マッチョでした
とんでもない筋肉だ。なぜか羽織っている白衣のせいで身体のラインは出づらいはずなのだが、それでも肩幅が広すぎる逆三角形の上半身を隠しきれていない。それに白衣の中に着たTシャツは胸筋でパツパツだ。俺が三人並んでもまだこの男の肩幅の方が広いかもしれない。肩にちっちゃい重機乗せてんのかい?
身長は百七十センチあるかないかくらいだろうか。特別高いというわけでもないが、それでも鍛え上げられた筋肉のせいで実際の体型以上に大きく見える。
しかもそんな肉体に乗っかっている顔面が甘いマスクの超童顔。顔だけなら十二歳と言われても疑わないが、実際には二十歳そこらといったところだろうか。
こんなこと言うと失礼だから口には出さないが、アンバランスさがあるな。そのおかげでこの体型でも威圧感はないが。
そんな男は桃花と談笑していたようなのだが、俺がリビングに入ったことに気づくなり立ち上がり優男の笑顔を向けてきた。そして黒縁のスクエアメガネをくいっと押し上げる。
「君が陽ノ下ひかり君だね。活躍は聞いているよ。今日は別件だがぜひ今度君についてじっくりと話を聞きたいものだね。それに花藤まな君も、優秀な歪み使いだと聞いている」
優しく発せられる低音ボイスが耳に心地よい。
はて、この声、この容姿どこかで見たことあるような気がするがどこだっただろうか。
「こんな格好ですみません。えーと、ご存知のようですが、陽ノ下ひかりです」
「……こんにちは。花藤まなです」
うさぎの着ぐるみパジャマとぴょんぴょん跳ねた寝ぐせは許して欲しい。ついさっき起きたのだから。それにこの男もTシャツに白衣とかいう謎スタイルだし。飯田といい最近白衣流行ってんの?
と、それはさておき、まなは俺の背中に隠れて小さな声で挨拶している。人見知りしてるってことはまなも会うのは初めてか。
「どうぞ座ってください。私はお茶を出しますね」
桃花に促されるまま男の正面に腰をかける。
ていうか、この状況であなたはキッチンに引っ込むんですか、桃花さん。俺たちこの人と初対面なんですけど……。
いや、キッチンからでも顔は見えるようになってるけどさ……。
「えーと、あなたは……?」
「おっと名乗るのが遅れてしまったね。僕は能村太助というものだ。人見さんや飯田君、それに吉田先輩とは小学生の頃からの付き合いだ」
ここで吉田月姫の名前を聞くことになるとは。しかし桃花との関係ははっきりしたし、この三人の名前を挙げただけで歪みの関係者であることは理解できた。
「能村君は立派な人なんですよお。孤児院の院長先生で、学校の経営なんかにも携わってるんです。それでいて歪み研究の第一人者なんですよお」
「人見さん、少し大袈裟だよ。全部好きでやっていることだし、歪み研究については全く成果を出せていないのだからね」
あー、この人あれだ。最近教育系のコメンテーターとしてテレビに出てる人だ。あまりテレビを見ないから思い出すのに時間がかかった。それで見たことがあったんだ。
そんな人が歪みの研究者。確かに歪みは女の子にしか発生しないらしいし、教育系とは密接なジャンルと言えるか。
それにしても……。
「歪みの研究者ですか……」
もしかしたら砕いた歪みの根源を修復する方法を知っているかもしれない。そして歪物になってしまった少女を元に戻す方法も。
そんな期待に口を開くよりも先に、彼は困ったように目を伏せた。
「本当に研究者なんて立派なものじゃない。人よりいくらか詳しいくらいだよ。故に君の望む答えは持っていない」
「そうですか……」
そんなものが分かっているならば飯田や桃花に共有していないわけないか。
「それで、今日は俺に……ひかりに何か用事あって来たんですよね?」
「ああ、その通りだとも。実は君たちに頼みがあるんだ」
「君たちって言うとまなさんも一緒ってことですか」
「そうだね。よければ二人で行くといいよ。ちょうど冬休みだろうからね」
どこかへ行くような用事なのか。歪みに関わることなら危険なことかもしれないし、内容によってはまなは置いていくが……と、まなと目が合う。にこっと笑ったがこれはどういう表情なんだ……。
「どこへ何しに行けばいいんですか?」
「ふむ、君たちは曲涙珠というものは知ってるかな」
まながこくりと頷いている。
「ひかりも飯田先生から聞いてます」
歪みを発生させる白い石だ。
飯田や桃花がそれを使って戦っていたのを見たことがある。
「話が早いね。実はそれの在庫が少なくなってきてしまってね。僕のところにいくつかあるが間もなくなる。それ故、君たちには曲涙珠を取ってきて欲しいんだ」
「取ってくる。取ってくるっていうと採掘みたいな……?」
宝石なのだから掘って探すのだろうと思ったのだが、そういうわけではないらしい。はっはっはっと快活な笑い声が部屋にこだまする。そんなに面白いことを言ったつもりはないのだが。
ひとしきり笑った能村は目元の涙を拭って深く息を吸って笑いを押さえ込んだ。
「いや、失礼。まさかピッケルを持って鉱山に行けなんて話ではないよ。飯櫃神社の本社で受け取ってきてくれればそれでいいんだ。ちょっとしたおつかいだね」
「おつかい……。本社っていうのはどこにあるんですか」
「長野県の北の方だ。ふむ、まあ関係者が案内してくれるからそこはそんなに気にしなくていいよ」
「……危険はないんですか?」
わざわざ俺やまなを行かせるというのは魔法少女の力が必要になるからなのではないだろうか。もしそうなら危険なことをやらされないとも限らない。考えすぎならいいが……。
「ひかり君は思っていたより慎重なようだ。心配はいらないよ、ただ神社に行くだけのことだからね」
「あなたたちを推薦したのは実は私なんですよ。本当は飯田君が行く予定だったんですが、彼はあまり行きたがらないので」
桃花は四人分の紅茶とクッキーを乗せたお盆を持ってキッチンから戻ってきた。
「それにたまには羽根を伸ばす機会も必要でしょう。おつかいはありますが急ぎではないので、ちょっとした旅行だと思って楽しんできてください」
そういうことか。葉子の件があったからリフレッシュする時間をやろうということなのだろう。
「ひかりさんと、旅行……!」
まなはキラキラと瞳を輝かせている。小学生だもんな、友達とお泊まりとかわくわくするよな。
「でもひかりもまなさんも旅行に行ったらこの街の歪物はどうするんですか?」
歪物は魔法少女にしか倒せない。それは単に歪物が強いから手も足も出ないからというわけではない。歪物の核ともいえる歪みの根源は歪みの力を使わないと壊せないのだ。だから通常の手段ではどんなにダメージを与えても結局再生されてしまう。
つまるところこの街の魔法少女が不在になるということは、歪物が現れた際に対処する方法が無くなるというわけだ。曲涙珠があれば魔法少女じゃなくても歪物にダメージを与えられるようだが、今はその数が心もとないという話をしているわけで……。
「心配しなくていいよ。僕のところにはまだ曲涙珠がある。そして……」
能村はにっと笑って怪しげに眼鏡を光らせる。
「そして……?」
その怪しげな雰囲気に、俺とまなは揃って息を飲む。
「……いや、これはまだ秘密にしておこう。僕には僅かな曲涙珠でそれなりの期間歪物に対抗できる手段があるとだけ伝えておくよ」
……なんだこいつ。
なんかもやもやするんだよなあ。言いかけたなら最後まで言えよ。気になるだろうが。
「別に勿体ぶらなくてもいいんじゃないの?」
「そうかな。こういうのは初見の衝撃を大事にしていくべきだと僕は思うけどね。なんせかっこいいしね」
よく分からないが、手の内を明かしてくれることはないらしい。しかも事情があって隠してるわけじゃないっぽいのもいけ好かない。
「桃花さん、この人は本当に信用していいんですか?」
「ええ、まあ。変わった人ですが嘘は言いません」
……桃花がこう言うのならそうなのだろう。付き合いは長いようだしな。
「……それじゃあひかりは行きます。まなさんはご両親の許可があればって感じですかね」
せっかくの休暇だ。ゆっくり過ごさせてもらおう。
まあ、普段から割とダラダラ過ごしているが。
「私も大丈夫だよ。実はこの間桃花さんがお母さんと直接話してくれたから」
「そっか。じゃあ一緒に行こうか」
ピンポーン。とインターホンの音が鳴ったのはちょうど話が落ち着いたタイミングだった。
「おや、迎えが来たようだね」
「せっかくだしゆっくりしていけばいいのに」
「このあと杏樹君と約束があるんだ。今度は正太郎君や……吉田先輩とみんなで集まりたいものだね」
立ち上がったのは家主の桃花ではなく能村だ。足元に置いていたらしい黒いアタッシュケースをよいせと持ち上げてのそのそ歩き出す。あの筋肉でも重たそうにしているあたり相当な重量があるのだろう。いったい何が入っているんだ。漫画なんかだと札束が詰まっていそうな鞄だが。
と、そんなどうでもいいことを考えながら桃花が能村を見送りに行くのでついて行く。
能村が玄関扉を開くと、そこには黒髪の少女が立っていた。切りそろえたパッツン前髪にロングの髪。桃花にも似ているが、桃花が大和撫子なら彼女は日本人形って感じだ。そう思わせるのは桃花と比べていろいろと小さいからだろうか。とは言っても今の俺やまなよりは一回り大きいが。
「早かったね、杏樹君」
「だってパパが傘忘れていくから心配だったんだよ。雨降るって言ったのに」
初めて気づいたが本日の天気は雨らしい。外気に触れるとめちゃくちゃ寒い。凍える。
……っていうか、パパ?
この感じでこのサイズの娘がいるの?
この子中学生くらいに見えるけど?
「杏樹ちゃん久しぶりね」
「桃花さん……、こんにちは」
桃花のにこにこ顔に繕う気のない仏頂面で挨拶を返している杏樹と呼ばれた少女。もしかして桃花嫌われてる?
そんな彼女が桃花からふいっと視線を逸らしたことで今度は俺と目が合う。
「こ、こんにちは。陽ノ下ひかりって言います」
俺も一応挨拶しておく。初見でこの名を名乗るのにもすっかり慣れたものである。
「こんにちは……って、ええっ、もしかしてあのひかりちゃん!?」
「どこかで会ったことありましたっけ?」
「配信見てるよ! 最近中学で流行ってるよ! あ、私杏樹ね、森野杏樹」
なんていうか一軍女子中学生って感じだ。ギャルという感じではないが明るくきらきらしたオーラを放っている。
「あー……、見てくれてるんだ……」
「めっちゃ応援してるよ! 登録もしてるから!」
やっば、この子めっちゃいい子かも。好き!
「わ、わたしも毎回見てるし登録もしてるよ!」
「あ、ありがとう」
なぜまなは張り合うのか。ていうかそんな高頻度で見てたの?
「と、それじゃあ行こっか、パパ。デートの約束忘れてないよね」
「ああ、そうだったね」
デ、デート!?
自然な仕草で能村の腕に抱きついてるし。
それでいてパパとなるともう……。
もしかして闇の深い関係?
「おっと勘違いしないでくれたまえひかり君。杏樹君は僕のところで預かっている子の一人なんだ」
あ、あー、そういう感じね。はいはい。孤児院の院長だって言ってたもんな。
しかし普通その関係で腕組んだりする?
距離感それで合ってます?
「それでは僕らは失礼するよ。ひかり君、まな君、おつかいはよろしく頼むよ。それとひかり君はぜひ今度うちに遊びに来てくれたまえ。近所だし、杏樹君も喜ぶからね」
そう言い残して遠ざかっていく二人。相合傘。
まったくうらやまけしからんな。
「ねえ、桃花さん。杏樹さんって魔法少女だよね?」
二人の姿を見送ってまなは不思議そうに首を傾げた。
「え、杏樹ちゃんが? 違うと思うよお」
「でも歪みが……」
「ああ、なるほどお。実は能村君の孤児院は身寄りのない子の中でも歪物になりそうな子や歪みの才能がありそうな子を集めているだよ。だからそう感じたのかもね」
「う、うーん、そうかなあ……」
この辺りで他の魔法少女の話は聞いたことがないし、遭遇したこともない。もしもそんな子がいるのなら俺やまなが休暇に入ったとしても曲涙珠なんて変則的な手段を使う必要はなかっただろう。
それを飯櫃神社の関係者である能村が隠すとは思えない。魔法少女の人手不足はこの身をもって知ってるしな。そう考えるとやはり杏樹は魔法少女じゃないと考えるのが自然なのだろう。
しかしまなの感知能力の高さも侮れない。
「もしくは歪みを扱えるけど戦う程の力は持っていないのかもね」
桃花はいつも通りにこにこ笑っている。
「なるほど……、うん、そうかも」
まなも納得しているし、彼女が魔法少女でもそうでなくても俺たちには関係ないからな。今はそれでいいだろう。どのみち、俺には分からなかったことだしな。
ここからこれまでと少し違った流れになるかと思います。




