家の一階部分が埋まってるがあれは大丈夫なのか……と心配したが、玄関前はしっかり雪が片付けられており出入りは問題なくできるようにしているっぽいな。そもそも家の外側に階段があり二階が玄関になっている構造の家もちらほらあるようだ。
「うーん、ね。雪ね」
「ひかりさんはあんまり雪好きじゃない?」
「まあ普通かな。ウィンタースポーツとかもあんまりやらないしなあ」
大人になると雪ではしゃぐようなこともなくなる。今年は地元でも少し積もったしな。
それにこの間吉田月姫と戦った時のこと思い出す。強すぎてもう二度と戦いたくない。次会ったら今度こそ絶対殴るけど。
「わ、私は毎年行くよ、家族で! す、スキー教えようか……?」
「あー、いや、実はそれなりに滑れるんだよね。小さい頃は家族で毎年スキー行ってたから」
ほのかのとこの家族と一緒に行ったものだ。ほのか何年経っても下手くそだったな……。
そういえば学生時代にも何度かスノボしに行ったか。
「今、別の女の子のこと考えた?」
「え、どうしたの急に」
「ううん、なんかそんな気がしただけ」
びっくりした。ヤンデレに目覚めたのかと思ったわ。
満面の笑みだから本当に他意はないんだろうけどな。素質はあるよ、まなさん。
そんな話をしている間に車が停まる。
高さ三メートルほどある石碑の前。石碑には飯櫃神社とでかでか掘られている。
どうやらここが目的地らしい。
「ちょっとこの坂、冬は車じゃ登れないんで」
と運転手の兄ちゃんが言う通り、石碑の奥はそれなりに急な坂道になっている。
歪みとかいう謎の力の総本山だからもっと隠れ里のようなものをイメージしていたのだが、のどかな農村に溶け込むようにそれはあるらしい。
もっともこの坂道は山の中へと伸びており、登山口のような雰囲気はある意味特別感があると言えなくもないのかもしれないが。しかし地面はしっかりコンクリートで固められているし凍ってさえいなければもっと奥まで車で入っていけるのであろう雰囲気だ。
なんか期待してたのとは違うんだよなあ……。
「俺は車停めて行くんで、おふたりは先に行っててください。この坂道登っていくと左手に階段あるんでそこを上がって必ず鳥居を通ってください」
運転手の兄ちゃんはわざわざ車から降りて、スライドドアを開けてくれたのでお礼を言いつつ降りる。ラフな口調の割に所作がホテルマンみたいで非常に素晴らしい。マジでヤクザの親分にでもなった気分だね。
「さ、寒いね……」
そりゃタイツを履いているとはいえミニスカートで雪国にいりゃ寒いだろ。めちゃくちゃ着込んできた俺でも寒いのに。可愛いけど。
「まあ、境内は暖かいんで」
いや、絶対境内は暖かくないだろ。境内にある建物だろ、暖かいのは。
とそんな言い間違いに心の中で突っ込んでしまっているあたり、俺も心の芯まで冷えてしまっているらしい。
「それじゃあ行こうか、まなさん」
「……うん」
「足元滑るんで気をつけてくださいね」
と、坂道に差し掛かった瞬間まなが足を滑らせたので彼女の華奢な体をキャッチ……すると重さに耐えきれず一緒に尻もちをついてしまった。幸い怪我はしていない。
ほんの五十メートルほどだ。坂を登っていくと、左方向に逸れる階段への分岐が現れた。真っ直ぐ坂道を行った先には社があり、十数段ほどしかない階段の頂上にはぼろい以外には何の変哲もない木製の鳥居が建っている。
「なんかどっちから行ってもすぐに合流しそうだけど」
見た感じでは鳥居を通るとやや迂回になるというだけで、どちらから上ったとしてもすぐ社の前にたどり着きそうである。
「でもお兄さんは鳥居をくぐるように言ってたよね」
「じゃあ鳥居から行こうか……」
階段を上りたくないという気持ちを押さえ込んで、素直に左の道へ逸れる。
……それにしてもまるで人気がないな。
何もない田舎だしそんなに立派な神社でもないから観光客なんかがいないのは分かるが、飯櫃神社の関係者がひとりふたりいてもおかしくないのではないだろうか。
「本当にここが飯櫃神社の本社で合ってるのかな」
正直俺の住んでる分社の方がよっぽど立派だぞ。参拝客のじいさんばあさんもいるし。
「それは間違いないと思うよ」
まなは鳥居を指さした。
「え、なんでそう思えるの?」
何度見ても近づいても、まなが指さした鳥居はただの鳥居だ。赤く塗られたボロい木製のそれには細い注連縄が結ばれている。
「分かりづらくしてるみたいだけど、あそこから強い歪みが漏れ出てるんだよ。でも嫌な感じじゃないから、多分大丈夫」
「なるほど……?」
まるで分からないな。
ていうかまなは歪みに対していい感じとか嫌な感じとかまで分かるのか。すげえな。その感覚が何を基準にしていてどれだけ信用していいものかは分からないが。
「まあ、この鳥居、くぐっていいってことだよね」
「うん、大丈夫だと思う……。わたしから行こうか?」
「ひかりから入るよ」
俺にはただの鳥居にしか見えないしな。
それに危険かどうかを確かめるのなら俺が先に行くべきだ。危険かもしれない場所で子供に前を歩かせるなど大人としてあってはならない。
短く息を吸って一歩踏み出す。
ただ鳥居をくぐるだけなのに大袈裟だな、我ながら。
雲ひとつない青い空。
そして地平線まで広がる白く平べったい地面。足元の白は雪かとも思ったが、どうやら全て白い玉砂利のようだ。少しでも動くとじゃりじゃりと音が鳴る。
先程まで凍えそうだった気温もかなり上がっていて二十度弱といったところだろうか。非常に過ごしやすい気候だ。
鳥居をくぐるとこの空間にいた。
俺でも分かるほどここは歪みで満ちている。そういえば歪物葉子と戦ったあの学校と似た気配がある気がする……。
ということはこれは攻撃か!?
念の為変身しておく。戦闘態勢だ。
ここでは上着を着ていると暑くてしょうがないしな。
「まなさん……」
…………。
振り向くがまなの姿はない。そんな気はしていたが……。
そういえば鳥居もないな。通ってきたはずなのに。
さてどうしたものか。歪物の攻撃だとしたら修正が必要になるだろう。しかしそうではない気がする。ここは歪みの総本山のはずだ。
出てくるのであれば魔法少女だろう。問題はそれが敵なのか、味方なのか……。
というかまなは大丈夫なのか……。
「ツインテの子の心配ならしなくていいわ」
大人っぽい色気を孕んだ女の声。
また振り向く。何もない空間にポツンと女の子。
全裸……ではないな。見えてるだけで年齢制限が跳ね上がりそうな部位だけは紐のような何かで辛うじて隠されている。
ふむ、大人っぽい顔立ちに大人っぽいボディーライン。それでもやはり大人『っぽい』の域を出てない子供だ。成長が早めの中学二年生と見た。足首の辺りまでありそうな濃紺のポニーテールが色っぽく揺れている。
と、そんな彼女本人のことは置いておこう。もっと特筆すべき特徴がある。
「……触手か?」
あれは危険な気がする。まなのことも気になるがまずは自分の身を守らなくては。
「かわいくてエッチでしょ」
「あんまりそういうのは趣味じゃないですね」
「え、そ、そう……」
ひい、ふう、みい……、八本か。
全長三メートルほどある藍色の触手が彼女の背後に浮いている。本数から察するに蛸なのだろうが、本体はおらず八本の足はそれぞれ独立して中空から生えている。そしてその一本一本が太い。その太さは直径五十センチはあるだろうか。
うねうねぬめぬめ蠢く触手を女が撫でると、触手は嬉しそうに女の腕やら腰やらにまとわりついている。
ていうかよく見たら触手に座ってて地面に足ついてないじゃん。完全に浮いてるな。
「……先ほど言っていたツインテの子について、心配いらないというのは無事であるということでいいですか」
彼女は最初に心配しなくていいと言ったが、何もかもが分からない状況だ。敵か味方かさえ分からない彼女の言葉を簡単には信用できない。
「普通に鳥居を抜けたから、問題なく境内に入れているわ」
まあ、ひとまずいいだろう。これ以上彼女の安否を確認する手段もないしな。
「この状況を説明してもらってもいいですか」
「別に、説明するほどのことはないわ。飯櫃神社は私の創った異空間にあるのだけれど、その出入口である鳥居の行き先をあなただけここにした。それだけだわ」
「それはまたどうして」
「君、月姫ちゃんと戦ったそうじゃない」
「戦ったっていうか……、実際に戦ったのはほとんど師匠ですよ」
俺はほとんど攻撃されてただけだし。
「若の助けがあったとはいえ、それでも生き残ったなんてすごいわ。どうやったの」
若ってのは文脈的に飯田のことだよな。あの人そんな風に呼ばれてるの? マジでいったい何者なんだ……。
「いや、そもそも彼女にひかりを殺すつもりはなかったみたいですよ。そのつもりなら遭遇した瞬間にやられてたはずです。残念なことに」
あの時俺は彼女の攻撃を見ることすら出来ていなかったのだから。
「ふーん、そうなのね。月姫ちゃんにちょっかいを出されたって聞いてたから相当強いのかと思ったわ」
「期待はずれですみません」
あれ、これって俺が謝るようなことなのか?
「まあいいわ。とにかく腕試しするわ。そうするよう頼まれてるのよ。もし私に勝てたらお姉ちゃんがイイコトしてあげるわ」
「イ、イイコト……。って、違う違う。勝てたらってどうやって勝負をつけるんですか? まさか死ぬまで殴り合うっていうんじゃないですよね」
イイコトってのは気になるが、いきなり戦いを挑んでくるようなやつがまともなわけない。件の吉田月姫といい、ここは目が合ったら勝負をするのが常識なポケモンの世界とは違うんだぞ。
まさかこの感じで正々堂々スポーツをしようってんじゃないだろうしな。
「うーん、そうだわねえ」
考えてなかったのかよ。
「どちらかが負けを認めたら負けかな。もちろん歪みを使ってくれて構わないから」
「分かりました。ならひかりは負けを認めます。早く神社まで案内してもらってもいいですか」
戦う理由もないしな。子供の売る喧嘩を買ってやるほどガキじゃない。大人はズルいんだ。
「……? 私が強すぎてオーラで負かしちゃった、みたいな?」
触手少女は不思議そうに首を傾げている。この子バカそうで可愛いな。
「そうでーす。パイセンのオーラマジパネェっす」
「ふふん、そうでしょうそうでしょう」
「ええ、ええ。すてきすてき。さあ早く飯櫃神社に案内してくださいな」
よし、このままここから出してもらおう。多分本当に悪いやつではなさそうだし、このまま案内してくれるだろう。
「でもそうはいかないわ。宮司殿から頼まれてるのよ」
マジかよ。宮司殿最低だな。どこの誰か知らんけど。
「腕試しを?」
「そうだわ。さあ、始めましょうか。曲守が一人 濃沼空。行くわ」
濃沼空。それが彼女の名前か。
そんな彼女の背後に浮遊していた八本の触手がグワッと広がる。俺を威嚇するかのように。
やるしかなさそうだ。
「名乗るのならば最近ちょっと話題のインフルエンサー陽ノ下ひかりってとこかな。戦いたくはないですが」
まあ、しかし対魔法少女戦の経験値は積みたかったところだ。いい機会だと思うことにしよう。
いつか吉田月姫をぶん殴るためにな。
「若の弟子だし得意はやっぱり近接だよね」
俺の方に向いていた八本の触手が一気に俺とは反対側、彼女の後ろ側に勢いよく伸びる。するとそれに押し出されるように彼女は俺の方へと近づいてくる。
先程までは浮いている触手に乗っているから彼女も浮いているものと思っていたが、それは間違いだったらしい。すべての触手が後ろに伸びてもまだ、付け根まで顕になっている彼女の足は地面に付いていない。
その挙動はまるで水中。いや、無重力という方が近いだろうか。とにかくタコが足を伸ばして水中を泳ぐように彼女は空中を俺に向かって突っ込んでくるのだ。
ただまあ、歪みなんてなんでもありの魔法だ。今更そんな挙動で驚いたりしない。水の抵抗があるのかこれまで戦ってきた敵の中ではそこまで速い方ではないしな。
迎撃のため歪みで創った寸詰まりの木刀を二振り構える。相手が歪物じゃない以上真剣では殺してしまうかもしれないからな。
クイックターンの要領で縦に回り、ドロップキックの体勢をとった空を、右に身体を捻って回避する。そこから間髪入れずに無防備な横腹に木刀を振り下ろす。
決まった。前振りの割にあっさりと決着がつくな。
側頭部に激しい衝撃。それは俺の木刀が彼女の白い肌にぶつかるコンマ数センチ手前のタイミングだった。
脳が揺れる。視界が歪み、一瞬意識が途切れていたらしい。左半身が砂利の地面に叩きつけられた衝撃で目が覚める。バウンドした身体が二回目に地面に叩きつけられそうになっていたところで手をついてそのまま側転三回転で勢いを殺し、体勢を立て直す。
「触手か……」
彼女のキックを躱して油断したが、その後には彼女の背中についてくるタコ足が飛んでくるのだ。今食らったのはタコ足によるラリアットだろう。
「油断はダメよ。魔法少女は歪物よりよっぽど賢いわ」
やりづらいな。
ラリアットをくらったのは、油断していたからというのもあるがそうでなくとも八本の腕の雨後域を把握して捌くのは骨が折れるぞ。飯田との修行で対人戦はそれなりに慣れているつもりだったがやはり相手が魔法少女となると話が違う。
「それズルくないすか」
「ズルいわよ。むしろ歪み使い同士の戦いには理不尽しかないわ。月姫ちゃんと戦ったのなら分かるでしょう」
月姫は少しも動くことなく、くらえば即死するような不可視の攻撃を乱発してきた。
……確かにそれに比べれば触手の八本くらい易しいものか。
「なんならもっとズルいことだって――」
えっ、消えた!?
文字通りふよふよ浮いていた彼女の姿がなんの前触れもなく跡形もなくなってしまう。
「――できるわ」
耳元から聞こえた囁き声に鳥肌が立つ。
突然真横に現れた人の気配に焦って体をひねり木刀を振るう。
重たいサンドバッグを殴ったような感覚。びくともしないどころか弾力によって衝撃を吸収されてしまっているようなそんな感覚だ。
相手を飛ばすのは無理だと悟り、腕の力を頼りに飛び退る。
俺が殴ったのは触手の一本だったらしい。
こいつ瞬間移動してきやがった……。もちろん触手一本だけでなく空本体も一緒にだ。
「さすがにいい反応だわ」
「それはどうも……」
やろうと思えば俺が気づく前に攻撃できたくせに。
それにしても木刀による打撃はまるで効かない。少なくともあの触手をどうにかできるほどの火力を出すことはできない。
「一応確認ですが、斬ったらあっさり死んじゃったりとかしないですよね」
となれば真剣で斬る他ないだろう。と、俺が投げ捨てた木刀は地面に落ちる前に黒い靄になって消える。
「ふふっ、斬られたら死んじゃうかもしれないわね。試してみるといいわ」
「後悔しないでくださいね」
瞬間移動は要警戒だが、他の攻撃は見える。見える攻撃ならば捌ける。空中を水生生物のようにの泳ぐ彼女の速さを捉えるのは容易ではないが、勝つためにはなんとかする他ない。
とすると、次の一手はどうするか。斬る方向で行くと決めたものの、お互いの距離は十メートル近くある。間合いを詰めなければ攻められないが、それは相手も触手によるインファイターなら条件は同じだ。
しかし俺は平面的な動きで走って距離を詰めるかせいぜいジャンプくらいしかできない一方、彼女は空中を泳ぐ立体的な動きが可能で、どこからでも距離を詰められる上瞬間移動だってできる。
今だって二メートルほど浮いているし、高いところまで逃げられたら打つ手がないぞ。
容易に間合いを詰められずにいると、それに気づいたのか彼女は口に手を当てて上品に笑った。
「面白くなくならないようにふたつルールを設定するわ。一つ、私はあなたの刀が届かない高さまでは逃げないわ。二つ、瞬間移動はこれ以降使わないわ」
一つ、二つと数を数える毎に指の代わりに触手が天を指す。
「……後悔しないでくださいね」
彼女の目的も俺を倒すことではなく腕試しだと言っていた。だからこそこうして俺に有利な条件を提案してくるのだろう。
「ぜひ後悔させてみて欲しいものだわ」
いや、ただの自信過剰か?
だとしたら舐められているようで悔しい……が、おそらく本気でやりあえば俺の勝ち目は薄いだろう。だからここは彼女の自信過剰に甘えよう。
逃げず、瞬間移動もしないのならば懸念はない。選択肢がめちゃくちゃ増える。
しゃがむくらいに膝を曲げ――両足で白い砂利を巻き上げて跳ぶ。歪みによる強化で人間離れした脚力は十メートルの距離なんてものともしない。
リーチの外に逃げないとはいえ、ふよふよされるのは厄介だ。普通に地上で戦っている限り常に高所を取られるわけだからな。
ならば――
創り出した薙刀を両手で握る。180センチ程ある緋色の柄の先端で橙色の刃が鋭く光る。
薙刀を持つのは初めてだが昨日そういうアニメを見たから何とかなるだろう。
右肩に担ぐように大きく振りかぶった薙刀を振り下ろす。跳びこんだ勢いと大きく振るわれた遠心力で切っ先は超音速になったのだろう。まだ何にも接触していない刃がパァンと破裂音を鳴らした。
そんな俺の刃を迎え撃つのはクロスされた二本の触手だ。超音速の刃は触手を刎ねあげ、中空に飛ばした。
よし、打撃は効きが悪いが斬撃なら有効だぞ……!
残念ながら重ねられた触手を二本とも斬り飛ばすことはできず、一本目を斬り勢いを削がれた刃は二本目の触手の中心辺りで完全に停止してしまった。だがそれならそれでいい。想定内だ。
くい込んだ薙刀の柄を鉄棒のように握り直し、殴りかかってきた触手を蹴りつつ逆上がりの要領で上空に飛び上がる。
飛び上がったことで見えたが、斬られて短くなった触手は痛そうにバタバタ暴れつつ何もない空間に吸い込まれるように引っ込んでいった。今彼女の周囲にあるのは七本の触手のみだ。しかもその内一本――俺が半ばまで刃を食いこませた触手は黒い靄を噴き出しながらぷらんと脱力している。
「まだ触手を一本斬り落としただけですよ」
俺を見上げてくる空は、目を丸くさせている。俺がここまで動けるとは思っていなかったらしい。
こちとら人間離れした動きをする飯田と毎日やり合ってんだ。このくらいは序の口だ。
「……その通りだわ。でも驚いたわよ、さすが若の弟子だわ」
「まだ驚くには早いっすよ」
橙の戦鎚。文化祭で鬼に対して創ったものと同じものだ。
たしかあの時、ノリで名前を付けたがなんといったか。
とにかくドラム缶のように大きな戦鎚の重さに引っ張られるように落下する。
浮いているなら落としてしまえばいい。
「あら、大きい武器だわ。避けることもできるけど――」
今度は六本の触手を頭上に重ね、空は余裕の表情で笑って見せた。
このくらい受けきってやるということか。避けたら避けたで次を考えるまでだが。
重なった六本の触手と戦鎚が衝突し――押し込む!
その直後、俺は戦鎚を霧散させる。
ダメージこそほとんどなかったようだが、正面から受け止めた空の両足は叩きつけられるように地面に着く。その衝撃により玉砂利は円形に吹き飛びクレーターを作った。
直後に俺も着地し、間髪入れず地面を蹴って彼女との距離を詰める。
――作戦が上手くいったな。
上に触手を集中させており、かつ上に注意を払っていた空は無防備、はっとした彼女と目が合った時には俺の拳は彼女の腹にまで到達するところである。
――寸止めだけどな。
その風圧で彼女のポニーテールがバタバタと靡く。
「やるわね」
「もし止めなくても大したダメージにならなかったのでは?」
月姫なんて触れた方がダメージを喰らうとかいうクソゲーみたいな仕様だったしな。今回寸止めにとどめたのはそれもあったからだし。
「そうだわねえ。それなりに痛かったかもしれないわ」
「それなりですか……。それでどうしますか、続けますか?」
「うん、もういいわ。本当はもうちょっとやりたかったけど、お腹すいたもの」
「腹の虫に感謝ですね」
また期間が空くと思われます。




